苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode14 Dreamlike bar

 カエデの気迫を見て、レイは何となく察した。コイツらは『クロコダイル』に関する何らかの情報を得ていて、更には、その場所に向かっているが、他の人間を連れて行きたくない事情があるのだと。


「誰......か。俺は鬱宮 黎ウツノミヤ レイだ。元聖騎士......ってとこかな。」


「ウツノミヤ......? まさか、ジョウジさんの家族?」


「ジョウジ? まさかお前ら......兄貴の知り合いか......」


 レイはさっと身構えた。その様子を見て、3人も戦闘態勢を取った。


「カエデさん、ソウさん。先に行ってて下さい。この場は私がどうにかします!」


「ごめん......お言葉に甘えさせて頂くね! ソウ、行こう!」


「OK」


 2人は『クロコダイル』があると思われる方向に走り出した。

 レイは2人を追おうとしたが、アオイが立ちはだかった。


「さて、『ログ』の民らしく対話で解決してもいいのですけど、貴方が望むなら実力行使しても良いのですよ?」


「なんでこう女ってのは......高慢ちきな奴らが多いのかねぇ......」

 レイは腰の鞘から剣を抜いた。そして、独特の構えを取った。


「女が高慢ちき? それはちょっと......聞き捨てならないですね......」

 アオイはレイの事を睨みつけた。そしてポケットの中から杖を取り出した。

「ここで貴方に予言を1つ。貴方は私に触れる事すら出来ない。」

 アオイはレイを煽るような言い方で、レイの勝利の可能性を否定した。


「へぇ......そうかい!」

 レイは得意の縮地でグンと距離を詰め、アオイの急所を的確に狙った一撃を放った。

 しかし、その一撃はアオイに当たることは無かった。


「......外した?」

 レイはゆっくりと周りを見回した。すると、アオイは自分の背後に回っていた。


「どうしたの? 当てられないのかな?」


「チッ......コケにしやがって......」

 レイはもう一度縮地し、自身の最速の一撃を放った。しかしこれも当たる直前でアオイは目の前から消え、いつの間にか背後に回っているのであった。


「命のやり取りにおいて、敵に背を見せること。これは敗北を意味するよ。だから貴方は既に『2度』敗北した。
背中から貴方の事を刺したりしないのは私の手心。貴方如き殺す価値も無いから。」


「手心......俺如き......随分と舐められたものだな。」


「この『時の操杖』がある限り、貴方は私に触れることすらままならない。」

 アオイは軽く杖を振った。すると、時間が停止し、アオイ以外の全てが動きを止めた。


「『時の操杖』は、時間操作系魔法及び、時間操作系能力を詠唱ナシで発動出来る、言わば魔法や能力の『ショートカット』みたいなものだ。まぁ、止まった時を認識出来ない君じゃ、聞こえもしないし見えもしないだろうけどね。」


 アオイは杖でレイの事をツンツンとつつき、動かないことを確認した後、拘束する為の道具をポケットから取り出した。


「殺すつもりは無いけど、そっちが殺意あるからね。これくらいはさせてもらうよ。」

 アオイがレイの右手首に手錠をはめた途端、いきなりレイが動き出した。


「な!? 動けないはずなのに!?」

 アオイは驚きが隠せなかった。時間操作系の能力を持たない者が、止まった時に入門してくる等、本来なら有り得ないからだ。


「ふぅ......このタイミングになって、漸く実ったか......俺の......『真の力』!」


「何故だ!? 何故!?」


「宇宙の強大な『闇』と同化した......最も長く、最も辛い修行が......今このタイミングで完了するとは......いやはや、宇宙の闇と同化したことによって、『時』の概念を歪めた......俺に時間操作は無意味だ。」


「くっ......仕方ない......」

 アオイは即座に『時の操杖』をしまい、代わりに大きな槍を取り出した。

「ここからは......手心は一切無しで行くしかなさそうだ......」

「ふん! 俺は元よりそのつもりだ......」


 勝負事をする際に、勝敗を決する要因は幾つかある。

 まず1つ目はリーチ、射程距離。このポイントに関しては、アオイの方に分がある。

 平均的な体格のレイの剣に対して、身の丈を越すほどのアオイの槍。圧倒的過ぎるほどのリーチの差である。


「そんな剣じゃあ、懐に入ってこれないだろう?」

 アオイの槍を前にして、レイは防戦一方であった。しかし、レイにはこの状況を打開する考えがあった。


「ふん!」

 レイは、わざとアオイの槍による攻撃を左肩で受け止めた。そして、その剣で槍の柄を切り落とした。

「へぇ......肉を切らせて骨を断つ......ってわけか。なるほどなるほど。」

 アオイは武器を失ってしまった。しかし、アオイは別段困っている様子は無かった。


 ここで勝敗を決する要因の2つ目を紹介する。それは手の内を出来るだけ後に隠していた者のほうが有利であるという事だ。


 今ここではアオイの方が幾分有利である。アオイは今の所、ポケットから武器を取り出すという手の内しか見せていない。

 対してレイは剣による攻撃、さらに得意の縮地。更に『宇宙の闇と同化する』といった手の内を早々に明かしてしまっている。


「ふぐっ......なんだ? いきなり......力が......抜ける? 当たった場所は急所を外したはずなのに......?」


「この槍について何も言ってなかったね。この槍は『大蛇』と言って、剣先から様々な毒を生成できるんだ。
毒は使いようによっては薬にもなるし、そのまま使えば体を蝕む毒になる。
今さっき君は『筋肉が弛緩する毒』をその身に受けた。ドンドン身体中から力が抜けていって、その内心臓が止まる。」


 アオイの話を聞いてるうちに、レイは段々と足に込める力すら抜けていき、やがて地に背をつけてしまった。


「はぁああああ! はっ! はっ! はっ!」

 レイは大きく口を開き、一生懸命に息を吸うが、段々と身体中の筋肉が動かなくなってきて、呼吸困難に陥り始めた。


「勝敗は完全に決したね。じゃあね。」

 アオイはレイをその場に残し、カエデとソウが走り去った方向に向かって歩き始めた。


 最後に、勝敗を決する要因の3つ目を紹介する。それは『誤算』や『計算外』と言った、誰も予想だにしなかった『偶然』である。


「はっ......はっ! はっ! はっ......はぁ......はぁ......はあっ!」

 レイの心臓が止まり、瞳孔が開いた瞬間、彼の8年間の成果がもう1つ花開くのであった。


「え? ......まさか......生き返ったの?」

 アオイの目の前に、先程死んだはずのレイが立ちはだかった。その目はごく虚ろで、目の焦点は合っていなかったが、確かにレイは、彼自身の意思で立ちはだかっていた。


「ふぅ......宇宙の闇が......生命の理すら捻じ曲げた......『理の反逆』......とでも言うべきか......今......俺は......『生き物』ではなくなった......」

 レイはアオイの頭をガッシリと掴んだ。そして、固有能力を発動した。


「......『誘う者』......お前は過去の絶望をもう一度味わう......」

 アオイはその場に呆然と立ち尽くし、そのまま地面に膝をつけた。


「......追わねば......」

 レイはアオイをその場に残し、先程とは立場が逆転した状態で、『クロコダイル』を目指した。








 同時刻、カエデのソウは『クロコダイル』に到着していた。

「ここが......ウワサの『クロコダイル』......結構、綺麗な見た目だね。」

 看板にはワニの顔が大きく描かれており、ワニのキバ一つ一つにアルファベットが配置され、全部繋げると『crocodile』と読めるのであった。


「取り敢えず、中に入ろうか。」

 2人は店内に足を踏み入れた。中は凄くオシャレな雰囲気のBARと言った感じで、店内にはバーテンダーとピアニストの2人だけが居た。

 2人は取り敢えず、席に腰をかけた。すると、バーテンダーが話しかけてきた。

「ウチは未成年お断りでは無いけど、未成年が飲めるような物は置いてないよ。」


「...... 『0013101015717』番を下さい。」

 カエデは迷わず、ヒタニの遺書にあった暗号文の数字の部分だけ抜粋した番号を頼んだ。


「......かしこまりました。」

「ねぇねぇカエデ、一体何を頼んだの?」

「......『アックス』に関する極秘資料。これを回収して、その後どうするかを託されたの。だからここに来た。」

「なるほどね。でもどうして頼み方なんて分かったの?」

「わざわざアルファベットを数字に置き換えてるなら、数字の方にも意味があると思ったの。そうしたらビンゴ。」


 カエデとソウがコソコソと話し合っていると、バーテンダーはカエデの前に一杯のパッソアオレンジを置いた。

 グラスに入ってるオレンジの中に、1つのデータチップが埋め込まれていた。

 カエデはそれを取り出し、ポケットにしまった。そしてパッソアオレンジをグイッと飲み干した。

「あれ? これアルコール入ってない......ですよね?」


「実は普通のオレンジジュースです......普通なら、オレンジジュースだけで出す事なんてないのですが、ヒタニさんのお知り合いという事で特別サービスです。」


「ありがとうございます。」

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