苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode13 His story

 一晩中巨大な波が地上をドッと流れた後に、俺は日光浴びたさに外に出てみた。すると、景色が少し違っているのに気がついた。


「あれ? サイ君外に出てたんだ。どうしたんだい? 何か気になるものでも見つけたかい?」


「あ、シュンさん。いや、なんか景色が違って見えるなーって思って。」


「あぁ、あの大きな波は、何も害悪だけを齎すワケじゃないんだ。大きな波が運んできた大量の栄養によって、土壌が良くなるというのも一つの事実なんだよ。
そして僕らは、次の波が来るまでの間に農作をして、次の潜伏生活に備えるって感じさ。」


「なるほど。正に糾える縄の如くって感じか......ってなんだありゃ?」


 俺は村の近くにある岩山に、何か大きな違和感を感じた。目を細めて凝視してみるが、遠すぎてその違和感の正体がよく分からなかった。


「シュンさん、ちょっと出かけてきてもいいかな? 気になることがあって。」


「ん、どうぞどうぞ。俺はヨギくんに頼まれちゃって、ちょっと料理を教えてくるね。」


 俺はシュンの家から飛び出し、岩山に向かって走り出した。そして近づけば近づくほど、それが何か大きな卵のようなものであると分かった。


「でっかいな......ゴク、これの中身をサーチ出来るような道具は無いか?」


「ん? あるぜ、ほらよ。」


 ゴクは俺の左手にいつものように道具を吐き出した。ゴクが出した道具は双眼鏡のような形をしていた。


「これは『斥候の窺見ウカミンヴェスティゲイター』だ。覗いて見たものを分析し、どのような物体で構成されてるか、どのような性質か等などを視覚化して教えてくれる代物だ。」


「リョーかいだ。」


 俺は『斥候の窺見』で卵を見てみると、視覚化された情報が画面いっぱいに映し出された。


「アミノ酸アリ、細胞アリ、体温アリ、脈拍アリ......その他様々な生体反応と思しきものが確認されてるな。こりゃなんかの卵だ......しかも、とてつもなくデケェ生き物のだ。
表示されてる推定年代は三日前とごく最近だな......産みたてホヤホヤってワケだ......てことは......」


「どうした? 何か思いついたのか?」


「これを産んだ親が居るはずだろ? しかも、自分の子である卵が波に攫われたとあっちゃ、絶対探してるハズだ......不味い、この村が襲われちまう......」


 俺は自分で立てた仮説に、勝手に自分で怯えていた。しかし、子を失った親というのは何をしでかすか分からない......というのは過去からの教訓だ。俺が失ってない数少ない記憶......いや記憶以前に体に刻み込まれた『感覚』に近しい物かもしれない。


「それはなかなかに不味いな。この村には、特にシュンには一宿一飯の恩義がある。これは看過出来るような問題じゃねぇな。」


「あぁ、ゴクどうしたら良いだろうか?」


「ん、少し考える時間をくれ。」










「ふぅん......Pシリーズねぇ......」

 とある宿にて、ミカはこの世界に流通しているロボットのカタログを眺めていた。


「なに見てんの?」

 そこに、横からヒョイっとニャルマが顔を出した。ミカは取り敢えず、今見ていたページを指さした。

「このPシリーズってヤツを見ててさ、ニャルマも確か、元の世界でロボットを作っていたんだよね?」


「そう......なんだけど、元の世界に置いてきちゃったから、今は使えないの。それに、色々と問題点が見つかったから、今は元の世界の私のラボと直営のファクトリーで改修中。」


「ん〜なるほど、じゃあ向こうの世界から呼び出せるようにしようか?」


「お、それは有難い。けど、どうやって元の世界からロボットを呼び出すの?」


「それはさ......おーい! ティフォルや!」

 ミカは奥に控えてたティフォルを呼んだ。呼ばれるがままにティフォルがそこに姿を現すと、ニャルマはギョッとした。


「あれ......ティフォル......さん?」

 そこに現れたのは見慣れたティフォルでは無かった。ミカの選択を受け入れ、激痛に順応した結果、新たな生命体へと変わってしまったティフォルだった。


「どうした? ミカ、何か用か?」

 紫色に変色し肥大化した右手、新たに出てきた白い外骨格に覆われた堅牢な全身、そして闘牛のごとく雄々しくそそり立つ2本のツノ。


「あぁ、君のその右手の力を使って、一旦元の世界に戻り、ニャルマのラボに行ってくれ。そこに何体かロボットが居るはずだから、うち一体にこの『御札』を貼り付けてきてくれ。それだけしてくれたら、こっちに戻ってきてくれて構わない。」


「分かった。じゃ、早速行ってくる。」

 ティフォルは二つ返事でミカの頼み事を快諾し、御札を受け取って、部屋の外へと出ていった。


「あ......あの姿が、さっきの選択の結果ってやつ? あの人ならざるモノが......ティフォルさん?」


「そうさ。あれが、あの姿こそが彼の秘めていた力を最大限に活かせる最適な姿さ。今までの姿じゃ力が大きすぎたんだ。
あの右手が力を放つ器官となり、あの外骨格が力を制御する拘束具兼鎧となり、あの角が余剰エネルギーを効率よく放出する器官になってる。
大分理にかなった姿じゃないか。」


「あれが......パラサイトシードの効果......あれが......ティフォルさんの真の姿......」


 ニャルマがティフォルの変わり果てた姿を思い返しながら、現実をゆっくりと受け止めてる間、ミカは懐から水晶を取り出した。


「昨晩、波が地上を流れてる間に、彼の過去を覗いて見たんだけど、少し面白い事が分かったよ。」


「どんなこと?」


「彼は元々、この世界......つまり波が地上を覆うこの世界の人間で、捕縛された向こう側の世界......つまりニャルマの世界の人間では無いということ。」


「え?」


「彼は昔、とある男と一緒に、君の世界に転移してきた人間なんだ。彼の内に秘められていた力......『空間転移』それを私が全部引き出す形で、あのような姿になった。だから、彼が転移を使えるのは私が与えた能力なんかじゃなく、彼自身が持っていたのを私が引き出しただけに過ぎないということさ。」


「それで......彼の過去ってのは?」









 昔々、ある村に2人の少年が居た。1人はティフォル、1人はレーアという名で、2人は幼い頃からの親友だった。

 ある日、2人はシュンという少年と共に、村の近くの川で自分の夢について語っていた。


「俺はこの村を出ていく!」

 とティフォルは強く言った。


「俺も街に出ていって働く!」

 とシュンは強く言った。


「レーアは? どうするの?」

 とティフォルが聞くと、レーアは少し唸って悩んでから、ある一つの答えを出した。


「俺は......鳥になりたいな。」


「それって......今空軍が開発してるって噂の、飛行用スーツのことか? ......てことはお前の夢は空軍か!」

 シュンは、レーアのセリフから風の噂で聞いた飛行用スーツの存在を思い出し、レーアの夢を言い当てた。


「あぁ。俺はこの村を出てって、街にある軍の学校に入って、空軍に入隊したい。」


 3人は、3人とも村から出ていくと固く誓った。しかし、それをレーアの祖母であるモガは許さなかった。


「なんでだよ婆ちゃん!」


「バカ言うのも大概にしろ! 軍の学校に行くだァ? どれだけ金がかかると思ってるんだ!」


「けっ! カネカネって! そりゃ建前だろうが! どうせあれだろ? 父さんが軍に入って戦争で死んだから、俺も戦争で死んじまうんじゃねぇかって心配なんだろ?」

 レーアはモガの本音をズバッと言い当てた。図星のモガは、部屋の奥に飾ってある自分の息子の遺影に視線を移した。


「そうじゃよ。お前さんに死んで欲しくないんだ......お前さんは......お前さんは......私に遺されたたった1人の肉親なのだから......」


「うるせぇなぁ! ったく! ちょっと外の空気吸ってくるから、少しほっといてくれ!」


 レーアは家を飛び出し、ティフォルに会った。そして村から出ていって軍にはいることを反対されてる事を打ち明けた。


「ったく......あの婆さんは頑固だな......」


「そうなんだよ......まったく......俺はこっから出ていきてぇのによォ!」


「俺もお前と出ていきたいぜぇ!」


 2人が闇に向かって吠えた瞬間。ティフォルは感情に身を任せ、右手で地面を殴った。すると、地面は崩壊し、2人は闇の中へと消え去った。





 2人が目を覚ましたのは、ニャルマの世界であった。しかし、2人は別々の場所に飛ばされていた。

 ティフォルは山の尾根の方、レーアは山の中腹辺りであった。そして、異世界転移の衝撃で、ティフォルは失語症を患った。


 2人が目を覚まし、混乱したまま山を彷徨き始めると、そこに無慈悲なる破壊現象の波が襲った。

 山一つは消え失せ、レーアは記憶と右腕を失い、ティフォルは近くの岩場に叩きつけられた。


 痛みを我慢しながらティフォルは、周りを見回すと、傷だらけで瀕死になっていた一人の男を見つけた。その男の顔はレーアそっくりであり、ティフォルはその瀕死の男をレーアと信じて疑わなかった。


 一方本物のレーアは、とある共生生物に取り憑かれ、現場を目撃したヨギによって病院へと運び込まれる。


 この瞬間、レーアはサイとなり、サイはレーアとなったのである。


 ティフォルは、瀕死のサイを担いで山を降りようとしたが途中でサイが絶命、山の地下に建設されていたゴクの研究所職員に見つかり、破壊現象を起こした犯人と間違えられる。


 こうしてティフォルは捕縛され、言葉も伝えられないまま一方的に罪状を押し付けられ、殺人と公共物破壊の罪で檻の中へとぶち込まれた。


 そして、爆弾の役割と発声補助の役割を担う『K9チョーカー』を付けられ、その世界の飼い犬として飼われる事になる。


 そして、ティフォルの失った言語を取り戻す練習の為に、ある女性が招聘される事となる。


「えーと......こんにちはティフォルさん。今日から貴方の言語練習担当になったニャルマです......よろしく。」

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