苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode3 Escape from danger

 カエデ達3人は逃走しようと職員室の扉を開けようとした。しかし、鏡の中から出てきたもう一人の創は、易々と3人を逃がすはずが無かった。

「逃がす訳が無ぇだろうが! 俺はお前を裁く為に、ここに出てきたんだぞ!」

 鏡の創は、引っ張り出した植物型魔獣の力を使い、植物のツタで職員室の扉を塞いだ。

 出口を塞がれ、逃げ道を失った3人は、とにかく魔獣から距離を取るように、職員室の端っこに逃げた。

「ねぇソウ君! どういう事なの! 私のお父さんを殺したって! ねぇ!」

「俺だって分かりません! あいつが......もう一人の俺が言ってる事に、身に覚えはありません!」

「カエデ! ソウ君! 今は言い合ってる場合なんかじゃない! 今は真実より、生き残る事を考えるんだ!」

 奏は、その場にいる誰よりも現実を捉え、窮状を無事切り抜ける案を考えていた。

「なんで覚えてないかなぁ......お前は不老不死で、この宇宙が始まった時から存在していて、そして幾つもの命を奪ってきたんだよ!」

「そんなバカみたいな話信じられるか!」

「じゃあお前は自信を持って『俺は周りの人間と同じで、17年間しか生きてきていません。』と胸を張って言えるのか?
言えないだろう? 言えないのはお前が記憶を失ってるからだ!」

「嘘だ! 嘘だ嘘だ!」

「嘘なわけあるか! 現実を受け入れろ! お前は生きてちゃいけない存在なんだよ!」

「お前はさっき俺を不老不死と言ったよな? じゃあお前は不老不死の俺を殺せるのかよ!」

「勿論だ。だって俺はお前なんだからな。自分なら自分を殺せるさ。お前と同じ『不可逆の力』を持ってるんだから。」

「不可逆の力......?」

「そうだ! それこそお前が生きていてはいけない理由だ! 『不可逆の力』を持っていると、お前の意思に関係なく周りに『時間を戻したとしても絶対に元に戻らない破壊現象』が起きる。
そのせいでそこにいるカエデの父親、色葉 元二は死んだ! だからお前は死ぬべきなんだ! 」

「俺が......カエデさんのお父さんを......」

「ホントなの......?」

「本当に決まってるだろう。不可逆の力はお前の意思に関係なく発動する。
しかもいつどこでどのように発動するかも分からない。
だからお前は気づく事なんて無かった。でもお前が生活してるだけで被害は広がっていく。初めのうちは気づかなかったが、お前は永く存在してるうちに段々と気づき始めたんだ。『俺のせいで人が死んでる』ってな。
お前は心のどこかで自分を止めて欲しいと願った。だから俺がこうして出てきてやった。お前を止める為に、そしてお前を殺す為に!」


 創はその場にへたりこんだ。自分が無意識に人を殺していた事実、そしてその事すら忘れていた事実。それは自分自身はごく一般的だと思い込んで生活していた彼には、受け止め難い事実であった。

 そして、それはカエデも一緒であった。自分の父親を殺した人間が目の前にいる。しかし、そいつは記憶が無くなっていて、しかも故意ではなかったという。これにはカエデも怒るに怒れなく、怒りのやり場を失ってしまっていた。


「お前はわざとでなかったとしても人を殺した。そのショックが俺を産んだ。だから俺がお前を止めてやる。自分自身である俺がな。」

 植物型魔獣のツタがジワジワと壁を蝕み、鏡ソウの話に夢中になっていた3人をいつの間にか追い詰めていた。

「カエデさん......ごめんなさい......俺......覚えてないけど、貴女のお父さんを殺してしまっていたみたいです。本当にごめんなさい......」

「良いんです! 寧ろ私は貴方を守る!」

「何故だ? 何故父親を殺した犯人を守る?」

「理由なんて簡単よ! ソウ君は......ソウ君は私達の大切な友達だから!
例え私のお父さんを殺していたとしても! それは記憶を無くす前の別のソウ君だし、ソウ君自身に故意は無かった! だから今ここにいるソウ君はただの友達! だから守る! 以上!」

「カエデ......よく言った! ボクも同感だよ! ソウ君は絶対に守る! そしてこの危険な状態から逃げてみせる!」

 楓と奏は、創を守るような立ち位置に立った。そして周りを見回し、何が使える物が無いか探した。

「そうだ......ここは魔法学科の職員室、どこかに魔力結晶があるはず......あった! カエデ! そこの棚から魔力結晶をとって!」

「何がしたいか大体わかった! ほら! 受け取って!」

 楓は奏に向かって魔力結晶を投げ、奏はそれを受け取った。そして楓は奏が何がしたいのか大体察していた。

「皆! 私に触って!」

 楓と創は言われるがままに奏に触った。すると、奏は魔力結晶を握り締め、鏡の創と魔獣を睨みつけた。

「転移・アジト!」

 一瞬にして3人はその場から消え去った。








 3人はとある場所にワープしていた。それは、楓と奏が小さい頃から使っていた秘密基地アジトであった。

「ここは......どこです?」

「ここは私達が小さい頃から使ってる秘密基地みたいなもん......まぁ、秘密基地って言ったってただの地下水路だけどね。」

 奏は地下水路の奥に置いてあるランタンをつけに行った。奏がパチッとランタンをつけるとアジトが明るくなった。

「何もわざわざここまで転移する必要は無かったんじゃない?」

 楓は逃げるだけなら別にアジトになんか飛ぶ必要は無いと思った。

「追い詰められてたから確実に安全な場所に飛びたかったのよ。」

「ここってそんなに安全なんですか?」

「そうだよ。まぁ私達より先に使ってた人に招待してもらっただけだけどね。」

「先に使ってた人?」

 創が疑問を持った瞬間、どこかから足音が聞こえてきた。

「私達がランタンを付けたから、ちょうど起きたみたいだね。」

「起きた......?」

「紹介するよ。椎名 虎雄シイナ トラオさんと、足利 百アシカガ モモさんです!」

 創の目の前に現れたのは、一組の男女であった。見た感じ、20代の男と30代の女だ。

「ご紹介にあずかりました、足利 百でーす! ......って、オバサンでこのノリはキツいか。」

「そうだよモモさん。もう昔みたいに若く無いんだから。」

「うるせぇな! 誰がここまで匿って育ててやったと思ってるんでい!」

「まぁまぁ二人とも落ち着いて。紹介するね。吉瀬 創くんだよ。今日は転校初日だったんだけど、まぁちょっと事件があってね。」

「そうかそうか。ならここでちょっと落ち着いて色々話そうか。私達も、君達に話したい事があるから。」









 カエデ達は今まで起きた悉皆の事情を語った。そしてそれをちゃんと聞き終わった後に、モモとトラオはとある話を切り出し始めた。


「楓、奏、そして創。これから君達にはこの世界の真実を話すよ。」

「この世界の真実?」


「うん。まず、元々この世界は2つの別々の世界だったんだ。一つは科学が発展した世界。もう一つは魔法が発展した世界。

そしてその2つの世界はとある一人の男によって1つに融合させられる。そしてこの世界が産まれたんだ。」


「え? え? どういう事?」


「まぁまぁ、話は最後まで聞け。
その男が2つの世界を融合させ終えると、その存在は崩壊して、欠片は融合後の世界に散らばっていった。

そして融合後の世界では『融合前の歴史とは異なる歴史を歩んで来た事にされている』んだ。

君達は学校で恐らく、この世界の歴史なんてものを学んだだろうけど、実際は違う。そういう風にされてるだけであって、本当の歴史は『2つの世界が融合してこの世界が出来上がった』と言うのが正史だ。

そして私達は、その男が世界を融合する瞬間を覚えている......つまり、融合前の世界の事を覚えているし、世界を融合した男の事も知っている。そして、その事をこの時代にいる君達に伝える事こそ、私達が与えられた使命なんだ。

だから融合前の記憶を引き継いだまま、融合後のこの時代に転生出来た。」



「私達は融合前の世界で数少ない『アザムキ ソウセキとの関わりを残し、尚且つ生き残っていた存在』なんだ。

融合前の世界じゃ、アザムキを覚えていても死んでしまったり、生きていても記憶を消されてアザムキを覚えていない人間ばかりだった。

でも、私達2人と、もう1人の少女だけは違った。だから『ワイズマン』という存在に、君達が揃った時にこの事を語り継げと使命を与えられたんだ。」



「君達がこの時代この瞬間に揃う事は運命だったんだ。そうなるように人智を超えた力が働いていた。
そして、もう一つ大切な事を伝える。吉瀬 創くん。君は『世界を融合した男 アザムキ ソウセキ』の散らばった欠片の内の一つだ。

そして君が抱えている問題の『不可逆の力』これはアザムキが世界を融合する際、『無限世界』という場所に繋がってしまったのが原因だ。

今俺達がいるこの世界は、『有限世界』と言って、簡単に言えば『始まりがあって終わりが有る世界』の事だ。

でもこの有限世界の外には『始まりも終わりも無い世界』が存在する。それが無限世界だ。

もし仮に無限世界の存在が有限世界に出現した場合、有限世界のキャパシティが一気に崩壊して、たちまち私達の宇宙は多元破壊される。

そして有限世界が破壊されてしまったら、二度と元には戻せない。例え『時戻し』を使ったとしても。」



「どうして『時戻し』を使っても戻せないの?」



「君達に分かりやすく教えると、例えば私達が今存在するこの世界を『本』だとする。
そして私達が今こうやって談笑している時間を『本のとあるページ』だとする。

そうすると『時戻し』という力は、別に実際に『本のページを戻す』訳じゃなくて、『本のページ自体は進む』けど、『本の中にある世界の時間』を『戻すという事にする』ってだけだよね?

だから別に『本の前のページにあった出来事』そのものは消える訳じゃない。

無限世界からの干渉による『破壊』や、創君が持つ『不可逆の力』と言うのは、『時戻し』をしたとしても、『戻した事にする』という約束事の『例外』になるんだ。単純に言えば本のページを破り捨てる行為に等しい。

もうちょっと超次元的な話をすれば、例えばあなた達が創作物を読んでいて、『時間を戻す能力者』が出てきて『時間を戻す』行為をしたとしても、あなた達は本の前ページを読む事が出来るし、実際に本の前ページが『上書き』されてる訳じゃない。

だから『本の前ページにあった出来事そのもの』は『時戻し』じゃ消す事は出来ない。例え『宇宙をゼロから始める』なんて事をしたとしても、創君がつけた傷......つまり破り捨てたページは戻らないし、創君が残した爪跡は消せない。

だからカエデちゃんのお父さんは『時戻し』を使っても治らなかったし、科学も魔法も及ばなかった。

それに創君は、この宇宙が始まったとき、つまり旧世界の融合が終わって、新世界が始まった瞬間から存在している訳だから、例え宇宙を戻したとしても、創君だけは存在し続ける。

多分創君の記憶が消えてしまった理由は、そんな孤独に耐えられなくなってしまったからだと思う。」



「そ......それが世界の......俺の......真実......ってか散らばった欠片の『一つ』が俺って事は他にも俺みたいな奴がいるって事ですか?」


「そうだよ。でも私達はあなた達に強要することは出来ない。だから選択を迫らなくちゃならない。

さあ選んで。

このまま何もせずにいるか、
ソウ君を救う......ひいてはアザムキソウセキという存在を取り戻す旅に出るか。」

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