不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

13.大好きってことば

宗助は学校に手作り弁当を持参する、という誰も通るであろう道を、高校三年にして初めて体験した。昼休みが待ち遠しいと思うのも初めてだ。
宗助の父は早くに亡くなったし、母親は子どもが苦手なのか、自分産んだ子どもでさえ扱いに困っているような人だ。運動会などのイベントは毎回友里と杏が応援に来てくれていたが、遠足などのプチ行事はいつも市販のお弁当を持って行っていた。
悲しくないといったら嘘になるが、母にも愛情があって不器用なだけだということは、宗助なりに理解しているつもりだ。
幸い、宗助には幼いころから甘えてくれる従妹と、甘やかしてくれる叔母夫婦がいた。
1人じゃないことを宗助は知っている。

「赤城今日はお弁当なの?もしかして原の手作り?」

珍しくお弁当の包みを持っていた宗助に、通りがかったクラスメイトの藤田が声をかけてきた。

「いんや、マイちゃんとは昨日お別れした」

機嫌よく答える宗助に藤田は驚く様子もなく、原に同情するように顔を伏せた。

「相変わらずローテが早えのな」
「うーん、ピンとこなかったって言うか」
「お前のピンと来ないは聞き飽きたよ。つーか、そんなに付き合いたい! って思える子がいないのって、すでに身近に死ぬほど好きな人がいるからじゃねーの? 気づいてないだけで」

藤田はそのまま宗助の机の前でしゃがみ込んで、宗助の鼻に向かって指をさした。
宗助はその人差し指を掴んで払いのけると、右手で頬杖をついて視線を外に向けた。

「そんな人いねーし」


嘘だ。


宗助は藤田の言葉に少しびっくりしていた。
宗助にとっての今の一番は杏で、次いで友里である。彼女という彼女はいたことはないが、一緒に彼女とすることをしてきた子たちは、みんな杏よりも優先順位は下だった。

嘘だよな。


「そんなわけねーし」

宗助はもう一度言い聞かせるように呟いた。


それだけは、それだけはダメだった。


「そんなわけあるって顔だけどな」


藤田はため息をつきながら立ち上がると、宗助の鼻をぎゅっとつかんで顔を引き寄せた。

「ふぉんなことない!」

「はっは。ま、お前が相当面倒な奴だってのはわかってっけど。ため込むのはよくねーぞ」

藤田は笑って宗助の鼻をつねるように押しのけた。じゃ、と言って自席に戻る藤田の背中を眺めながら、宗助は先ほどの彼の言葉を思い出していた。

好きな人はずっと前から側にいるかもしれない。それは宗助にとって信じがたい話で、寝耳に水だった。だが、今までのそういったお友達の顔を思い出すと、宗助は悲観的になるしかなかった。

「遊んだ子、みーんな正反対だもんな」

杏と。


最後までは言えなかった。


***


「せっかくの叔母さんのお弁当…写真とるしかない」

昼休みを迎え、宗助は屋上へ続く階段に座り、嬉々としてお弁当を広げていた。そんな宗助を見て、藤田は何やら幼稚園児を見るような目で微笑んでいた。

「なんだよ」
「いや、久々にいきいきしてると思って」

宗助が顔をあげて口をとがらせると、藤田は眉をあげて悪気はないと言った。
藤田は宗助の唯一の友人だ。
宗助にお友達ができると、宗助はほとんどそのお友達といるが、別れを告げると藤田のところに戻ってくるのだ。もちろん他にも話したり、遊びに行く同性の友達はたくさんいるが、不思議と深い話をするのは藤田にだけだった。

「俺は、藤田が友達でいてくれてよかったって思ってるよ」
「なんだよ急に」

デレ期と宗助が返すと、2人はお互いの顔を見合わせて噴き出した。

「うっはっは、男にデレられてもうれしくねぇ!」
「なにを! 天下の宗助様だぞ! よろこべよ!」
「うるせえ、その薄汚い宝刀はしまっとけ!」

2人は涙が出るほど笑い転げると、昼休み中くだらない話をして過ごした。

それから放課後までは特筆することもなく、小泉家へと帰還するべく宗助は帰り支度を始めた。
教室を出たところでスマホのバイブが鳴り、画面を見ると杏から「至急逃げられたし、電波がお主を探して三千里」とメールが来ていた。宗助はメールの文に笑いながら電波って誰だっけ?と考えていた。決して忘れていたわけではない。

そうこうしてるうちに、正面の教室から聞いたことのある可愛らしい声がした。

「一樹くん、あたし赤城先輩を探してるんだけど、何組なのかわかる?」

不意に自分の名前を呼ばれ視線をやると、そこには青葉の腕をつかんでおねだりしている桃華がいた。

「やっべ、電波いた」

宗助は呟いてからハッとして口を押えた。幸い二人とも宗助には気が付いておらず、音をたてずにさっさと逃げ帰ろうと踵を返した。
すると、目の前にど派手なブレスレットを付けた巻き髪の女子生徒が立っていた。

「おい、赤城ちょっと面かせや」

その声に振り返った桃華が「赤城先輩!」と飛んできて、追ってきた青葉に睨まれる、という宗助には耐えがたい負の空間が一瞬にして出来上がった。

「無視すんな。アンタなんで舞香のこと振ったんだよ。それでなに?次はこの女ってわけ?」

目の前に立つ女は、どうやら昨日お別れしたマイちゃんの友人であり、宗助にもの申したいようだ。宗助的にはなれたものなので、さっさと言い訳して、捨て台詞を吐いて帰りたいところだった。しかし、厄介なのが2匹もくっついてきてしまったため、この調子ではすんなり帰れるわけがない。

「マイちゃんとはちゃんと話し合ったし、この女は知らない人」

宗助は意を決して、限りなく無常に冷たく言い放った。すると舞香の友人は理解できないという顔で宗助を睨みつけ、隣にきた桃華はひどく傷ついた顔をしていた。青葉は言わずもがな宗助を睨み続けたままだ。早く生徒会へ行けよと宗助は思った。

「舞香泣いてたんだ。でも、アンタは悪くないから文句言いに行くなって言われた。確かに舞香が悪いけど、でも、だからって舞香の気持ちを踏みにじって良いとは思わない」

舞香の友人は宗助の目を見たまま、ゆっくりと言葉を噛みしめるようにそう言った。その瞳は悲しそうで、とても舞香のことを思いやっているように見えた。

「踏みにじった…?俺が?」

宗助は舞香の気持ちを踏みにじったつもりはなかった。彼女は宗助の出した条件をすべて理解したうえで一緒に居ることを選んだのだ。それを守れなかったからお別れしたに過ぎない。

「アンタはそうやってずるいことをする。舞香のことなんて鼻から見てなかったくせに」

舞香の友人はそういうと歯を食いしばったまま、宗助の脇をすり抜けてどこかへ行ってしまった。宗助が舞香を見ていないと彼女は言った。

「見てないわけねーだろ。バカか」

正直面を食らった気分だ。
宗助は乙女心ってやつをわかった気でいたが、いったい何がいけないのかわからなかった。

「赤城先輩…? 大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。ありがとう」

宗助は手を取られハッとした。無意識のうちに返事を返すと、宗助の手を握ってきた桃華と目があった。宗助は後悔するも、とっくに桃華にロックオンされ、心なしか頭痛に見舞われた。

「あたし1年の栗山桃華っていいます。赤城宗助先輩ですよね?あたし先輩のこと前から気になってて」

恥じらいもせず、真剣に宗助をみたままそう言った桃華は、不思議な雰囲気を纏っていた。
何故だか宗助の後ろめたいことや、心の奥底にしまっている感情を見透かしたような、そんな眼差しをしている。気を緩めると引っ張られてしまう。そんな気がした。

「気になってたって、俺の噂を聞いて?」

引き込まれないように顔を作ってそう答えると、桃華はワンテンポおいて静かに違いますと言った。

「宗助先輩はそんなこと、したくてしてるわけじゃないですよね?あたしは宗助先輩の味方でいたいんです。だから、無理しないで」

そう言って桃華は宗助の手をもう一度きつく握りしめた。
宗助は彼女の的を射た言葉に、ぞわりと悪寒が走った。


お前に何がわかる?
俺の中に渦巻くどす黒い不純な気持ちの何がわかるって?


宗助はいま目の前の女に心を丸裸にされている。杏でさえ、あの杏でさえ気を使って直接言ってこなかったことを、この女はいとも簡単に、言葉に何にも重みをもたせることなく言ってのけた。

「気持ち悪い。君に俺の何がわかるの?今初めて話すのに、何が分かるの?」

目の前の桃華がただただ怖かった。予想でもなく確信をもっている彼女はいったい宗助の何を知っているのだろうか。杏の言葉が頭をよぎる。「彼女は何かの確信をもっていて、盲目的」杏は怯えていた。

「それから、許可もしてないのに下の名前で呼ばないで、非常識」

それじゃと言って宗助は桃華の顔も見ずに帰ろうとした。

「赤城、それはないだろう」

宗助を引き留めたのは青葉だった。ドスのきいた声で唸ると、右手で宗助の左肩を目一杯掴んだ。そのまま力いっぱい宗助の肩を引いて振り向かせると、胸倉をつかんで持ち上げた。

宗助はぼんやりと、こいつ力だけは強いんだよなと考えていた。

「桃華がわざわざ、お前のような人間に手を差し伸べているんだぞ?」
「一樹くん大丈夫だから。ごめんなさい宗助先輩。あたしが悪かったんです。急に言われても驚いちゃいますよね」

あわてて桃華が止めに入り、これは何の茶番なのだろうと宗助はため息をついた。

「そうだね、俺は別に頼んでないから他を当たって」

お願いだからもう宗助には関わらないでほしかった。青葉は宗助の言葉にまた敵意をむき出しにしたが、桃華の言うことには素直なようで、まるで番犬のようだと思った。

「でも、それじゃあ、宗助先輩は救われないままです。杏ちゃんだってダメだったんじゃないんですか?」

「は?」

突然桃華の口から可愛い従妹の名前が出てきたので、思わず苛立ち全開の声を宗助は出していた。

「杏ちゃんは宗助先輩のこと知らないって言ってたけど、杏ちゃんも宗助先輩を助けてあげようとして、上手くいかなくて別れたんですよね…」

ちょっと意味が分からなかった。

「あのさ、それ杏って人に直接聞いたの?憶測で物を言ったらだめでしょ。そもそも杏って誰?」

ごめん杏。でもお前も俺のこと見捨ててしら切ったなら俺もそうするから。宗助は部室によると言っていた従妹に向かって懺悔した。

「え?でもそんな、宗助先輩」
「それやめて」
「え?」
「宗助って呼ばないで」

宗助と呼んでいいのは杏と家族だけだ。
宗助は今度こそ桃華と青葉に踵を返して帰路についた。宗助は振り返らなかったし、桃華がおってくることはなかった。

このことを早急に杏と話し合わねばならないと思った宗助は、電車に飛び乗り小泉家で杏の帰宅を待った。お弁当の礼を友里に伝え、料理の手伝いを買って出た。友里の作るクリームシチューは絶品で、宗助の好物を何の惜しげもなく作ってくれる叔母に、宗助の心はキューっとする。

大丈夫。

俺は大丈夫。



「ただいまー、ねー聞いてよ宗助。高緑先輩ったらね」

「おかえりー杏。俺さ」

「うん?」

「杏のこと大好きだよ」

「そっかー」

「うん」

「私も宗助のこと大好きだよ」

きっと君と僕の大好きは違う。

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