鮫島くんのおっぱい
鴨ネギワッショイ祭り①
無言のまま食事を平らげ、一通り片付けが済めば、もうやることがなにもなかった。
梨太はせめてものBGMに、テレビでも付けようかと考えた。ソファに座った直後、真横に鮫島がやってくる。梨太は黙って、リモコンを置いた。
無音のまま――五分ほど。何の会話も無く、並んで座る。
一度、鮫島と目があった。鮫島が目をそらす。さらに五分後、彼は横目で梨太をみた。どこか恨みがましく睨むようにして、低い声でつぶやく。
「……お前、俺のこと、やっとしゃべったのにまた黙るのかって思ってるだろう」
「え。あ。い、いや。僕もちょっと言葉を失くしてたんだけども。……共通の話題からなら、発展するかと、思ったら、まさかの爆弾で。コメントに困ってました」
ぱたぱた手を振る。
鮫島はすねたように視線を逸らし、ぼやいた。
「悪かったな、会話が、下手で」
「いやいや、ごめん。僕のほうが悪かった。無言が居心地悪いわけじゃないんだもん、無理に雑談する必要はないよね」
「……俺は、必要ないと思ってるわけでは……」
またぼそぼそと何か言っている。
ソファの上で膝を立て、体育座りに顎を埋めて、彼は左右にゆらゆら揺れた。よもやその遠心力で、肚に燻ぶる文章を振り出すつもりだろうか。梨太は我慢強く、彼の言葉の続きを待った。
彼は唇をとがらせて、それこそ小声で、呟いていく。
「……リタに……会ったら言おうと、考えていたことはちゃんとあったんだ。全部、日本の言葉に換えて覚えて」
「うん」
「……なのにあいつらが先に、取るから……」
「うん? ええと、なに?」
「だから。鯨や、騎士たちがみんな、先にそれを言ってしまったから。……俺が話すことがなくなってしまった」
梨太は頬の空気を一気に吹き出した。しばらく悶絶してから、にやつく顔をバシバシたたいて、なんとか紳士のほほえみまで持っていく。
「あいつらはお喋りが過ぎる」
そう、仏頂面をしている鮫島に向けて、身を乗り出した。
「いいじゃん。同じこと言ってよ。誰から先に聞いてても、僕はまだ、鮫島くんから聞きたいな」
彼は視線をあげた。漆黒の長い睫毛がパチパチと虚空を扇ぐ。
「ね。日本語、覚えたんでしょ。聞かせてよ」
梨太は頬杖をつき、彼の言葉を待ち続けた。
鮫島は横髪をかきあげた。桃色の耳たぶに、翡翠色のピアス。透明な爪のついた白い指で、それを取り除く。
そして意外なほどちゃんとした発音で話し始めた。
「――やっ。ひさしぶり」
そこからか、と思いつつ、うんうん頷く。彼は続けた。
「体はもう大丈夫? 元気?」
梨太は回答した。
「うん、元気だよ」
「俺が誰だかわかるか?」
笑う。
「すぐにわかったよ。正直驚いたけど」
「覚えていてくれてうれしい」
「忘れないよ」
「背が高くなったな。男の人に見える」
「もともと男ですよー」
「そのメガネは何だ? あまり似合わないと思う」
梨太は苦笑いした。フレームを指先でたたき、
「実はファッション用の伊達メガネ。僕、本の虫のわりに視力は人並み以上なんだよね」
言うと、彼はそっとメガネを奪い取った。現れた琥珀色の瞳に向かって目を細める。
「うん。無い方が可愛い」
「……それ、まだ誰も言ってないよ」
鮫島はメガネを折り畳むと、勝手にテーブルへ置いてしまった。
視力に支障はないが、素顔に剥かれてなんとなく小恥ずかしい。梨太は首の後ろを掻いた。
「可愛いって言われないためにつけてるんだけどねえ。慣れるといい感じに集中できるし」
そんな言い分を聞いてくれる騎士ではない。彼は上機嫌で梨太の目をみつめた。
「大人になった。俺と同じ年くらいに見える」
「地球人の僕からすると、鮫島くんが若く見える、なんだけどな」
「……また会えてうれしい」
ほほえむ彼に、照れ笑いに声が出た。
「僕も」
「リタに会いたかった」
梨太はドキリとした。
なにを自分がそんなに驚いたのか、理解が遅れる。少し考えて、前のめりになり、鮫島の顔をのぞき込む。
「それもまだ誰も言ってなかったよ」
言われて、鮫島も思考を巡らせた。
「そうだっけ……」
俯いてしまった。
どうやらこれで、彼が用意した『梨太に会ったら言おうと思っていた言葉リスト』は消化してしまったらしい。どのみち五分と続かずに、膝を抱えて揺れながら、鮫島はおかしいなあとぼやく。
「もっと長く、続くと思っていたのだが。もう終わってしまった。やっぱり雑談は苦手だ」
梨太は笑った。
じゃあまた話題が出来たらねと、飲み物を入れにキッチンへ向かう。
ふと時計が目に入った。いつのまにやら夜も更け、時刻は九時に近くなっていた。
「そろそろお風呂の支度をしようか……」
と、座り込んだままの鮫島を見下ろす。
「……ええと」
無言で見上げる鮫島。
なにか思考している様子もなく、梨太を見つめる双眸。 昼に再会してから、もう九時間、そこにいる彼。
三年前と、何が変わったと指摘するのは難しい。
体が一回りちいさくなった。全体的にどことなく曲線的、ウエストが明らかに細くなった。顔立ちに丸みが出て、結果、同じ所作をしても可愛らしい印象が強くなった。
梨太からみて、女性にしか見えない彼。
さて、どんな言い方が的確なのだろうか。
わからないまましゃがみこむ。鮫島の視線が梨太を追って低くなる。その顔を、正面から見つめて。
「……あの。今夜、泊まっていく、の?」
聞いてみる。
鮫島は、にっこり笑って、頷いた。
仕事に便利だから助かる、というような笑みではない。
かすかに頬を染めて、とてもうれしそうに笑った。
梨太はせめてものBGMに、テレビでも付けようかと考えた。ソファに座った直後、真横に鮫島がやってくる。梨太は黙って、リモコンを置いた。
無音のまま――五分ほど。何の会話も無く、並んで座る。
一度、鮫島と目があった。鮫島が目をそらす。さらに五分後、彼は横目で梨太をみた。どこか恨みがましく睨むようにして、低い声でつぶやく。
「……お前、俺のこと、やっとしゃべったのにまた黙るのかって思ってるだろう」
「え。あ。い、いや。僕もちょっと言葉を失くしてたんだけども。……共通の話題からなら、発展するかと、思ったら、まさかの爆弾で。コメントに困ってました」
ぱたぱた手を振る。
鮫島はすねたように視線を逸らし、ぼやいた。
「悪かったな、会話が、下手で」
「いやいや、ごめん。僕のほうが悪かった。無言が居心地悪いわけじゃないんだもん、無理に雑談する必要はないよね」
「……俺は、必要ないと思ってるわけでは……」
またぼそぼそと何か言っている。
ソファの上で膝を立て、体育座りに顎を埋めて、彼は左右にゆらゆら揺れた。よもやその遠心力で、肚に燻ぶる文章を振り出すつもりだろうか。梨太は我慢強く、彼の言葉の続きを待った。
彼は唇をとがらせて、それこそ小声で、呟いていく。
「……リタに……会ったら言おうと、考えていたことはちゃんとあったんだ。全部、日本の言葉に換えて覚えて」
「うん」
「……なのにあいつらが先に、取るから……」
「うん? ええと、なに?」
「だから。鯨や、騎士たちがみんな、先にそれを言ってしまったから。……俺が話すことがなくなってしまった」
梨太は頬の空気を一気に吹き出した。しばらく悶絶してから、にやつく顔をバシバシたたいて、なんとか紳士のほほえみまで持っていく。
「あいつらはお喋りが過ぎる」
そう、仏頂面をしている鮫島に向けて、身を乗り出した。
「いいじゃん。同じこと言ってよ。誰から先に聞いてても、僕はまだ、鮫島くんから聞きたいな」
彼は視線をあげた。漆黒の長い睫毛がパチパチと虚空を扇ぐ。
「ね。日本語、覚えたんでしょ。聞かせてよ」
梨太は頬杖をつき、彼の言葉を待ち続けた。
鮫島は横髪をかきあげた。桃色の耳たぶに、翡翠色のピアス。透明な爪のついた白い指で、それを取り除く。
そして意外なほどちゃんとした発音で話し始めた。
「――やっ。ひさしぶり」
そこからか、と思いつつ、うんうん頷く。彼は続けた。
「体はもう大丈夫? 元気?」
梨太は回答した。
「うん、元気だよ」
「俺が誰だかわかるか?」
笑う。
「すぐにわかったよ。正直驚いたけど」
「覚えていてくれてうれしい」
「忘れないよ」
「背が高くなったな。男の人に見える」
「もともと男ですよー」
「そのメガネは何だ? あまり似合わないと思う」
梨太は苦笑いした。フレームを指先でたたき、
「実はファッション用の伊達メガネ。僕、本の虫のわりに視力は人並み以上なんだよね」
言うと、彼はそっとメガネを奪い取った。現れた琥珀色の瞳に向かって目を細める。
「うん。無い方が可愛い」
「……それ、まだ誰も言ってないよ」
鮫島はメガネを折り畳むと、勝手にテーブルへ置いてしまった。
視力に支障はないが、素顔に剥かれてなんとなく小恥ずかしい。梨太は首の後ろを掻いた。
「可愛いって言われないためにつけてるんだけどねえ。慣れるといい感じに集中できるし」
そんな言い分を聞いてくれる騎士ではない。彼は上機嫌で梨太の目をみつめた。
「大人になった。俺と同じ年くらいに見える」
「地球人の僕からすると、鮫島くんが若く見える、なんだけどな」
「……また会えてうれしい」
ほほえむ彼に、照れ笑いに声が出た。
「僕も」
「リタに会いたかった」
梨太はドキリとした。
なにを自分がそんなに驚いたのか、理解が遅れる。少し考えて、前のめりになり、鮫島の顔をのぞき込む。
「それもまだ誰も言ってなかったよ」
言われて、鮫島も思考を巡らせた。
「そうだっけ……」
俯いてしまった。
どうやらこれで、彼が用意した『梨太に会ったら言おうと思っていた言葉リスト』は消化してしまったらしい。どのみち五分と続かずに、膝を抱えて揺れながら、鮫島はおかしいなあとぼやく。
「もっと長く、続くと思っていたのだが。もう終わってしまった。やっぱり雑談は苦手だ」
梨太は笑った。
じゃあまた話題が出来たらねと、飲み物を入れにキッチンへ向かう。
ふと時計が目に入った。いつのまにやら夜も更け、時刻は九時に近くなっていた。
「そろそろお風呂の支度をしようか……」
と、座り込んだままの鮫島を見下ろす。
「……ええと」
無言で見上げる鮫島。
なにか思考している様子もなく、梨太を見つめる双眸。 昼に再会してから、もう九時間、そこにいる彼。
三年前と、何が変わったと指摘するのは難しい。
体が一回りちいさくなった。全体的にどことなく曲線的、ウエストが明らかに細くなった。顔立ちに丸みが出て、結果、同じ所作をしても可愛らしい印象が強くなった。
梨太からみて、女性にしか見えない彼。
さて、どんな言い方が的確なのだろうか。
わからないまましゃがみこむ。鮫島の視線が梨太を追って低くなる。その顔を、正面から見つめて。
「……あの。今夜、泊まっていく、の?」
聞いてみる。
鮫島は、にっこり笑って、頷いた。
仕事に便利だから助かる、というような笑みではない。
かすかに頬を染めて、とてもうれしそうに笑った。
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