苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode28 Utopiosphere

「ここは私の理想領域。何人たりとも......私を止める事は出来ない。どんなルールを持ち込もうが構わないが、ここでは私がルール......私が世界の意思そのもの。」


 ミカは空に向かって大きく両腕を広げ、うっとりとした表情でそう言った。


「カエデさん......あれが、あの女こそが、シュン君を含め世界中の皆が倒れた原因。ミカ=エル・サナギ・アリだ。」


「ソウセキとやら......これから君には、私の理想領域に踏み込んだことを後悔する須臾すら与えない。」


 そう言ってる間に、ミカは複数の道具の力を使用し、カエデとソウセキを後方に吹き飛ばした。しかし、2人はミカの予想に反し、のらりくらりと起き上がってきた。


「あ〜そうか......カエデは確かロボットだったか......それなら不知火の命を奪う能力も効かないワケか......しかしソウセキ、君は生き物だろう? なぜあれを喰らっても生きてる?」


「人間くんだりが作った道具なんてよ、いくら寄せ集めたって、神様が創ったモンに適う訳ねぇんだよ。」


 ソウセキの握る剣に刻まれた文字が光り、ミカの放った道具の効果を全て打ち消した。


 ミカはひとつ大きな溜息を吐いた。そして、ゆっくりとその口を開き、ある事を語り始めた。



「私には一つ、決して他の誰にも曲げさせることの出来ない夢があってね。それは私が思い描いた理想の世界を創り上げることなんだよ。

その為に、1周前の私は息子を含め様々なものを操って自分が望む世界を創ろうとした。

だけど、彼女は敗けた。自らが生み出したもの総てに敗北した。見るも無残に丸くなって、挙句愚息の2度目の欠片集めまで見守るという始末。

あまりにも情けなさすぎる。だから私はそんな二の轍を踏まない為に、息子などに頼らない別の方法で理想郷造りに励んだ。

しかしながら、未来で産まれるハズの息子は、1周前の世界で既に産まれてしまった時点で、もはや過去をどうこうしても彼の存在を消すことは出来なくなってしまっていた。例え今の周回で私が彼を産まなくてもね。

愚息は既に無限世界へと辿り着き、この有限世界のありとあらゆる束縛から解脱してしまっていた。時間や空間の束縛すらからもね。

故に、奴は高次元から世界の意思として、お前らを私の前に差し向けてきた。

どうやら奴は、どうしても私の邪魔をしたいらしい。全く......親のやることにいちいち突っかかってくるクソガキのせいで......私は今最高に不機嫌だよ。」



 ミカはありとあらゆる道具を作動させたが、全てソウセキの握る剣に効果が吸われ、無効化されてしまった。



「その剣が私の力の尽くを否定するのが、端的にその理由を指し示している。そんな......たかだか一振の剣くんだりが......」



 ソウセキは何となくミカの言うことを聞き流していた。ソウセキの思考は、如何にミカを効率的に倒し、上空の方舟内部に居るサリューとヨギの融合体ザ・ワンを解放するかだけに集中していた。


「あんたの事情なんか、正直どうだっていい。俺はあの方舟に閉じ込められた彼らを救うことしか考えてない。」


 ソウセキの握る剣、それは文字が刻まれている以外にも幾つか特徴があった。


「だからサァ......あんた......」


 一つ、その剣にはトリガーがついていて、柄の形が普通の剣とは異なっていた。


「はァ......」


 ソウセキは一つの大きめの溜息を吐くと、そのトリガーを引いた。


「さっさとさァ......」


 一つ、その剣の刀身は分割線のようなものが入っていて、フランベルジェのように揺らめく炎のような形をしていた。


「退いてくれ無いかな......?」


 ソウセキがトリガーを引くと、その分割線に沿って刀身が割れ、ワイヤーで刀身が繋がる鞭のような武器へと早変わりした。



「退いてくれ......だと? 貴様は一体、誰に向かってものを言ってるんだ?」


 ミカはそう言うと、地面に手をついた。そして不機嫌であることを周囲に知らしめすかのような歪んだ顔で、更に続けた。


「お前に直接道具の効果が及ばなくても、やりようはいくらでもある......何せここは私の理想領域なのだから。」


 ミカは指パッチンをすると、道具の力を使い、一瞬で上空に燦然と輝いている恒星のエネルギーを吸い上げた。そして恒星の寿命を使い切り、超新星爆発を起こしてしまおうとしていた。


「私、及びあの方舟は、超新星爆発程度ならカスリ傷一つすらつかない。しかしながら、君は神の意思である剣を持っているが、それ以前にどうしようも無くただの生物だ。

あの程度の恒星が死んだ時に発せられる超新星爆発......果たして君は無事でいられるかな?」


 ミカがそう言うと、カエデがそっとソウセキに耳打ちするように話しかけてきた。


「ソウセキさん......私を着れば、或いは超新星爆発程度の衝撃を耐えれるかもしれません。まぁ......本来その機能はオマケ程度のものなのですが。」


「お前を......着る?」


「はい。私の構造上、体腔部分に人1人収まる程度のスペースが存在します。ソウセキさん程度の身体の大きさなら、翼以外は収納出来ると思います。」


「それで......超新星爆発の衝撃と、それ以降に訪れるかもしれない極限環境でも活動できると?」


「はい。」


「分かった......ミカと戦うためだ......やむ無しと受け入れよう。」


 カエデは身体の各部を展開し、ソウセキをマルっと包み込むと、展開した部分を元に戻し、文字通りソウセキを内包したカエデとなった。


「フフフ......今のお前らは、1周前の世界の息子によく似ているよ......カエデと名付けた鎧を着込み、世界各地を駆け抜けた......そして私を否定した。」


「否定した? 貴女は何か勘違いしてやしないか? 1周前の彼は、寧ろ貴女を受け入れた。」


「はぁ......? なぜお前がそんな事を言える? 1周前の世界で起きた出来事なぞ......全てを見通す私の水晶以外で......どうやって知り得た?」


「名乗ったろ。俺はソウセキだって。」


「どういうことだ......?」


「ソウセキなんだよ、俺は。しかしアザムキでは無い......言うなれば俺という存在の名前は石動 漱石イスルギ ソウセキ。」


「......混ざったのか......世界の意思の一部アザムキと......だから......はァ......なるほどな。それならば......知ってるわけだ......当人なのだからな......」


「そういうことだ。」



「ふん......ならば何故私をも受け入れない? 1周前の世界で私を受け入れたなら、今回も受け入れることが出来るはずだろう?

その手は握手の為に使うのだろう? 武器を握らない平和の体現者なのだろう? だからこそあんな世界を創り上げたのだろう?

だったらお前は私を殺すことは出来ない。私を殺すことはお前の過去の全てを否定することになるから。」



「ふん......なるほど。では、君のその理論がまかり通るならば、君は俺には勝てないということになるな。」



「何故だ!」



「君は1周前の因果を、この新たな流れに持ち込んだ上でその理論を展開している。要は、本来語り得なく、且つこちらの因果との結び付きは限りなく弱いハズの周回前の世界こそ、君の行動原理に直結している。

そうであるならば、君は既に俺には勝てない。周回前で既に決着は着いている。既に定められた勝負事。

結末の分かってる物語を、演者が変わっただけでもう一度読むようなもの。どの役割が勝ち、どの役割が負けるかなど、既に分かりきっている。

桃太郎が現れれば鬼が倒されると分かりきっているのと同じように、鬼である君は、桃太郎である俺には絶対に適わない。

そういう風に世界の意思アザムキが仕向けているから。そういう風になると決められているから。

君は再び負ける。」



 ソウセキは剣を鞭のように振るい、ミカとゴクやマゴクが融合している隙間を狙って攻撃した。


 ミカは魔法の力で目の前に結界によるバリアを張るも、文字の刻まれた刀身による鞭打によってバリアは砕かれてしまい、その身は簡単に捕縛されてしまった。



「そして俺が何故、この剣を握っているか分かるか? 周回前にアザムキが棄てたハズの、武力の象徴でもあるこの剣を。」


「君がアザムキでは無いからか?」


「そうだ。俺はアザムキが『平和を目指すアザムキ』を目指す際に棄てた部分の集合体だ。

言わば無限世界に辿り着いた彼の補集合。だから俺はお前をたたっ斬ることに関して、何ら躊躇するポイントは無い。」



 そう言うと、ソウセキはトリガーを引き、ミカを捕縛した刀身のワイヤーを一瞬で巻き戻した。すると、揺らめく炎のような刀身はミカの肉体を切り刻み、無数の切り傷を創ってから巻き戻っていった。



「なるほど。そうであるから、このようなやり方が出来ると......それならば、何故お前は世界の意思である剣を握っているんだ?

その剣を握らせたのは、無限世界に辿り着いた愚息以外何者でも無かろう?」


 ミカは道具の力で一瞬にして今さっき出来た傷を消してみせた。そして口角を歪ませ、ソウセキに向かってゆっくりと歩き出した。



「一側面だけを見て物事をぐちゃぐちゃ喋んな。この剣は世界の意思ではあるものの、平和を目指したあのアザムキが持たせたものでは無い。お前は人の話を聞いて、『はいそうですか。』って分かるような人間じゃないって事は、もう既に分かりきってるんだ。

だからアザムキでは無い俺が......イスルギ ソウセキが、お前の理想とやら全てを否定してやるんだよ。アザムキの否定したやり方でな。」


 ソウセキは無数の剣をミカの四方八方に召喚し、その切先をミカに向けた。


「世界がお前に死ねと言っている。」

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