鮫島くんのおっぱい

とびらの

梨太君のお仕事②

 その日の捕り者を終えて、一同はいったん梨太の自宅へ帰還した。

 あのアパートの部屋契約は、猿川という男の名義らしかった。
 その男の帰宅を、騎士団が待機して待ちかまえている。捕縛次第連絡があるというので、鮫島たちはこちらでそれを待つことにしていた。

 自宅リビングで、梨太はPCに向かっていた。

 テキストソフトにタイピングされた文字が並んでいく。


『髪、瞳に、地球人にはない色素を持つ。黒のほかに赤系と青系に偏っており金髪茶髪はいない』
『髪以外の体毛、いわば無駄毛が薄い。男性でも髭が無く、地球人ではまずありえないほど顎まわりの肌がなめらかに見える』
『手のひらや足先は男女ともに同じくらい大きい。男性はともかく、地球人で女性であれだけ大きな手を持つのはごくまれである』

 それは、ラトキア人の特徴を並べたものだった。
 地球人である梨太からみて目立つ、彼らの違和感。おそらく当人らは自覚していないことを並べていく。

『日本語の習得レベルはそれぞれだが、言葉づかいに性差を出すのはかなり難しく、ほぼ男言葉しか話せない。これはラトキア語に性別差異が無く、仲間に日本語を広めたのが男性だったためと思われる。日本人女性はふつう「オレ」とは言わない』
『長身で頭骨が小さく、手足が長い』――

 最後の一文を書く途中で、梨太は手を止めた。
 自分で書いたものの疑わしく思い、犬居に確認してみる。

 後ろから画面を見ていた彼は、ああ、と肯定した。

「それはただ団長がそうだってだけだよ。俺の見たとこ、ラトキア人と地球人の平均に差はないな。まあ騎士団はみんな職業軍人だから大柄なのが多いが、俺のような事務職担当は、それほど鍛え上げてるってわけじゃない」

 そういう犬居こそまさに中肉中背である。さすがに軍人、ゆったりした服ごしに引き締まった筋肉が見て取れるが、鮫島ほど絞られてはいないようだ。

 梨太はほーっと声を上げた。

「んじゃあやっぱり、ラトキアのみなさんから見ても鮫島くんってカッコイイの?」
「そりゃそうさ!」

 急に犬居は大きな声を出した。そんな自分にハッとなり口を噤む。
 そのすぐ後ろに、鮫島が座っている。

 ――彼は、なにやら書類仕事をしていた。
 どうやらお気に入りらしいダイニングテーブルの一席に座って、アナログの書き込み作業をしている。
 覗いてみると、当たり前だが、ラトキア語である。

 日誌だろうか。記号のような文字にその美醜は判断しかねるものの、なんとなく几帳面な筆致が見て取れた。

 梨太たちの会話も聞こえたはずだが、照れるだとか謙遜するだとかする様子はない。
 さすがにこれだけ美形に生まれると、自覚せずに育つのは無理だろう。それと驕るのとは別の話であり、彼は己の容姿をそのまま忌憚なく受け入れているらしかった。

 ただカリカリとペンを動かし、大量の文字を書き込んでいる。

 梨太の視線を感じたのか、鮫島がふと顔を上げる。目があったのを逸らすのもおかしいので、あえてにこやかに、手など振ってみる。
 彼は不思議そうに、それでもわざわざペンを置いて、その手を振ってみせた。

 端正な顔の横で、大きな手のひらがピラピラ揺れる。

(……きっ、きさくなひとだなあ)

 まさか振り返してくれるとは思わず、梨太は逆に照れくさくなってパソコン作業に戻った。


 ラトキア人が苦手なイントネーションなどをいくつかと、最後に。

『名は生物の名前で、自動変換するとその星既存の動物になる。偽名でも呼ぶ際の混乱をふせぐためか、それを転用するものが多い』

『それは「上の名前」※姓 のほうに使われ、「下の名前」は、「日本人にとって違和感のない一般的な名前」を、非ネイティブが機械頼りで調べたもの。ゆえに、昔話の人物や超有名人の名を頂いてあり、逆にネイティブからすると変な名前になっていることが多々ある』

 と、ラトキア人における最大の落とし穴を記入した。

「できた」

 印刷したものを、犬居に渡してやる。彼はざっとそれを読んでウームとうなり声を上げた。

「これは……正直、俺たち自分自身じゃなかなかわからんなあ」
「だよね」

 梨太は苦笑した。

 特徴とは、「ある集団において、極端に少数派である部分」のことである。自分の特徴を知るためには、まずその集団の中央値を知る必要があるのだ。井戸の中でひとり育った蛙は蛇に出会うまで、己が美味そうに見えることを知らない。
 旅先で、自分の常識が地方固有の風習だったと知ることは多いのだ。

 犬居はすなおにその内容を受け止めると、ほんのちょっとばかり頭を下げて見せた。

「ありがたい。貴重な意見だ。今回だけじゃなく地球やほかの民族に潜入する任務に役に立つ。またなにか気が付いたら教えてくれ」

 ちょうど書類が終わったらしい、鮫島が、テーブルで用紙をトントンとまとめて揃えていた。
 四人相手に立ち回ったときにも出さなかった、フウと小さな息を吐く。
 犬居が受け取ってテキパキとファイリングし、自分の鞄に収納した。

 その無言の連携に主従関係の確かさを感じ、梨太は鮫島の身分の高さに思いを馳せたが、次の瞬間打ち砕かれる。

「おなか空いたな。ごはん買ってくる。何がいい?」

 と、いう台詞は、鮫島のものである。
 梨太はその場をずり落ちそうになった。さらに、

「リタは? 金は経費で出すぞ」

 と、聞いてくるではないか。梨太は慌てて手を振って、

「え? いやいやいや、ええっ? いや、いいよそんなの」

「そうか。じゃあ犬居、十分程度で戻ると思うが、鯨から連絡があったらすぐに無線を。リタ、遅い時間になりすまないがもう少しここに居させてくれないか。食事の後も連絡がなければさすがに本拠地のほうへ戻るが」

「それは別に……なんなら泊まっていってくれても構わないけど」

「そうか。それはありがたい。ではそうさせてもらおう」

「ええっ!?」

 自分から言っておいて仰天する。

 梨太の反応に、鮫島は心底不思議そうな顔をした。そのやりとりに、犬居が嘆息する。

「リタ。団長は、決して厚かましいとか図々しいとかではないけど、遠慮ってものはしないから、うかつなことは言わない方がいいぞ」

 その言葉を聞いて、鮫島も感じたものはあったらしい。すぐに、これもまたどうということもない声音で、

「なんだ。駄目ならいい。ちゃんと言え。犬居、外で食べるか」

「いやいやいやいやそうじゃなくて待って、ちょっとキャラクターの理解に戸惑っただけだからっ!」

 すがりつくようにして引き留める。

 鮫島はかすかに眉を寄せ、自分の服にしがみついている少年を見下ろしていた。真実、どうしていいか判断しかねているらしい。

(だんだんわかってきた。このひと――賢いとかバカとか、生真面目とか不真面目だとかじゃない。ただただひたすら、素直なんだ)

 日本語は無駄に遠回しで、わかりにくく面倒くさいと、外国人が唸るのをよく耳にする。ラトキア人からしてもそうなのだろう――と、思ったが、犬居の反応を見る限り、これは鮫島個人の特性ではなかろうか。

 彼の服の裾を握ったまま、梨太はしばらくの間思考を巡らせた。

「……ええと。月曜日は朝イチで小テストがあるので、夜の十時になったら帰ってください」

「うん」

「で、それはそうとして、ご飯、簡単なのでよければ僕が作るけど食べる?」

「ありがとう。それは助かる」


 鮫島はにっこりと、なんの忌憚もない笑顔を見せた。


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