苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode25 On an empty stomach

 ミカはゆっくりと部屋の中を歩いた。先程までいたアオバはサイが付けている道具の力で連れていかれ、変わりに『本来月の中にあるべきもの』がそこに置かれていた。


「なるほど......あんな所にあったのか。こちらの世界の『黄金の矢』が......」


 ミカはゆっくりと、その『神を月に変える黄金の矢』を手に取り、口角を不気味に歪ませた。








 一方、近くの病院には、サイとゼノンの戦闘の余波を浴びて大怪我をした者たちが運ばれていた。

 そして、その病院では、化け物ティフォルとの戦闘で怪我を負ったヨギとカタギリの手術が行われていた。

 しかし、両者共に重傷で、ヨギとカタギリ両方を救うことは極めて困難であった。

 そこに、カタギリが生死の淵から気を取り戻し、医者たちはカタギリを優先して治そうと思った。

 しかし、カタギリの口からは医者たちの予想を超える言葉が発せられた。


「俺はいいから......ヨギ君を......助けてやってください......お願いします......」


 医者たちはこの言葉を汲み、ヨギを全力で治療する方向へとシフトチェンジした。








 一方、ミカに人質として抱えられているサリューは、ホテルの一室にて目を覚ました。


「......サイ!」


 サリューの頭はサイのことでいっぱいで、起きて早々にサイの事を探し始めた。


 サリューが扉を開けて隣の部屋に行くと、椅子に一人の少女が腰掛けていた。


「こんにちは恒河 沙流ゴウガ サリュウちゃん。」


「こんにちは......? なんで私の名前を知っているの......? まさか、貴女が私をここに連れてきた犯人!?」


「まぁまぁ落ち着いて。君には色々とやってもらいたいことがあるんだよ。」

 少女はそう言うと、サリューの目の前でフィンガースナップをして見せた。


 するとサリューは、身体中に迸る今までにない苦痛を感じ、床に転がりながら身悶えした。


「ぐ......ああああああああぁぁぁ!!」


「そうだ......そうだ......君は選ばれし人間だ......普通の人間なら死んでしまう程の量の『獣神因子』......だが君は私が与えた相当量の『獣神因子』を受け入れるはずだ!
何故なら君は、私との融合係数100以上の、数少ない『選ばれし者』だから!」


「あ......あぁ......ぁぐ......」


 サリューの姿形はみるみるうちに変貌を遂げて行った。その姿はまるで、海月クラゲと人間のキメラのような姿であった。


「そしてこの矢......これはただ神を月に変えるだけでは無い......『獣神因子』を受け入れる者たちの中でも、更に選別された者......言わば『真に選ばれし者』であるとき、この矢はその者を新たなステージへと押し上げるのだ!」


 ミカは苦しむサリューに対し、矢を持ってゆっくりと近づき、彼女の腹部にグサリと矢を突き刺した。


「う......うああああああああああ!」


 サリューの中に秘められた膨大な魔力が溢れ出し、矢を取り込んだ彼女の肌はボロボロと崩れ落ちた。


「覚醒のときだ! サリュー!」


 サリューの肌が崩れ落ち露出した部分からは、これまで誰も見たことの無い、神々しさと禍々しさが同居したナニカが見え隠れしていた。








「卑怯......とは言うまいねゼノン?」


「サイ......お前......」


「俺だってお前に大切なものを人質に取られてるに等しい。お前のその破壊の波が、俺の人質のいる場所にまで及んだら大変だ。
だから俺はいつまでものらりくらりと避けてるだけでは居られない。お前の大切にしているものを俺の背後に置くことで、お前は簡単に攻撃できなくなる。
これで初めてフェアってもんだぜ。」


 その時、ゼノンとサイが睨み合っている所から、割と離れた場所から立ち上る眩い光が観測された。


 それは両者がうっかり戦闘を一時中断してしまう程で、天高く上る光は、まるで一匹の龍のように見えた。


「あれは......なんだ......?」


 迸る光は、よく見ると太い一直線では無く、複数の揺らぎすらも内包した多数の集合体であることが分かった。


 揺らぎはまるで1匹の蛇のようで、まるで揺らぎ一つ一つに意思が宿っているかのようにグニャリと曲がると、ゼノンとサイに向かって伸びてきた。


「な!」


 ゼノンは破壊の波を、サイは支配の対象をその光に向けたが、その光は破壊の波をすり抜け、支配の対象をも掻い潜り、2人に直撃した。


「何が......起こった......?」


 光の筋が当たったゼノンとサイは、まるで身体中の細胞一つ一つを覗かれたような不快感を抱き、そしてそのまま力を吸われてしまったかのように、ゼノンはその場に倒れ付し、サイは宙に浮いたまま項垂れた。



 するとそこに、ミカの操る捕獲用ロボットのイプシロンが現れ、ゼノンと融合しているマゴクと、サイと融合しているゴクを回収し、アオバの姿をしているミカの元へと戻って行った。








「上出来だイプシロン。」


 ミカは戻ってきたイプシロンからゴクとマゴクを取り出すと、自身の体内に埋め込んだ。


「この感じ......素晴らしい......」


 ミカの体の表面には、痣のような線が浮かび上がり、そこからほんのりとゴクとマゴクの色である蛍光色に光った。


「は......はははは! そうか! これが2体の共生体との融合! 2乗倍された力か!」


 ミカは、覚醒したサリューから立ち上る眩い光が、儀式によって開かれた世界のゲートを通り、遍く世界に広がっていき、サリューがまさに全世界の総和になろうとしている様子を見守った。


「世界の外にいるヤツ息子に勝つには、これしか方法が無い......時間や空間の縛りから抜け出たヤツに勝つには......」


 ミカは水晶玉を取りだして、それをじっと見つめた。水晶玉は目の前の景色を上下反転させたものを写していた。しかし、ミカの瞳には違ったものが見えていた。



「人に非ずとも、獣に非ずとも、天は等しく全てに終わりを与える。遍く世界に広がる閃光は、終わるべき存在を終わらせる。そして、新たな始まりを創り出す。

適者生存......それがこの世界の摂理。不適格なモノは悉く滅ぼされる。終わり、始まり、終わり、始まり、絶え間なく変化していく......それがこの有限世界。」


 ミカはグニャリと口角を歪め、光が立ち上って行く天に向かって両手を広げた。


「子が親に勝てるはずなど無いのだ......」








 サイは、あまりの空腹で目を覚ました。すると、目を覚ました先にあったのは、閑散とした寒々しい世界。


 そして、サイは自分の右腕が無いことに気がついた。


「ゴク......? ゴク?」


 サイは取り敢えず、辺りを歩き回った。自分は先程まで自分のオリジナルであるゼノンと戦っていたはずだ、と思いながら歩いていると、すぐ近くにゼノンが倒れていた。


「おい......ゼノン......こりゃ一体なんだ? 裁定者とやらのお前なら何か分かるんじゃないのか?」


「終わる......俺という存在が......終わる......」


「はぁ?」


「あの光は......『ただ銀色に燃える暁』という現象だ。全世界の生き物をスキャンし、人柱となった人物を神以上の存在へと押し上げる。そしてスキャンした生き物のうち、滅ぶべきものと判断されたものは消えてしまう......この俺みたいにな......」


 そう言って、ゼノンはゆっくりと目を閉じ、ボロボロの灰になってその場に散っていった。


「は......はぁ? 何がだよ......何が滅ぶべきものだよ......お前は正義じゃなかったのかよ......」


 サイはワケが分からなかった。そして空腹故に、近くの廃墟の横に倒れ伏してしまった。


「はぁ......はぁ......俺は......一体なんの為に......戦っていたんだ......」


 そんな弱っているサイの元に、一人の男が駆けつける。


「よォ......サイ......」


「はぁ......はぁ......ヨギ?」


 そこに駆けつけたのは、重傷を負っていたハズのヨギであった。


「お前......化け物と喧嘩してたハズじゃ。」


「あぁ......勝ったよ。まぁ、死にかけたけどな。カタギリさんって人が俺の命を繋ぎとめてくれた。そして俺は、持ち前の回復力で何とか復帰ってわけさ。」


「だとしたら大分早いな......」


「言っとけ。どうせお前、今頃腹空かして地面に転がってんだろうな〜って思ったら、案の定だったぜ。」


「はっ......抜かせ......」


 ヨギは片手に持っていたカゴをサイの前にポンと置き、カゴの中に入っていた様々な食い物をサイの前に用意した。


「食えよ......腹減ってんだろ?」


「ありがとう......いただきます。」


 俺は体を起こしてサイが持ってきた飯を無心で食った。食ってるウチに何故か段々泣きたくなってきた。


 そのうち自然と涙が落ちていた。涙のせいでちょっと味が分からなくなっていたが、構わず俺は空きっ腹に食い物を詰めて行った。


「なんで泣いてんだよ......」


「わかんねぇ......わかんねぇけど......やっぱ人間どんな時でも腹は減るんだなって思ってよ......それ考えたら......いなくなったゴクと今まで色々あったって思って......」


「ん、そう言えばお前、右腕のゴク居ないな......どこか行ったのか......?」


「それも......わかんねぇ......」

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