不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして
24.素直になるって案外難しい
イベントというには少し痛いが、電波曰くこれが良いのだそうだ。
眼前で閉まった引き戸を見て司はため息をついた。
「教師のくせに厚かましい。生徒を思うなら俺に譲ってくれてもよかったんじゃないですか?」
司は思わず紫月に向かってそう言い放った。
そんな黒瀬の煮えるような思いとは裏腹に、紫月は愉快そうに口を釣り上げる。
まるでおもちゃを見つけた小さな子供のように笑う彼は、余裕綽々に襟元を正しながら司を一瞥した。
「ごめんね。そうだなんて気が付かなかった。だって、君は栗山さんに好意があるように見えたから」
「どこをどうしたらそう見えるんですか?」 
謝罪の念なんて一つもない口だけの言葉だ。
とても嫌な大人だ。そう思って司がさらに睨みつけると、紫月はやっと申し訳なさそうに肩をすくめた。
「だって、持ちきりだよ? あの堅物な黒瀬君の思い人は栗山さんなんじゃないかって」
この時ほど自分の行動を後悔したことはない。最悪だ。今世紀最大のミスだ。
これはフラれたっておかしくはない。彼女の近くにいたのは自分だけだったのに。
その杏に避けられている。
これが司にとってどんなに苦痛か、目の前の男にはわかるまい。
「ま、僕は栗山さんの方が面白そうだから、もう君と小泉さんにはちょっかい出さないよ」
「…そうしてください。一刻も早く。肝試しに行け」
「あははは。かわいいよね。本当に。僕、そういう子大好きなんだ」
勝手に言っていろ。おねがいだから司と杏の仲を邪魔するのだけはやめてくれ。
そう思いながらこぶしに力を籠める。
「とにかく、早く栗山と肝試しに行ってくれ」
「はいはい。悪かったよ。心配だっただけなんだ。だって小泉さんは君を避けているようだったから。2人っきりは危ないかなって」
「は? なにを…」
「だってほら。これでも教師だから、僕」
そう言った紫月は、これまでの愉快そうな顔から一変して、怖いくらいに真面目な顔をしていた。
その顔は紛れもない教師で、生徒を心配している大人そのものだった。
まるで、司が悪いことしているみたいじゃないか。
ムカつく。イラついてしょうがない。
何に置いても大人に勝てない自分にも、杏のこととなると抑えが聞かない自分にも。
「じゃあ行くよ。今を大切にね黒瀬君」
去り際もムカつく男だ。
何も知らないくせに。感情も考えも何もかも見透かしたような口ぶりだった。
早く大人になりたい。こんなクソみたいな男に立ち向かえるくらいの大きな力を得たい。
それこそ、栗山という女を軽くいなせるくらいの技量が欲しい。今すぐに。
杏に好きだと伝える勇気が欲しい。ただフラれるのが怖いだけだ。
わかっているけどそれだけの勇気が出ない。
杏が自分の手から離れていくことが耐えられないのだ。
笑ってしまうほどバカみたいな話だが、自分の女々しさに吐き気がする。
これが思春期なら喜んで受け入れる。
今を耐えれば最高な大人が待っているのかもしれない。
夢でもいいから、その未来にすがっていたい。
「大人なんて大嫌いだ」
悲しいくらいに力の抜けた声が出た。
「その顔の方が良いよ」
紫月はニヤッと笑うと片手をあげて玄関へと去っていった。
「ふざけんな!」
余裕ぶった広い背中に力いっぱい叫んでみても、むなしい気持ちはぬぐえなかった。
まるで浅はかな子どもだ。アニメや映画なんかで小生意気な子どもをみると少し可愛く見えてしまうのと同じだ。
きっと紫月は自分のことをそういう風に見ているに決まっている。
わかっているのに、こうすることしかできない自分が一番嫌いだ。
「ガキかよ…」
蛍光灯がぼんやりと灯った薄暗い廊下に司の声だけが反響した。
言葉にしてみると余計むなしく感じる。
このままここで杏を待っていてもいいのだろうか。
だが、いまここで誤解を解いておかなければ、この先一生解けない気がする。
焦っても仕方がないのはわかっている。わかってはいるのだが、どうしても今彼女に話しておきたい。
この呪縛のように絡みついた恋と呼ぶには重すぎる気持ちを。
「少年黒瀬。そこで待っていてもいいが、小泉が欲しい時間は30分やそこらじゃないぞ」
扉の向こうから声がした。
「それでもいいです」
今の司に言えることはそれだけだった。
「…根気がいる。一度言ったなら待つのが男だ」
声の主はきっと榊だ。
望むところだ。ずっと昔から待つのだけは得意なんだ。
何日だって、何年だって待ってやる。
「なかなかいい男に見えるけどな?」
扉の向こうの黒瀬と数回言葉を交わしていた榊が言った。
「そうですね。かっこいいとは思います」
顔がかっこいいことは杏も分かっている。
性格だってそれなりに優しいし、杏の話を真面目に聞いてくれるし、勉強だってできる。車酔いがひどく、無防備になるところに庇護欲をそそられるし、かわいらしい。顔がかっこいいんだからもう少し愛想を振り回して、笑っていればいいのにとも思う。
「そうじゃないよ。男気があっていいなってこと」
榊は呆れたように笑って椅子に腰かけた。
足を組んだ彼女は杏に向き合うように体をひねると、ずいと杏を覗き込むように顔を近づける。
「小泉って実は鈍い?」
「はい? そんなわけないでしょ。これでも他人の感情とか、誰が誰を好きだとか、見ていれば察せられますよ」
「他人のことは視界に入るから見えやすいよ。でも、自分に向けられる感情について考えたことはある? 例えば誰かが君を好いているとか恨んでいるとか」
自分に向けられる感情。
確かに、自分の気持ちに手一杯で考えたこともなかった。
「…それは、意外とないかも」
「だろう。恋愛も恨み合うことも相手がいないと不可能だということを忘れるな。君が黒瀬君を好きなのか悩むと同時に、彼もまた君と栗山さんのどちらが好きなのか悩んでいるのかもしれないし、もう結論が出ているから外で君を待っているのかもしれない。とまあ。教師が学生の恋愛にあれこれ口をはさむことでもないか」
「いえ。なんか悩みすぎるのも良くない気がしてきました。まだ、自分の気持ちもよくわかっていないけど。どうせならしばらく距離を置いて静観するのも手かな。離れてみてもやっぱり司がいないとだめだって思えたら、それが好きってことなのかも」
「…そればっかりは君の気持だからな。私から言えることは自分の気持ちを大事にしろってことだけだ」
「はい。わたし、先生のことが好きになりそう」
「それはだめだ。もう私の買い手は決まってるから」
「うーん。やっぱり結婚してね。優一君と」
「普段は優一君呼びなのか」
「うん。昔優一お兄ちゃんって呼んでたけど、なんかある時から全力で拒否された」
「彼らしいな」
フッと榊の口元が緩んだ。恋をしている女性はこんな顔をするのか。
あの時の黒瀬の顔もまた、今の榊と同じ顔だった。
肝試しが終わっても、宿泊学習が終わっても、答えが出ることはなかった。
栗山桃華は相変わらずフルスロットルで我が道を爆走中である。
高感度を上げるためだと言って紛争し、自分を磨き続ける彼女が少しだけ眩しく見えた。
眼前で閉まった引き戸を見て司はため息をついた。
「教師のくせに厚かましい。生徒を思うなら俺に譲ってくれてもよかったんじゃないですか?」
司は思わず紫月に向かってそう言い放った。
そんな黒瀬の煮えるような思いとは裏腹に、紫月は愉快そうに口を釣り上げる。
まるでおもちゃを見つけた小さな子供のように笑う彼は、余裕綽々に襟元を正しながら司を一瞥した。
「ごめんね。そうだなんて気が付かなかった。だって、君は栗山さんに好意があるように見えたから」
「どこをどうしたらそう見えるんですか?」 
謝罪の念なんて一つもない口だけの言葉だ。
とても嫌な大人だ。そう思って司がさらに睨みつけると、紫月はやっと申し訳なさそうに肩をすくめた。
「だって、持ちきりだよ? あの堅物な黒瀬君の思い人は栗山さんなんじゃないかって」
この時ほど自分の行動を後悔したことはない。最悪だ。今世紀最大のミスだ。
これはフラれたっておかしくはない。彼女の近くにいたのは自分だけだったのに。
その杏に避けられている。
これが司にとってどんなに苦痛か、目の前の男にはわかるまい。
「ま、僕は栗山さんの方が面白そうだから、もう君と小泉さんにはちょっかい出さないよ」
「…そうしてください。一刻も早く。肝試しに行け」
「あははは。かわいいよね。本当に。僕、そういう子大好きなんだ」
勝手に言っていろ。おねがいだから司と杏の仲を邪魔するのだけはやめてくれ。
そう思いながらこぶしに力を籠める。
「とにかく、早く栗山と肝試しに行ってくれ」
「はいはい。悪かったよ。心配だっただけなんだ。だって小泉さんは君を避けているようだったから。2人っきりは危ないかなって」
「は? なにを…」
「だってほら。これでも教師だから、僕」
そう言った紫月は、これまでの愉快そうな顔から一変して、怖いくらいに真面目な顔をしていた。
その顔は紛れもない教師で、生徒を心配している大人そのものだった。
まるで、司が悪いことしているみたいじゃないか。
ムカつく。イラついてしょうがない。
何に置いても大人に勝てない自分にも、杏のこととなると抑えが聞かない自分にも。
「じゃあ行くよ。今を大切にね黒瀬君」
去り際もムカつく男だ。
何も知らないくせに。感情も考えも何もかも見透かしたような口ぶりだった。
早く大人になりたい。こんなクソみたいな男に立ち向かえるくらいの大きな力を得たい。
それこそ、栗山という女を軽くいなせるくらいの技量が欲しい。今すぐに。
杏に好きだと伝える勇気が欲しい。ただフラれるのが怖いだけだ。
わかっているけどそれだけの勇気が出ない。
杏が自分の手から離れていくことが耐えられないのだ。
笑ってしまうほどバカみたいな話だが、自分の女々しさに吐き気がする。
これが思春期なら喜んで受け入れる。
今を耐えれば最高な大人が待っているのかもしれない。
夢でもいいから、その未来にすがっていたい。
「大人なんて大嫌いだ」
悲しいくらいに力の抜けた声が出た。
「その顔の方が良いよ」
紫月はニヤッと笑うと片手をあげて玄関へと去っていった。
「ふざけんな!」
余裕ぶった広い背中に力いっぱい叫んでみても、むなしい気持ちはぬぐえなかった。
まるで浅はかな子どもだ。アニメや映画なんかで小生意気な子どもをみると少し可愛く見えてしまうのと同じだ。
きっと紫月は自分のことをそういう風に見ているに決まっている。
わかっているのに、こうすることしかできない自分が一番嫌いだ。
「ガキかよ…」
蛍光灯がぼんやりと灯った薄暗い廊下に司の声だけが反響した。
言葉にしてみると余計むなしく感じる。
このままここで杏を待っていてもいいのだろうか。
だが、いまここで誤解を解いておかなければ、この先一生解けない気がする。
焦っても仕方がないのはわかっている。わかってはいるのだが、どうしても今彼女に話しておきたい。
この呪縛のように絡みついた恋と呼ぶには重すぎる気持ちを。
「少年黒瀬。そこで待っていてもいいが、小泉が欲しい時間は30分やそこらじゃないぞ」
扉の向こうから声がした。
「それでもいいです」
今の司に言えることはそれだけだった。
「…根気がいる。一度言ったなら待つのが男だ」
声の主はきっと榊だ。
望むところだ。ずっと昔から待つのだけは得意なんだ。
何日だって、何年だって待ってやる。
「なかなかいい男に見えるけどな?」
扉の向こうの黒瀬と数回言葉を交わしていた榊が言った。
「そうですね。かっこいいとは思います」
顔がかっこいいことは杏も分かっている。
性格だってそれなりに優しいし、杏の話を真面目に聞いてくれるし、勉強だってできる。車酔いがひどく、無防備になるところに庇護欲をそそられるし、かわいらしい。顔がかっこいいんだからもう少し愛想を振り回して、笑っていればいいのにとも思う。
「そうじゃないよ。男気があっていいなってこと」
榊は呆れたように笑って椅子に腰かけた。
足を組んだ彼女は杏に向き合うように体をひねると、ずいと杏を覗き込むように顔を近づける。
「小泉って実は鈍い?」
「はい? そんなわけないでしょ。これでも他人の感情とか、誰が誰を好きだとか、見ていれば察せられますよ」
「他人のことは視界に入るから見えやすいよ。でも、自分に向けられる感情について考えたことはある? 例えば誰かが君を好いているとか恨んでいるとか」
自分に向けられる感情。
確かに、自分の気持ちに手一杯で考えたこともなかった。
「…それは、意外とないかも」
「だろう。恋愛も恨み合うことも相手がいないと不可能だということを忘れるな。君が黒瀬君を好きなのか悩むと同時に、彼もまた君と栗山さんのどちらが好きなのか悩んでいるのかもしれないし、もう結論が出ているから外で君を待っているのかもしれない。とまあ。教師が学生の恋愛にあれこれ口をはさむことでもないか」
「いえ。なんか悩みすぎるのも良くない気がしてきました。まだ、自分の気持ちもよくわかっていないけど。どうせならしばらく距離を置いて静観するのも手かな。離れてみてもやっぱり司がいないとだめだって思えたら、それが好きってことなのかも」
「…そればっかりは君の気持だからな。私から言えることは自分の気持ちを大事にしろってことだけだ」
「はい。わたし、先生のことが好きになりそう」
「それはだめだ。もう私の買い手は決まってるから」
「うーん。やっぱり結婚してね。優一君と」
「普段は優一君呼びなのか」
「うん。昔優一お兄ちゃんって呼んでたけど、なんかある時から全力で拒否された」
「彼らしいな」
フッと榊の口元が緩んだ。恋をしている女性はこんな顔をするのか。
あの時の黒瀬の顔もまた、今の榊と同じ顔だった。
肝試しが終わっても、宿泊学習が終わっても、答えが出ることはなかった。
栗山桃華は相変わらずフルスロットルで我が道を爆走中である。
高感度を上げるためだと言って紛争し、自分を磨き続ける彼女が少しだけ眩しく見えた。
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