苦役甦す莇

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Episode58 God on the moon

「アザムキ! その話に乗っちゃダメ! 貴方が神になったら......矢に射抜かれて月になっちゃうんだよ!?」

 アザムキを止めようとしたのは、他の誰でもないクーネだ。クーネは誰よりも神の死を知っているし、大切な存在を失う悲しみを知っている。

「大丈夫。全人類に比べたら俺の命なんて安いもんだよ。」

「待って......死ぬつもりなら、せめて私達を檻から出して。」

「分かった......マヤ頼む。開けてくれ。」

「......良いだろう。」

 マヤは一つ一つ檻を開けて行った。フランとクーネとサギとサクリは檻が開いた途端アザムキに抱きつき、ラピスはラズリの亡骸に駆け寄った。ホロウは遠巻きにその様子を見守っていた。

「あれ? シュバルはどうした?」

「母さんなら背徳者スルギと一緒に地上に戻ったよ。」

「そうか。まぁなんてことは無い。俺は失った物を取り返すだけだ......有り体に言えば、有るべき状態とやらに戻るだけだ。」

「でもそうしたら神になってしまう......そしたら私とフランの中にある黄金の矢でアザムキは射抜かれてしまう。」

「それで良いんだ。月になったとしても、俺は自分を失ったりしない。一度決めた覚悟を貫き通すまでは絶対に。」

「どうして......? どうしてアザムキはいつも皆の為に頑張るの? さっきだってネフィにボコボコにされた時......普通なら死んでもおかしくなかった......」


「己の身勝手な振る舞いで全人類を殺しちゃダメだろ? それなら俺が死んだ方がマシだよ。それに、結局今までの行いだって、自分の為の延長だったんだ。欠片を集めながら、現れた敵と戦っていった。

だけど俺はふと思った。アギル、俺は戦わされていただけなんだろ? 貴女の言う計画とやらで、結局俺は貴女の掌の上で転がされていたわけだ。」


「察しがいいね。まさにその通りだよ。君が神になるって事は、君が産まれる前から定められていた運命なんだ。

君の父親......痣剥 卯鼠月アザムキ ウソツキが神になる素質を持っていながらも、神になるには不適だったのがいけないんだよ。だから汚れを知らない君を産む必要があった。神の素質を持ち、そして人類の為に犠牲になれるような君が。」


「それで俺を月にしたい......と。でも多分それは叶わない望みだよ。俺はワイズマンに言われたんだ。ワイズマンへの道でも絶滅への道でも無い、第三の道を拓けって。

結局マヤと貴女がやろうとしていることは、抑圧によって価値観や思考を一元化して、ワイズマンになろうって事だろ? でもそんなんじゃ抑圧を始めた時点で内乱やらが起きて、結局勝っても負けても損しかしない頭の悪い闘争が続くだけだ。そんなの不毛極まりないよ。

だから僕は、争いによって進んでいくシステムそのものを破壊して、対話によって進んでいくシステムを構築するべきだと思うんだ。

醜い争いなんてもうやめにしよう。犠牲者が出るなんてもう沢山だ。」


「綺麗事だな。戦争が悪いから戦争や争いそのものを否定するなんてバカのする事だ。所詮はガキの考える戯言よ......」


「じゃあ争いが続く世の中が正しいとでも? 人間の悲しい性をそのまま放っておけと?」

「元来人間は醜くて当然なんだ。争う事こそが自然な状態であって、人間にとって平和とは不自然な状態なのだ。」

「不自然な状態を努力して継続していくべきだろう? 本能に負けたら人間である意味が無い! 人間が『高度な知的生命体』を名乗るなら武器を放棄してからだ!」

「じゃあ今すぐ地上にいる全人類に智恵を与えてみろ。出来やしないだろ?」

「どうしてそう短絡的な考えしか出来ないんだ! もっと長い目で見てみてよ! そして人間を信じろよ!」

「今まで真に自身を律してきた人間など、ただの一人もいない!」

「これから現れる! 俺はその為の礎に、調停者になる!」

「いいや、無理だ。どうせ人間は繰り返す。自由な意思とやらを持ち続ける限り、争いは必ず起きる!」

「だからこそシステムを再構築すると!」

「この数億年間醸成されてきた全てを再構築すると? 笑わせるな! 人間の歴史は争いの歴史......今まで歩んできた人間の全てを否定する気か!」

「だからこそ争いの輪廻を......連鎖を断ち切る!」

「いいや無理だ。異なるものを排除しようとする本能には抗えない。争いは必ず起きる。」

「自由な思考を抑えつける事が幸福だとでも言いたいのか!」

「それが人間の進歩に寄与するなら、それは人類の幸福だろ。」

「何が『人類の幸福』だ。それは貴女が勝手に決めた価値観だろう? 自由な思考を抑えつける事が幸福だなんて......」

「公益を目的としたものだ。幸福に決まっている。いや、幸福に感じるのが人類の義務だ。」

「貴女は俺が今まで出会った中でトップクラスに入るとんでもない悪だよ。自分自身がやってる事を微塵も悪びれる様子も無い......
人の命を......尊厳をなんだと思ってる? 俺は! 俺の命は貴女の道具じゃない! 人間の自由な意思だって、貴女一人が勝手に抑えつけて良い訳が無い!」

「そんなに言うのならやって見せろ。神になって黄金の矢で射抜かれても、なおその身と想いが朽ち果てる事が無いのならな。」

 アギルはアザムキに残りの欠片が入っている袋を手渡した。

(おいアザムキ。)

(どうしたミラ?)

(ホントにやる気なのかよ。)

(勿論。その為にここまで頑張ってきた。ワイズマンが指し示した最強への道も、あと少しだ。)

 アザムキは、袋の中にある光る欠片を全て自身に取り込んだ。

 すると、過去の記憶、嘗て失った感情、そして小さい頃の夢まで戻ってきた。それは沢山の泡のように、現れては消えていくを繰り返し、宝玉のように自分の宝箱の中にそっと入っていった。

 アザムキは身体が満ちていくのを感じながら、フランとサギの2人と少し距離を開けた。そして両腕を大きく広げ、全てを受け入れる構えを取った。

「あ......ダメ......矢が出ちゃう......」

「無理......抑えきれない!」

 フランの身体から鏃が飛び出し、サギの身体からは矢筈が飛び出した。そして空中で2つは重なり、一本の黄金の矢となりアザムキに向かって飛んできた。

 アザムキは矢を受け入れる覚悟を決めていた。しかし、アザムキをバッと押し退け前に飛び込んだ者が現れる。

「クーネ!?」

 瞬間、クーネの身体に黄金の矢が突き刺さった。アザムキは驚きと理解不能の気持ちで心がグチャグチャになっていった。

「おい! クーネ! なんだってこんな事を!」

 アザムキは矢が突き刺さったクーネに駆け寄り、手をしっかりと握った。

 クーネの口からは血が溢れ出し、言葉を紡ぐのもままならない様子であった。

 しかし、クーネは最後の気力を振り絞って、自身の気持ちを4文字に纏めて言葉として紡いだ。


「好きだよ」


 アザムキの目からは涙が流れ出した。自身の人間性を取り戻したアザムキにとって、クーネを失うのは何よりも辛いことであった。

 アザムキは嗚咽と慟哭を繰り返しながらも、自身が返すべき言葉を紡いだ。


「知ってる」


 クーネはそれを聞くと満足そうな安らかな表情になり、そのまま浮かんでいって第二の月に吸収された。


「ああああああああああぁぁぁ! なんて事だ! 大切な黄金の矢が! 私の計画が!」

「クーネが......クーネが身を挺してくれた......お陰で貴女の計画はおじゃんだ。」

「息子のくせに......息子のくせに!」

「どうするよ! 黄金の矢は第二の月に取り込まれちまったぜ!」

「はは......ははは! そうだ! 多少計算は狂ったが、この二つの月を3倍にしてしまえば良いのだ......マヤ! フランの精神を操って、潜在能力を解放させるのだ!」

「アギル......そんな事をすればフランの精神が壊れます!」

「構うもんか! 無理矢理だろうが何だろうがやってしまえば良いのだ!」

「そんな事させるか!」

「......私は念には念を入れるタイプでね......こんな非常時でも、どうにかなるようにしてあるのさ。ホロウ! 覚醒の時間だ!」

 アギルが叫んだ途端、ホロウの身体に異変が起き始める。

「う......うぐ......うあああああああ!」

 ホロウの身体中の穴という穴から、クラゲの触手のようなものや、植物のツタのようなものが沢山生えてきた。

「おい! ホロウに何をした!」


「昔ホロウ君に、私の身体の一部とシュバルが作った寄生植物を植え付けたんだ。それを今開花させた。これぞ緊急時の近衛兵・焔蝋人形ホロウにんぎょうだ。

倒しても死ぬし、一定時間経っても死ぬ。更に植え付けてある種を取り除いても死ぬ。誰も殺したくない君にとっては厄介な相手だろ? あはははははははははは!」


 アザムキは暴走するホロウを見て焦った。倒しても死ぬ、倒さなくても死ぬ。しかし放っておけば被害は拡大する一方である。

「......ホロウ......貴方は俺に、自分の内に常に存在する感情の激流を忍ぶ事こそ、忍の心得だと言った。
例え身体が怪物になっても貴方はホロウだ。俺は信じてる!」

 しかし今のホロウは人語を解する余力が残っていなかった。だから、その腕で無慈悲にアザムキの身体を貫いた。

「あ......がふっ......」

「アザムキ!」


「マヤ! 今だ! フラン達の精神を支配して、潜在能力を全て引き出させるのだ!」

 マヤはアギルの指示通り、フラン達に手を翳し、その精神を支配した。

「さっき言った通り、精神が崩壊しても構わないんですよね? どうなっても知りませんよ!」

 マヤは能力を最大限使い、強引にフランの能力を引き上げさせた。

「ああああああああああああ!」

 フランは自分自身の精神がぐちゃぐちゃになりながらも、マヤに操られ月に手をつき、無理やり引き出された自身の能力で2つの月を3倍の数に倍加させた。

「あはははははは! 計画の最終段階だ!」

 アギルは向こう側の世界への扉を開通させた。そして2つの世界を繋いだ。

「サクリさん危ない!」

 突然、サクリはラピスに突き飛ばされた。サクリは驚いて一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、自分が突き飛ばされた方向を見ると、ホロウに貫かれたラピスがいた。

「ラピスさん!」

「ごめん......私にはこれくらいしか出来ない......ホントにごめんなさい。」

 ラピスは懐からチャクラムを取り出し、ホロウを切り刻んで殺した。

 ホロウが事切れる瞬間、ラピスの双眸からも光が消えた。

「なんで......サギさん......サギさん!」

 サクリは最後の仲間、サギの名前を呼んだが、時すでに遅く、マヤの支配下の落ちた後であった。

「あは......あはははははは! 最高だ!」

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