不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

19.こちら戦力外2名

「笑った」

桃華の花が咲くように綻んだ笑顔が脳裏に焼き付いて、黒瀬はもう彼女に堕ちてしまったんだと思った。
所詮杏は幼馴染で腐れ縁。
恋人でいたことなど一度もない。

黒瀬の笑顔は、杏も見たことがないくらい無邪気で愛にあふれていた。
それが答えだ。


悔しかった。


ただただ悔しかった。


長い時間を共にしてきたのに、杏は黒瀬のすべてを見たわけではなかったのだ。
7年も一緒に居たのに、杏はたったの1ヶ月に負けた。

でも、黒瀬も黒瀬だ、と杏は思う。
散々嫌がっていたくせに、本当はまんざらでもなかったのだ。
黒瀬はいつも仏頂面でツンとしているくせに、桃華の可愛い態度にコロっと落ちてしまった。
彼女が腹の底でなにを考えているのかも知らずに。

「何やってんだよ、あのバカ」

隣を歩いている嶋も眉をひそめてため息をついた。

「あいつマジで何考えてんの?あの女にしなくてもいいサービスしてどうするんだよ。付きまとわれたくないとか言って、好きでもねーくせに」

苛立ちを隠せないのか、嶋は一気にまくし立てて、右手に持ったスーパーのビニール袋をギュッと握りしめた。

「好きになったんじゃない?」

杏は呟くように嶋を見上げて言った。

「はぁ?」

その言葉に嶋は、呆れたように気の抜けた返事を返した。

「そんなわけないだろ。万が一にもありえないね」

嶋は呆れた顔のまま明後日の方向を見て言った。

「なんでそんなに言い切れるの? 嫌よ嫌よも好きのうちってことだったんじゃないの?」

杏が疑うような目で嶋を見ると、彼はがっくりと首を落として、杏を憐れむように笑った。

「こればっかりは俺からは言えないの。杏が自分で確かめて」

確かめるったってどうやって?
杏は黒瀬の楽しそうな顔を見てしまって、自信を失ってしまったのだ。少しばかり自分が彼の特別になった気でいた。

しばらく黒瀬の顔を見ずにじっくり考えたい。そう思わずにはいられなかった。

恋人でもないのに特別だと思ってた。そんな小さな自尊心と驕りに気づいてしまったから。

今にも恥ずかしさで火を噴きそうだった。

「出来ればしばらく顔を見たくないし、見せたくない」

杏がそう呟くと、すかさず嶋が

「ムリだな」

と言うので、杏は先生に仮病でも使ってやろうかなどと良くないことを考えた。

が、そんな考えも徒労に終わった。


大きな部屋に7.8人の生徒が詰め込まれた寝室に荷物を置くと、施設の裏にある体育館に全員が集まった。これからの予定確認と、長くて眠くなる注意事項の確認を行うためだ。

「ねえ、何で紫月先生がいるの?」

隣の嶋の袖口を掴んでそう問えば

「あー、なんだっけ、ほら4組の副担の、家庭科の先生、シングルマザーだから変わりにって」

嶋は首をかしげて悩むとそんな風に言った。

「へー」

杏の視線の先には、エロい空気を纏う、嫌に顔の整った紫月が微笑みながら立っていた。彼は上下大手メーカーの細身のウインドブレーカーを着ており、ブルーベースで白いラインの入った上からかぶるタイプのシャカシャカだ。彼の細身で長身なスタイルにとても良く合っている。
着る人が違うだけでこうも違うのか、と杏はけだるそうにあくびをしている冴えない担任を見ながら思った。

「ということだから、羽目を外して騒ぎ過ぎたり、男女の出会いの場だ、とかいって夜中抜け出したり、部屋を行き来するようなことがないように。みつけたら連帯責任だからな」

口うるさい生活指導部の先生が、般若みたいな顔でそれを三回繰り返し、やっとお開きになった。クラスの誰かが、今の3年が男女関係で拗れて柴センのカミナリが落ちたんだと。と言いながら歩いていくのを聞き流しながら、杏はたぶん宗助だなと思った。

しょっぱなから男女関係拗れさせて大目玉喰らうなんて、宗助にしかできないような気がする。

おかげで柴センの一度でいい話を三回も聞くハメになるのだから、こっちの身にもなってもらいたい。


「小泉さん、嶋くん。カレー作ろう」

杏と嶋の間にするりと入ってきたのは、尾白だった。
尾白の顔は相変わらずメガネでガードされているが、明るく朗らかな空気を纏っていた。

桃華よりもよっぽど純粋でヒロイン気質のある人だ、と杏は思う。

「大輝で良いって言ったろ?小泉さんも長くて二酸化炭素の無駄だから、杏にしときな。ちなみにお前は翔な」

嶋はにやりと笑うと、尾白の肩を両手で叩いて、そのまま列車ごっこをするように背中を押した。

「翔、先頭は杏に任せよう。ほら」

嶋は少しばかり強引だが、彼の人当たりの良さと無邪気な笑顔で、どうも怒る気が失せてしまう。そのおかげか、尾白は戸惑いながらも杏の両肩に手を置いて、口をへの字にしてごめんねと言った。

「オーケーまかせろ。料理はできなくても先頭は務まるからね!」

そう言って笑うと、尾白も嶋も笑って、杏たち三人は調理場へ向かった。

「そういえば司と栗山さんは?」

嶋が思い出したように尾白に尋ねると

「黒瀬くんが具合悪そうだからって、桃華ちゃんが探して休ませるねって言ってたよ?」

へー、ふーん、そう。
杏としては、今はできるだけ顔を合わせたくないランキング1位タイなので、2人と顔を突き合わせずに済むならそれでいい。

邪魔はしない。

そういう約束をしてしまったから。

杏はもう出るに出られない、気がした。

「あいつやっぱバカだな!?」

最後尾車両を任された嶋が空を仰ぎながら、汽笛のごとく叫ぶと、その後我に返ったように尾白の肩を掴んでいる手の力を強めた。

「大輝くん…痛い」
「おい、翔、大変だ…」
「どうしたの?」
「ここにいるのは料理長と戦力外が2人だぞ」

カッと目を見開く嶋に、普段は静かでおとなしい尾白が一言

「大輝くんも料理ができないなんて聞いてない!」

と大きな声で叫んだ。

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