鮫島くんのおっぱい
黄金色草原の戦闘①
騎士団長じきじきの拘束である、もちろん、梨太がいくらもがいてもゆるむことはない。
それでも諦めずに転がりまわっていると、鮫島が猿ぐつわだけは解いてくれた。口が利けるようになり、第一声を発する。
「男には、どうしても肌色を見ないとおさまりがつかないときというものがあります」
「……全くわからない、ってこともないけど」
「途中から目的というか趣旨が変わってしまってたことは否定しません」
「もう少しそのまま転がっておけ。明日の朝にはほどいてやる」
「おしっこどうすんのさー!」
「そこでしろ」
「やめてくれよ、昼間はそこで寝てるんだぞ俺」
虎が苦笑い。「結局仲いいんじゃねえか」などと呟いて、彼はふと、背筋を伸ばした。運転しながら窓を開け、前方に身を乗り出す。
「どうした、虎」
「いや……ちょっとまだ遠いな……だんちょー、双眼鏡で確認してください。二時の方向です」
「なーにー、また牛ー?」
やけくそ気味に問う梨太に、軍人二人は答えなかった。鮫島は双眼鏡を覗いたまま無言。虎がちらりと彼を見る。
「……どうします? 護衛ってわけじゃないから別料金になりますけど」
「……いや、いい。リタがいる車で危険は避けたい」
「りょーかい。じゃあこのまま通り過ぎますよ、っと」
そう宣言し、アクセルを踏む虎。
もちろん、これで状況が把握できない梨太ではない。
「なに? もしかして、ヨソの誰かが襲われてるの」
「……なんでもない」
なんでもないわけがない。
騎士二人の判断だ、気にせず見過ごしたほうが良策には違いないのだろう。そこに逆らうつもりはなかったが、なんだったのか、が気になって仕方ない。元来、梨太は好奇心が旺盛なのだ。
簀巻き状態のままなんとか首を巡らせ、窓の向こうへ視線をやる。
さっき二人が見ていた咆哮――始めは、遠いせいでなんだかわからなかった。だがしだいに形が見えてくる。
「あれは……荷馬車? 商隊っていうやつか?」
おそらく、その第一印象で正解だ。
幌を付けた小型の荷車が十台ほど連なり、ロバのような動物に引かせている。ラトキアは、異民族の移住は認めていないが、行商人が出入りしているとは聞いていた。おそらくはその、帰りの商隊だろう。
荷車の中には王都の製品や、現金代わりになるものが積まれている。
その周囲、荷物を守るようにして、三十人ほどが立っていた。それを囲んでいるのは十人弱。人数的には有利だし、武装しているようでもある――が、遠目にも無駄な抵抗にしか見えない。
襲われているものは子供ばかり。襲っている者たちは、身の丈二メートルを超える巨人ばかりであったから。
「あ、あれって――野盗だよね? 助けないのっ?」
「今は騎士の業務管轄外だ。ああいったものを制圧する権利はあるが義務はない」
鮫島の返事は冷淡だった。騎士の任務外、管轄外――軍人である彼らはそう割り切ることに慣れている。なにより、梨太の安全を優先した彼らを責める気はない。だが納得はできない梨太に、鮫島が言う。
「盗賊は殺人鬼ではない。大人しく積み荷を渡せば、むやみに傷つけることはないんだ」
「そ、そ。しかも全部は取らねーで、そいつらがどうにか冬を越し、また商売に通れるだけは残しておくんだよ。リピーター確保の企業努力ってやつ」
虎が続ける。
なるほど、これは一種の通過税。歓楽街で、ヤクザがミカジメ料だと取って回るようなものらしい。拒否をすれば、次回にもっとひどい目に合う。この野原に駐在しているわけではない騎士は、うかつに手が出せないのである。
「リタ、お前はひとさまのことに世話焼いてるヒマねえだろ。ハンパな正義感で首を突っ込んで回るなよ。俺もだんちょーも、無敵で不死身ってわけじゃねえんだぞ」
「うん……」
確かに、その通りで反論の余地もない。
梨太は一度、車内に首をひっこめた。そのまま知らないふりを決め込もうとし――しかしふと、商人が子供だけなのが気になった。そういうこともあるのだろうか、それとも大人はすでに殺されているとか――
いてもたってもいられず、再度首を伸ばす。ちょうど、もっとも近くを通るところだった。商人と野盗、両方とも気づいていないはずはないが、振り向きもしない。彼らもまた、助けが入ることを想定すらしていないのだ。
間近で見て、梨太は認識を間違えていたと気づく。商人は子供ではない。ヒトの子ほどの背丈をし、豊かな体毛をたくわえた、犬に似た顔の獣人族――バルフレア族だ。
「おまえたちになど、飲み水一滴あげるもんですか! たとえ死んだって渡さないわ!」
女の獣人が叫ぶ。倍ほど大きな強盗に向き合って、ナイフを突きつけ、震えている。
その声に聞き覚えがあった。
梨太は絶叫した。
「――ちょ――もしかしてハーニャ!?」
名を呼ばれ、バルフレアの少女は弾かれたように振り向いた。梨太と目が合う。
「リタ様?」
「やれやれだなオイ」
ぼやきながら、後ろ頭を掻く虎。そのまま車を走らせながらグローブを噛み、締めなおす。
「……ま、追加料金ってのはサービスしといてやんよ」
鮫島は無言で後部シートへ移動した。梨太の縄をほどき、その手に麻痺刀を握らせる。
「これは本当に最後の護身用。間違っても応援にこようなどするな。もしも俺たちがやられたら、全速力で車を走らせろ。バルフレアの村には電話がある。王都に連絡して迎えに来てもらうように」
「う、うん、鮫島くん、あの――」
「振り切るまで止まるなよ。セガイカン族は強く、残虐で、お前が捕まったら酷い目に合う」
「うん――」
二百メートルばかり離れたところで、虎は車を止めた。コンバットスーツのようないでたちに、二刀を腰に佩いた武装姿。鮫島は、優美な貴族服の上から騎士のジャケットを羽織った。いつも腰回りにつけている、金属の籠手を装着。麻痺刀を右手に持つ。
そうして、彼らは車を飛び出していった。
それでも諦めずに転がりまわっていると、鮫島が猿ぐつわだけは解いてくれた。口が利けるようになり、第一声を発する。
「男には、どうしても肌色を見ないとおさまりがつかないときというものがあります」
「……全くわからない、ってこともないけど」
「途中から目的というか趣旨が変わってしまってたことは否定しません」
「もう少しそのまま転がっておけ。明日の朝にはほどいてやる」
「おしっこどうすんのさー!」
「そこでしろ」
「やめてくれよ、昼間はそこで寝てるんだぞ俺」
虎が苦笑い。「結局仲いいんじゃねえか」などと呟いて、彼はふと、背筋を伸ばした。運転しながら窓を開け、前方に身を乗り出す。
「どうした、虎」
「いや……ちょっとまだ遠いな……だんちょー、双眼鏡で確認してください。二時の方向です」
「なーにー、また牛ー?」
やけくそ気味に問う梨太に、軍人二人は答えなかった。鮫島は双眼鏡を覗いたまま無言。虎がちらりと彼を見る。
「……どうします? 護衛ってわけじゃないから別料金になりますけど」
「……いや、いい。リタがいる車で危険は避けたい」
「りょーかい。じゃあこのまま通り過ぎますよ、っと」
そう宣言し、アクセルを踏む虎。
もちろん、これで状況が把握できない梨太ではない。
「なに? もしかして、ヨソの誰かが襲われてるの」
「……なんでもない」
なんでもないわけがない。
騎士二人の判断だ、気にせず見過ごしたほうが良策には違いないのだろう。そこに逆らうつもりはなかったが、なんだったのか、が気になって仕方ない。元来、梨太は好奇心が旺盛なのだ。
簀巻き状態のままなんとか首を巡らせ、窓の向こうへ視線をやる。
さっき二人が見ていた咆哮――始めは、遠いせいでなんだかわからなかった。だがしだいに形が見えてくる。
「あれは……荷馬車? 商隊っていうやつか?」
おそらく、その第一印象で正解だ。
幌を付けた小型の荷車が十台ほど連なり、ロバのような動物に引かせている。ラトキアは、異民族の移住は認めていないが、行商人が出入りしているとは聞いていた。おそらくはその、帰りの商隊だろう。
荷車の中には王都の製品や、現金代わりになるものが積まれている。
その周囲、荷物を守るようにして、三十人ほどが立っていた。それを囲んでいるのは十人弱。人数的には有利だし、武装しているようでもある――が、遠目にも無駄な抵抗にしか見えない。
襲われているものは子供ばかり。襲っている者たちは、身の丈二メートルを超える巨人ばかりであったから。
「あ、あれって――野盗だよね? 助けないのっ?」
「今は騎士の業務管轄外だ。ああいったものを制圧する権利はあるが義務はない」
鮫島の返事は冷淡だった。騎士の任務外、管轄外――軍人である彼らはそう割り切ることに慣れている。なにより、梨太の安全を優先した彼らを責める気はない。だが納得はできない梨太に、鮫島が言う。
「盗賊は殺人鬼ではない。大人しく積み荷を渡せば、むやみに傷つけることはないんだ」
「そ、そ。しかも全部は取らねーで、そいつらがどうにか冬を越し、また商売に通れるだけは残しておくんだよ。リピーター確保の企業努力ってやつ」
虎が続ける。
なるほど、これは一種の通過税。歓楽街で、ヤクザがミカジメ料だと取って回るようなものらしい。拒否をすれば、次回にもっとひどい目に合う。この野原に駐在しているわけではない騎士は、うかつに手が出せないのである。
「リタ、お前はひとさまのことに世話焼いてるヒマねえだろ。ハンパな正義感で首を突っ込んで回るなよ。俺もだんちょーも、無敵で不死身ってわけじゃねえんだぞ」
「うん……」
確かに、その通りで反論の余地もない。
梨太は一度、車内に首をひっこめた。そのまま知らないふりを決め込もうとし――しかしふと、商人が子供だけなのが気になった。そういうこともあるのだろうか、それとも大人はすでに殺されているとか――
いてもたってもいられず、再度首を伸ばす。ちょうど、もっとも近くを通るところだった。商人と野盗、両方とも気づいていないはずはないが、振り向きもしない。彼らもまた、助けが入ることを想定すらしていないのだ。
間近で見て、梨太は認識を間違えていたと気づく。商人は子供ではない。ヒトの子ほどの背丈をし、豊かな体毛をたくわえた、犬に似た顔の獣人族――バルフレア族だ。
「おまえたちになど、飲み水一滴あげるもんですか! たとえ死んだって渡さないわ!」
女の獣人が叫ぶ。倍ほど大きな強盗に向き合って、ナイフを突きつけ、震えている。
その声に聞き覚えがあった。
梨太は絶叫した。
「――ちょ――もしかしてハーニャ!?」
名を呼ばれ、バルフレアの少女は弾かれたように振り向いた。梨太と目が合う。
「リタ様?」
「やれやれだなオイ」
ぼやきながら、後ろ頭を掻く虎。そのまま車を走らせながらグローブを噛み、締めなおす。
「……ま、追加料金ってのはサービスしといてやんよ」
鮫島は無言で後部シートへ移動した。梨太の縄をほどき、その手に麻痺刀を握らせる。
「これは本当に最後の護身用。間違っても応援にこようなどするな。もしも俺たちがやられたら、全速力で車を走らせろ。バルフレアの村には電話がある。王都に連絡して迎えに来てもらうように」
「う、うん、鮫島くん、あの――」
「振り切るまで止まるなよ。セガイカン族は強く、残虐で、お前が捕まったら酷い目に合う」
「うん――」
二百メートルばかり離れたところで、虎は車を止めた。コンバットスーツのようないでたちに、二刀を腰に佩いた武装姿。鮫島は、優美な貴族服の上から騎士のジャケットを羽織った。いつも腰回りにつけている、金属の籠手を装着。麻痺刀を右手に持つ。
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