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苦役甦す莇

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EpisodeEX-maple ≒ Episode-Example

 ある所に、一組の男女が並んで歩いていた。二人の左手の薬指には、ほんのり銀色に光る指輪がはまっていた。そして女性の方は、見ただけで臨月と分かるほど身重であった。


「もうすぐ生まれるね。」

「そうね。」

「女の子だってね。」

「そうね。」

「名前は何が良いかな?」

「何が良いかしらね。」


 男女はゆっくりと、秋の色が濃くなった公園を歩いた。そして男の方が、ふと地面に落ちている落ち葉を見た。


「例えば......楓......なんてのはどうかな?」

「楓......良い名前ね。楓の花言葉は確か......『大切な思い出』だったかしら?」

「うん。『大切な思い出』だね。
僕にとっても君にとっても、そして楓自身にとっても、楓の人生が『大切な思い出』でいっぱいになりますように。」

「じゃあ、名前は色葉 楓イロハ カエデで決まりね。」

「色葉 楓......うん。とても良い名前だ。」


 男女はもうすぐ生まれてくる娘の名前を考えながら、ゆっくりと公園の遊歩道を歩いた。


「西陽が眩しいね。」

「そうね。」


 二人は何となく空を見上げ、オレンジから段々紫に変わっていく様子をのほほんと見つめていた。


「平和だね。」

「そうね。」


 ふと、男が公園の様子の方に視線を写すと、おろおろしている少年が視界に入った。

 心配になった男は、トコトコとその少年に近寄って行った。


「少年、どうしたんだい?」


 声をかけられた少年は、少しビクッとした後、男を少し疑うような目付きで見た。


「あ、あの......その......」


 少年は何かモジモジしながら、フェンスの向こうを指さした。男が少年が指さした方向を見ると、そこには仲良さそうに談笑する少年と少女がいた。


「あぁ、あの二人と遊びたいのかい?」


 少年はゆっくりと頷いた。しかし、その表情にはどこか自信が無さそうな色が伺える。


「なら、魔法の言葉を教えてあげるよ。」

「魔法の言葉?」

「うん。『一緒に遊んでもいい?』って言うだけさ。ただそれだけだよ。」

「ダメって言われたりしないかな......」

「やりもしない内から失敗のイメージしてちゃダメだよ。子供なら失敗を恐れず当たって砕けろ! それに、ダメなんて意地悪言うような奴なら、そいつらとは付き合わなきゃ良いだけさ。
本当に付き合うべき人なら、きっと受け入れてくれるはずだよ。」

「分かった! 行ってくる!」


 少年は男のアドバイスを聞き入れ、スタスタと2人の所に走っていった。

 女は静かにその様子を見守り、ゆっくりと男の所に近づいて行った。


「微笑ましいわね。」

「そうだね......ぅ......ゲホッゲホッ!」


 男はいきなり咳き込んだ。そして、口を抑えたその掌には赤い血がベッタリくっついていた。


元二ゲンジさん! 大丈夫!?」

「......仁穂ニホさん......悪いけど、僕は楓の顔を見る前に、この世を去ってしまいそうだ......」

「そんな......」

「僕は職業柄......未来を担う少年少女の背中を後押しし続けてきたけど......自分の娘の背中を後押し出来ないのは......何となくやるせないな......」

「そんな事言わないで......」

「君には今まで話してなかったけど、桜木サクラギ先生に言われたんだ......『貴方は娘さんの顔を見ることは出来ないでしょう』って......」

「それならせめて......最後まで娘に胸を張れるように生きて。私は病魔と戦い続けた貴方の勇姿を......楓に聞かせてあげたいから。」

「分かった......ニホさん......僕は君に迷惑をかけてばっかりだ......ホントにごめん......」

「良いの。寧ろ迷惑をかけられて上等だよ。人は生きてる内に、多かれ少なかれ迷惑をかけてるもんだよ。それを忘れなければ良いだけ。」

「うん......ありがとう。」








このように、アザムキソウセキが身を挺した結果、対話によって成り立つ平和な世界が出来上がった。しかし、アザムキソウセキが完璧に欠片を取り戻せなかった為に、この世界もまた、完璧に平和というわけではなかった。

楓がこの世界に産まれつつあるように、それに対応するかのように巨大な悪意もまた、この世界のどこかで芽吹こうとしている。

しかし、それは誰にも分からない。誰も気づいてはいない。そして我々は、その事をこの世界の住人に知らせる事が出来ないのだ。

燻った争いの残り香が、また新たな渦を巻き起こす。そしてそれは......新たな血が流れる事を意味し、人間の意志を超越した運命が牙を剥く。

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