ノスタルジアの箱

六月菜摘

鍵、傘、指輪、もう一つ



忘れものが悲しんでいる。
置いてかれて、心細くて、空しくて。

ぼくは迷子だ。放送されても君は引き取りに来ない。

私も探しているのに、どうして会えないんだろう。

遂にあきらめてしまったあの子たち
ね、誰かに拾われたりしましたか。



私は失くしものが多い。鍵、傘、指輪は特に。

鍵をしょっちゅう失くす。なかなか見つからない。
しばらくしてコートのポケットに手を入れて、あっ。
たまにドアに差したまま。これは危ないから、ほんとだめ。

身代わりなのか、得体のしれない鍵が、時折発見される。
大きさもまちまちで 何の鍵かもわからないコレクション。
どこかを開ける秘密の鍵ならば、実にファンタジーだ。

スペインの旅行中に トランクの鍵を失くし
あきらめて壊すために探した、クエンカの金物屋さん。
いきなりの狼藉者のような羽目になり
自らに戒めをとの嘘のつぶやき。
水色の柄のペンチが気に入って、後悔どころか、甘い航海。

記憶の鍵も 同じように忘れていくのだろう。

小説のノートを、鍵付きの革の小さなトランクに入れておいた。
こっちはダイヤル式の たった4桁の番号がわからない。
革を切り裂きでもしなければ、読めない小説。
そこまでするほどの価値もない ただの文字の羅列だ。



雨が窓を叩いているなら、きっと忘れないのに。
雨上がりで君の気配が消えてしまうと、置き去りにしてしまう。
銀の棒に引っかけたら 100%献上品。

あまりに忘れるから、ベルトつきの傘にして
自分の鞄に片方くくりつけたりもした。
降りる瞬間には忘れていて、自分でつなげた鎖に
引っかかって転び、心臓どっきり寿命を縮める。

忘れ物預かり所に 君を何度も迎えに行ったね。
駆け付けた場所で、すぐに「あれです!」と見つけて 一緒に帰る。
3回やって、3回とも見つかったからきっと油断した。
運命が私と結び付けた子だと 勝手に安心していた。
4回目は、なかった。紺地に白い水玉模様のあの子。

荷物も 網棚に置いたら だめだ。
ケーキさえ。お見舞いの果物は、もう折り返し電車の中。
何か印をしたらいいかなと、腕時計をはずして膝の上に置く。
きっとね、降りる時に思い出せるよ。
そのまま立ち上がって、腕時計を転がして壊した。



指輪を失くす天才なので「お前には二度と買わない」と叱られる。
外した時に その辺に置くのがいけないんだと
小さなアクセサリー袋に入れたよ。でも、その袋ごと見つからない。
いっそ一生はずさなければいいのだろうか。

だいすきなものほど、失くしてしまう。
イタリアの 小さな飴のような指輪。
そして、あなたがくれたルビーの指輪。 
私だって、めちゃくちゃ悲しい。だからもう忘れてしまおう。

指輪を失くすなんて、もう女じゃないみたいだ、私。
あの時、指にはめていた感触だけが甦る。
ごめん、結婚指輪まで失くすとは、さすがに思わなかった。



失くした物のことは、心が覚えている。

そんな無責任な言葉を思いついて、自分の駄目さ加減を知る。
こういうのは、執着しているというのか、執着してないというのか。

失恋も 「恋を失くす」と 書くよね。 
そう、もう一つは、恋。

私が 失っているのか
あなたが 失っているのか。

何処かに 落としてしまった 恋。

本棚に「忘却の彼方の私的図鑑」があったとしたら
きっと私の罪の羅列、なのである。




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