ノスタルジアの箱

六月菜摘

切符、寂れた港


身体中に纏わりつく、湿った空気に息が詰まりそうになる。
だから、六月は 嫌いなんだ。
自分で蒔いた種なのに、後悔はしないと誓ったのに。

泣きだしたいのに泣けない現実の中の世界で
夢の中くらいは泣けているといいと願う。
朝起きた身体の感覚から掴む 夢の余韻の果てしなさ。
きっと夢の中でも まだ泣けていないのだろう。
身体の中に、水たまりが残されたままだ。

呆然と朦朧とした 風邪の引き始めに漂う微熱。
誰にも頼れなくて、行き場のない想いに途方に暮れていく。

とにかく、書かなくてはいけない。
まだ 止まってしまう訳にはいかない。 
わかっているのは それだけだ。

絶望やあきらめは、自分には似合わないと想う。
空元気でいいから、笑っていたい。
どんどん迷って、森の奥に駆けていきたいんだ。

エンドロールには早過ぎたけれど、まだ完成もしていないけれど。



悲しい時に、さみしい時に、人に縋っていいはずはない。
自分で囲んで、地引網のように引き摺って
寂れたカンテラが揺れる あの海に浮かぶ船の灯りを見つめて
一人を噛みしめて、かみ殺していけばいい。血の味のする唇。
本当はしがみつきたかった。 
イカナイデ そう言ってみたかった。

固く厚みのある 夜行列車の切符を手に入れた。
たった1両で たった一人の乗客でも 走ってくれるなら
ワンマンと書かれた運賃箱を横目で見ながらステップを上がる。
夜の列車の窓には、今までの人生の全てが映し出され
一人だけの上映会。

いつか どこか 行き着く先に待つものが
どうして 誰かの笑顔だったらいいのになんて思うんだ。
なんでいつも 人を頼ろうとするんだ。

ひとりでも、生きていきたい
ひとりでも、強く 生きていきたい



灯台のある崖上に出た。 一羽の白鷺が 慄然と立っている。
まるで置き物のように 固まった彫像のように。

揺れている 海の灯りが 雨で滲んでいく。
飛行機が飛び立っていくのを 傘もささず、ただ眺めている。 

漁港を幾つも通り過ぎる、夜のロングドライブ。
活気のある漁港、錆びた船、洒落た漁港、男くさい船。
一つ一つの駅のように繰り広げられ、波間に香ってくる。

抒情にまとわりつかれて、未だ自分が見えず
言葉の武装を続けていく私が行く着く先など 
誰が読んでくれるのだろう。 一人でただ書いていればよかったものを。

どこにいても、どこを歩いていても
誰かを想うあなたを、どこかでいつも描きながら
あの日と同じ、取り残された空気。

いつのまにか、熱が上がって、喉が痛くて
口が利けなくなっていた。 ちょうどいいや。

人を好きになどならなければ、こんな目に遭わないのに。



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