苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode16 Necro over

 道を急いで戻る楓。そんな楓の前に、絶望と対面したアオイが飛び出してきた。

「あれ? 葵ちゃん! 無事だったんだ! 良かった! 目的は果たしたから、兎に角ここから逃げよう!」

「......みんな......みんな......私を置いていく......私は独り......」

「アオイちゃん? 大丈夫だよ? 一緒に戻ろう? 置いてかないよ?」

「独りは......独りはイヤ......イヤああああああああああぁぁぁ!」

 いきなり楓は突き飛ばされた。アオイが腕で突き飛ばしたワケでは無く、アオイの周りに生まれた力場がカエデを突き飛ばしたのである。

「アオイ......ちゃん?」

「......独りはイヤ......独りはイヤ......」

 アオイの周りに電気が迸り、地面は地震の如く揺れ始め、周りの大気はうねり始めた。


「まさか......アオイちゃんも......『アザムキ ソウセキ』の欠片だと言うの?」

 迸る雷は大地を走り、周りの木々を裂いてなぎ倒す。地面は大きく陥没し、罅が地表を駆け巡る。歪んだ大気は大きく広がり、カエデに新たな試練の時が訪れた事を知らせた。


「......」

「アオイちゃん......?」

 カエデがアオイに話しかけようとした瞬間、アオイの拳がカエデに直撃した。およそ理性らしきものは消え失せ、身体からは不気味なオーラが輝き始めた。


「......私には......効かないよ。」

 アオイの拳が当たった箇所から、カエデは姿を変えて行った。最初の試練の時の姿......もとい、前世の姿に変わっていた。


「......発動『ピースベル』......アオイちゃん......思い出して......本当の貴女を。貴女は独りなんかじゃない。私がいる。奏もいる。貴女は決して独りなんかじゃない。」


「私は......私は......ひと......り......じゃ......な......い......?」

 ピースベルの力により、アオイの中から溢れ出す破壊衝動は抑えられ、消えかかっていた理性が少しずつ戻ってきた。


「うん。独りじゃない。私がついてる。」


 カエデは殴ってきたアオイの拳を、優しく包んであげた。


「カエデさん......私......私......」

 アオイの瞳から、大粒の涙があふれ出てきた。そして理性を取り戻したアオイは、その場に泣き崩れた。








 同時刻、鍔迫り合いを続けている黎と奏。2人のぶつかり合いは留まる所を知らなかった。

「......『白霧乱舞・凛』!」

 奏は大技を使用し、周りに霧を発生させた。そして、その手に握る妖刀『不知火』で、レイを屠る為の一撃を与えた。


「......残念、俺は既に死んでいる......だからお前の『殺す為の技』は一切通用しない。」

 レイは自身の肉体に刺さった刃を手で掴み、そのまま体の一部を闇化させ、身体から刀を抜いた。


「チッ......なら『黒霧一閃・絶』!」

 奏は、殺すことは無理でも絶望させ戦意喪失させることは出来るだろうと、戦意をへし折る為の技を使用した。


「君は知らないだろうけど......俺に絶望を与えるような技を使わない方が良い......
この世に生きるなれば必ず絶望は訪れるワールド・ライフ・ディスペアー......釈迦に説法だからな......」

 奏が与えた絶望は、黎の能力によって奏に逆流し、更に黎の味わってきた痛みや絶望も奏の中に流れ込んできた。


「あ......あぁ......」

 一瞬にして、奏はその場に膝をつき、絶望の濁流に心が飲まれてしまった。


「お前は色々と使えそうだ......俺の操り人形になってもらおうか......『誘う者』......貴様に命令する。『外部情報調査官のデータを持った奴を追って、そしてデータを奪え。』......」


 奏は書き込まれたプログラムを実行するかのように、ゆっくりと立ち上がり、楓が向かった方向へ走り出した。








 同時刻、カエデはアオイを慰めながら、置いてきてしまったソウの所に戻っていた。

 数分歩いていると、カエデの前に、ソウが現れた。しかし、ソウと幼い頃からずっと一緒にいたカエデは、すぐに違和感を感じた。何かがおかしいと。


「奏......? どうしたの? 大丈夫?」


 奏の瞳に光は無く、まるで死んでいるように見えた。そして、立ち居振る舞いや雰囲気が先程襲ってきた『レイ』に似ている気がした。


「ソウ......貴女もやられたの......」

 カエデはポツリと言葉を零すと、ソウは護るべき相手であるハズのカエデに向かって刀を突き立てた。

 するとカエデは何も言わずに両手を広げ、全く無防備の状態になった。


「斬りなさい。貴女の心が私の命を求めるなら、それが貴女の叫びであり願いであるなら、斬りなさい。」

 自我を亡くしたソウには、カエデが自ら命を差し出してるようにしか見えず、なんの躊躇いも無く、その刀を大きく振りかぶった。








 涯ての無い昏い世界、ソウは地面に突っ伏している。その上を容赦なく馬の大群が駆け抜ける。

 ソウはボロボロに踏み砕かれ、最早立ち直る事すら出来ないほどの絶望と痛み。

 ソウが空を見上げる事は出来なく、絶望と痛みの濁流に身を任せる事しか出来なかった。


「......カエデの声?」

 微かではあるが、ソウの精神世界にもカエデの呼びかけは届いていた。しかし、深くて昏い深層心理の奥底まで叩きつけられては、表層まで浮き上がるのに無理があった。


「......行かなきゃ......こんな所で......倒れてたら......カエデに手を伸ばされちゃう......またカエデの服を汚しちゃう......」

 ソウは気力を振り絞って、その場に立ち上がった。立ち上がった瞬間に後ろから走ってきた馬に激突され、また倒れたが、もう一度立ち上がった。


「もうボクは自力で立ち上がれるから......もう二度とカエデの前じゃ泣かないって決めたから......」

 ソウは天に向かって手を伸ばした。暗黒の天空に一筋だけ差す光。それに向かって全力で手を伸ばした。








 カエデは目の前の光景を疑った。あと数センチで自分の身が引き裂かれるというギリギリの所で、ソウの刃は止まっていた。厳密に言えば、ソウの左手が刀を握る右手を止めたという事だ。

「......カエデ......傷つけたくない......嫌だ......傷つけたくない......」

 ソウは泣きながら自分の右手を一生懸命に止めた。しかし、濁流から這い上がったとは言え、消耗しきったごく弱い力ゆえに、レイの命令を果たそうとする右手に力負けしていた。


「奏......」

 楓が奏に集中が向いていた刹那、いきなり何者かが楓からデータを掠め盗り、近くの切株の上に立った。


「データ回収完了......これで俺の仕事はおしまい......っと、君は充分に『囮』としての役目を果たしてくれたね。ご苦労。」

 データを掠め盗ったのは、レイであった。そしてソウに使用していた『誘う者』を解除し、その場を後にした。


「くっ......ヒタニさんのデータが......」


「ごめん......カエデ......私のせいで......」


「ううん......ソウは悪くない。とりあえずミズアメに行こう。アオイちゃんはどうする? 私達と一緒についてくる?」

 カエデの問いかけに対し、アオイは何も言わずに首を縦にふった。


「よし、じゃあミズアメに戻ろう......」

 カエデがその場を立ち去ろうとした瞬間、『欠片』の存在を察知し、その場に偶然やって来た者が現れた。


「あれ? ソウちゃ〜ん!」

「あ......サクリさん......」

 サクリはソウを見つけるなり、3人に急いで駆け寄ってきた。


「3人ともボロボロだね......とりあえず急いでミズアメに戻ろう。」

 サクリは懐から大きめの魔力結晶を取り出し、転移の準備を始めた。

「よし、じゃあ私に捕まっててね......『転移・ミズアメリサーチ』」








 同時刻、九法 令クノリ レイの控え室。クノリは暢気な事に、控え室の真ん中にある音楽装置で、自身の好きな曲を流していた。そしてその曲を聴きながら、優雅にワインのデキャンタージュに興じていた。


「ふむ......やはりサーザルトルのワインは天下一品だな......わざわざ取り寄せた甲斐があった......仄かな香りが過酷なアレツ山で育ったスルマを思わせるな......」


 そこに明らかに場違いと分かる少女が1人、ノックも無しに入室してきた。

「おいおい......ノックのひとつくらい......って、誰だお前? 部外者を入れるとは......ガードロボットは一体何をしてるんだ......」


「回答一、私はノックなんて知らん。する気も無い。
回答二、私はマキ。今から死ぬお前に名乗る必要性は無いが、誰だお前と聞かれた以上は答える。
回答三、ガードロボットとやらは、部屋の外に突っ立ってた木偶の坊の事か? それなら暇と一緒に潰してきた。
回答終了。これからお前を殺す。答えは聞いてないし、意見も求めない。黙って死ね。」


 アズはなんの躊躇いも無くクノリを殴り飛ばした。殴られたクノリは吹き飛ぶとかそんな次元では済まず、純度100%の『不可逆の力』によって、塵一つ遺さずに消え失せた。


「お仕事かんりょーです。おつかれっしたぁ。」

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