TS初心者娘が彼氏と初めてデートする話。~鱶澤くんの後日談~

とびらの

最終章 鱶澤くんの顛末

 
 アユムちゃんの腰の、ただ左右を掴み、温める。スウェット越しにわかる、彼女のカラダ。
 内臓が足りているのか不安になるほど細いウエストから、ヒップにかけて急速に広がる曲線。痩せているが、骨のゴツゴツ感はどこにもない。ふっくらとした脂肪と筋肉、やわらかな丸みだけがおれの手の中にあった。

 親指が、股間に向けた矢印のようになっていた。……鼠径部というんだったか。太ももの付け根。こんなところまで柔らかい。

 ――女の子だ。

 おれは改めて、鱶澤アユムの性別を実感した。
 女の子の体だ。
 どこもかしこも甘く柔らかく、ただ触れているだけで、おれの指を愛撫するようだった。

「……他、触られたのドコだっけ……?」
「…………あし。太ももの内側、に……たぶん膝かなんかだけど、こすりつけられたかんじ……」

 そう口にしてから、彼女はズボンを脱がされたままだということを、思い出したようだった。
 ぺたりと床にお尻を落とし、お姉さん座りの格好になる。
 サイズが大きく、ワンピースのように垂れたトップス――その中へ、手を差し込む。
 股関節から指三本分、腿の付け根を、内側からぎゅっとつかんだ。
 さほど握力は使っていないはずだった。それでも彼女の肉は簡単にたわみ、おれが握ったままに形を変えた。
 ものすごく柔らかいけど、弾力もある。手を放せばすぐ元へと戻る。

 薄い皮膚の向こうに、彼女の脈を感じる。
 トク、トク、と小さな脈動は、こころなしか、平常より早く流れているような気がした。
 わずかに指を動かして、そこをこすってみる。彼女の全身が震えた。

「気持ち悪い? く、ない?」

 彼女は首を振る。だが小刻みに震えるのをやめない。くすぐったいのかと尋ねても、そうではないと否定する。

「へんなかんじ」
「へんって……」
「不思議だな。同じ場所を、同じようにされているだけなのに……昼間にはただくすぐったいだけで、さっきは身の毛がよだつほど気持ち悪くて。……モモチの手だと、すごく、きもちいい」

 思わず、指先に力がこもる。
 いま触れているところから、もうすこし上を――あるいは全身を――撫でまわしたい衝動にかられた。
 でも、我慢。
 さっき怒られたところだし、二度も三度も同じ失敗するような無能な男になりたくない。

「ももち。モモチ……もう、もうソコはいい」
「う、うん。じゃあ、ほかには」

 アユムちゃんは首を振り、おれの両手首に指を添えた。
 もうこれで終わりらしい。
 辛く苦しい我慢大会も、終わってしまうよりはマシだった。痴漢野郎のトレースなんかじゃなく、彼女を悦ばせるために触れたい。
 もっといろんなところの感触を、この手で確かめたい。

「もう大丈夫、消毒はおしまい」

 おれの手を掴んだまま、彼女。
 だがそれは、制止のためではなかった。腕を引きながら、自分からこちらへ倒れこんでくる。
 おれの胸に、彼女の横顔が埋もれた。

「じゃあ今度は、抱きしめて、髪を撫でて」

 おれは疑問符を浮かべながら、言われるままに従う。外ハネ癖がある赤い髪は、まだほんの少し湿っていた。頭骨の丸みを確かめて、ハネ上がった毛先まで、手のひらを滑らせていく。そのくらいの強さで抱きしめるのが適切なのか、思考がぐるぐるしていた。

 それだけで頭がいっぱいのおれ。
 彼女は最後にこう言った。

「その次は、モモチがしたいとこ、触っていいよ……」



 さて。
 結論からずばり、申し上げますと……
 この夜、僕たちはひとつになりました。

 とはいえやはり、なにもかもスムーズに終えたとは言えませんでした。彼女だけでなく、僕もまた幼く未熟すぎたのです。
 泣き出したくなるほど焦ったり、痛みを覚えたりと、ただ夢中で悦楽におぼれるとはいきませんでした。
 しかし確かに、僕たちは柘榴の沼へと沈むことができました。ともに手をとり協力をして、その深みへと潜り込み、浮上して、見事対岸まで泳ぎきったのであります。

 ……ん? なにいってんのかわかんない?
 わかるだろ。わかれよ。

 やっぱり恋人のことだからあんまりおおっぴらに吹聴したくはないもので、詳しくはご容赦ねがいたい。
 ……何年も前の話だもの。記憶がぶっとんでるところも多々あるし。
 もういいだろ? ――昔話はさ。
 おれ、今めちゃくちゃ忙しいんだよ!

「えっとええと、これが足代、こっちが受付してくれるひとへの心づけ、これが名簿」
  
「モモチー、もうタクシー来たよー!」

 玄関先から声が飛ぶ。もちろん彼女――鱶澤アユムの声だ。
 ハイハイッと返事して、おれはトランクを掴み上げた。
 マンションの前にはタクシーと、同じような大荷物をもった彼女がいる。途中、縁石に躓き、盛大に転んでしまった。大慌てで立ち上がろうとするのを、彼女が優しく引き上げてくれる。

 ――成人し、髪を伸ばし、すっかりきれいなお姉さんになった彼女。

「ええと、電気は消した、鍵はかけた、席次表は受付のひとが持ってきてくれる、あっそうだ明後日そのまま空港いくんだから、パ、パスポートは……」

 おれが指さし確認している間に、運転席へと身を乗り出して、

「――チャペル・霞ヶ丘クラシックホテルまで、お願いします」
「かしこまりました。……式、何時からです? 高速使った方がいいです?」
「式は明日、今日はリハーサルとチェックインだけなのでゆっくりで平気ですよ」
「そうですか。――それにしては、だんなさん……」
「気にしないで。あのひと焦ると間の抜けたことする癖があるの。フォローはあたしが全部してるから大丈夫」

 ねえあなた、と振り向くアユムちゃん。

 ……なんだかなあ。
 おれの人生、姉さん女房に尻に敷かれるルートで決定か?
 これから始まるところだというのに、五十年後が見えた気がした。

 長い付き合いで、なにもかもバレバレみたいだけども……それでも、彼女の前ではかっこつけていたい。
 彼女が「彼」だったときにも負けないくらい、カッコイイ男でありたいんだ。

 おれは赤面しながらも、背筋を伸ばし、腰に手を当てて、つとめてクールにふるまって見せた。

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