不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

23.テイク2

やめろ、やめるんだ。

 杏はさながら捕らわれた宇宙人のようなものだ。もしくは連行される極悪人。
 体調が悪いフリをした手前、本当に病人のごとく医務室へ連れていかれると、少し良心が痛む。

バチが当たったんだ。

 結局引くに引けなくなった二人が、杏を医務室に連れて行くことになった。もちろん、すぐに戻ると言って桃華を黙らせてからだ。二人の行方を見守っていた野次馬は、終焉を目にするとつまらなそうに片手を振って解散していった。残念なことに杏を助けてくれる人は誰もいなかった。

 ただ、栗山桃華だけが杏を忌々しく睨みつけて「とんだ使えないキャラだったわ」と言った。言葉にしたわけではないので杏の意訳ではあるが、おおよそ、そんな感じだ。

 黒瀬と紫月は無言のまま杏の目の前を歩く。
 切れかけの蛍光灯が点滅する不気味な廊下には、三人の足音だけが響き渡り、ぞわり、と背中に悪寒が走った。
 
 イケメンの教員と美人の幼馴染と私。こんなタイトルで映画が一本取れそうなものだが、現実そう簡単な感動ラブストリーではないわけで、醜い思いがどんどん交差していく。
    例えば紫月の面白がり。例えば桃華の自称ヒロイン。例えば攻略キャラの黒瀬。例えば杏の仮病作戦。そんな思惑や行動がカチリと嵌ったときに物語は予期せぬ方向に進んでいく。
 
 どうしてこうなってしまったんだろう。杏としては黒瀬と桃華にかかわりたくないと思う反面、二人を引き離せてよかったと思ってしまう。

 担任の中谷が「思春期のガキどもは、自分と他人との関係構築を学んでいる途中だ」と言っていたことを思い出す。だから、ぐちゃぐちゃで面白い。教師として、人間として下種ではあるが、確かに彼の言っていることは正しい。

「あら、病人?」

 医務室の扉を開けると、養護教諭の榊がデスクから顔を上げた。

    彼女はクールビューティーで生徒たちのあこがれの的。そしてまつげが長い。瞬きするときにメガネレンズにあたるんじゃないかとひやひやするくらい長い。世はまつエクの時代。あれはすごいぞ。折れると一つだけ短くなって笑いまでとれちゃう。

「お疲れ様です、榊先生。この子体調がすぐれないんだそうです」

「お疲れ様です、紫月先生。君、顔色が悪いなぁ、こっちへ来な」

そう言うと、榊は杏を手招いてサビだらけのベッドに座らせた。それから、杏の額に手を添えたり、手首の脈を測ったりすると、優しく微笑んだ。

「熱は無いね、貧血気味?  お腹は?  痛くない?」

「ちょっと痛いです」

特に胃が。なんて言えるはずもなく、とことん嘘で嘘を塗り固めていく。
すると、榊は納得したように立ち上がると毛布を杏の膝にかけて振り返った。

「こっからは女同士の話だから、男は出てった出てった。肝試しするんだろ? さっさと戻りな」

杏が差し当たり胃の少し下の方をさすったからか、榊はあっという間に2人を外に追い出した。

締まりかけのドアの向こうで、黒瀬が紫月をを睨みつけた。そんな黒瀬を見て紫月が困ったように笑う。

ふと、紫月が目線を彷徨わせ、杏と目が合った。扉が締まりきるコンマ何秒、向こうで紫月の薄い唇が弧を描いたように見えた。


「んで? 美人を2人ほど引き連れてきた美少女、3組の小泉杏。 本命はどっち?」

そう言った榊は面白そうに眼鏡を掛けなおす。

「プライバシーの欠けらも無いんか」

「話は聞いてるよ。無愛想な方が幼馴染。いけ好かない方が学園の若教師。面白くなってきたなぁ」

「………普通教師って、事情はよく分からないけど、辛いなら話くらい聞くよ?ってスタンスじゃないんですか?え?私の方がドラマの見すぎとかある?」

榊はカラッとした笑顔で杏を小突いた。

「仮病だな」

杏がビクリと肩を揺らす。大人に嘘をついてはいけない。杏はこの時初めて大人のかっこよさと恐ろしさに戦いた。

「仮病かもしれないけど、胃が痛いのは確かデス」

「贅沢な悩みだなぁ。って、これを言ったら君が気の毒だな。すまんすまん」

榊は豪快な女性だと思う。男勝りと言えば簡単だが、見た目はいたってクールで美しい女性なのだ。いかんせん態度と口がおかしなことになっているだけ。あべこべ過ぎて逆にかっこいい。

「贅沢なんですかね、私の悩みって…」

「贅沢だよ。それは学生の特権だ。存分に悩み、大いに足掻け。どうせ十年後にはみんな忘れちまうんだから」

「かっこいいですけど、一つも解決しません」

「悩みがあることもまた、贅沢だ」

力説する榊恵美は、街頭演説中の政治家のように晴れやかな顔をしている。そのまま、ヲタクばりの速さで青春について語る彼女を青春ヲタクと名付けようと思う。職業に高校教師を選ぶ彼女たちは、もしかしたらあの頃の青春をまだ追いかけているのかもしれない。

「で、君は誰が好きなんだ?」

青春がいかに尊いものであるかを息継ぎなく言い切った榊は、一呼吸おいて杏に詰め寄った。

「…わかりません。私って司のことが好きなんですかね?」

吐き出したかった。
好きとは何か。恋とは何か。愛とは何か。

「私に聞いてどうするんだ。小泉。君からすれば姉弟のようなものに手を出されたと思うだろう。でも、今までの小さな世界は終わりを迎えるんだ。人は変わる。関係も変わる。だから、後悔だけはしないように。でも焦るな。いつまでも自分に問いかけろ。それが大人への近道だ」

「榊先生」

「なんだ?」

「好き」

「あはは! それはありがとう。またファンが増えちゃうな」

杏の尊敬する女性は二人ほどいる。一人は母。もう一人は榊恵美だ。
後にも先にも、これ以上痺れるほどかっこいい女性に出会ったことはない。

「ところで、小泉。興味深い話を小耳に挟んだんだ」
「何ですか?」
「中谷先生が君の従兄って本当か?」

中谷とは杏のクラスの担任である。そして、教師にあるまじき下種のことでもある。

「ノーコメント!」

杏は力の限りノーを掲げる。あんな奴と親戚だとバレるくらいなら死んだ方がマシだ。中谷優一、29歳、独身。杏の父の姉の息子であり13歳離れた従兄である。
思いなおすと、杏は意外と秘密にしていることが多い。従兄が二人も学校にいることくらいだが。聞かれないから言わないだけだ。隠しているわけではない。断じて。

「って言うか。どこからその話を聞いたんですか?」

「中谷先生のお母様からだが」

「ちょっと待った、伯母さんに会ったの? そっちこそ中谷先生とどういう関係?」

「結婚を前提にお付き合いを始めた。つい一か月前から」

「え? マジ?」

「まじだ」

教会の鐘が響き渡る。脳内はもはや結婚式を開催している。あのやる気のない気だるげな教師がようやく春をつかんだのである。多いな進歩だ。絶対に彼女を逃がしてはならない。「従妹だと聞いて、一度話してみたかったんだ」とはにかむ目の前の乙女は、杏にとっても最高の彼女に見える。よくやった。良くやったぞ優一。

杏は先ほどまで下種だの、教師としてうんたらと悪口を並べていたが、所詮は身内だから吐ける暴言であり愛情の裏返しなのだ。もうこうなったらいっそ、杏のクソみたいな悩みより彼の結婚のプロセスを構築してやる方が有意義である。

「絶対結婚してね、榊先生」

「まぁ、そのつもりだ」

杏はプレゼン準備を始めることにした。もちろん、中谷と結婚するメリットについて。



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