苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode55 Get one's finger out

 月に不時着すると、マヤは今まで張っていた結界を解いた。

「私の勝ちだ。今から神の機雷を使って地球人類を恐怖のドン底に叩き落としてやる。」

「恐怖のドン底に叩き落とす? 随分と安い台詞だな。」

「陽の光を浴びれない事がどれだけ苦痛か知らないのか? 陽の光が無けりゃ植物は光合成をしない。そのうち地球上の生命は死に絶えるんだぞ?」

「そこまで他人の苦しみが分かっていて、その上でやろうと言うのか!」

「当たり前だ! 恐怖は一番利用しやすい感情だ! 誰だって死は怖い! 死ぬのが怖くないなんて言う奴は、他人と違う事をカッコイイと勘違いしてるアホか、世捨て人かのどちらかだ!」


 そんなこんなでアザムキとマヤが口論していると、そこに闖入者......もといそこの住人が現れる。

「あれ? 何か下の星から飛んできたと思ったら、下々の奴らが乗ってたんだ。なんか用?」

「あ......貴方様は......背徳者様ですか?」

 あのマヤですら敬語を使うほどの只者ではないオーラを放つ男。神殺しの背徳者がそこにいた。

「いかにも......俺がこの界隈の首魁、ネフィだ。」

 ネフィと名乗る男は大仰に手を広げた。恵まれた堂々たる体躯の男である。

「私はマヤと申します。地上にてギルドが反逆の狼煙を上げたので、ギルドシステムを転覆させました。今現在、地上ではギルドの残党狩りを行っている最中であります。」

「おい! 何勝手な......」
「この者は次の神候補の男です! 私がこの男を連れてきた理由は、貴方様の仲間になりたく手土産として連れてきた次第であります。」

 アザムキは絶句した。この女、どこまでも自分を利用するつもりだ。本来ならクーネを手土産にするつもりだったんだろうけど、アザムキが神候補と発覚したから急遽アザムキに変更したのだろう。

「ほう......お前が次の神か......」

 ネフィは興味深そうに、アザムキを舐めるようにガン見した。

「そうだ! 神候補アザムキだ!」

「そうか......君が『第一天 テ王』『第二天 シ者』に次ぐ『第三天』の神に目覚めつつある者か......」

「第一天 テ王? 第二天 シ者?」

「神の呼び名だよ。我々が勝手に付けてるだけだがね......まぁ神を殺す手前、名前くらい付けてやらないとな。」

「神を殺す......そうか、アンタ達が黄金の矢で第二の神を......」

「そうだ! マヤとやら、空の監視者達に頼んでた黄金の矢は見つかったのか?」

「はい。しかし、見つかった事は見つかったのですが、なにぶん人間に埋め込まれて隠されていたもので、そいつらを連れてくるのに少しお時間を......」

「そうか......まぁ別に良いだろう。見つかったならそれで。
ではマヤ。君が仲間に入るための最初の仕事を与える。アザムキをこの奥にある牢に閉じ込めておけ。」

「分かりました。」

「アザムキよ、先に教えておく。下手に我々に歯向かわない方が身のためだ。我々は今すぐにでも神の機雷を発動させて、地上を殲滅出来るのだからな。
君のとっては地上の全人類が人質だ。」

「......分かった。」

 アザムキは全人類を人質にされてるという台詞の前に、為す術もなく大人しくマヤに連れられて行った。


「さぁ穢れた大地の諸君......絶望タイムの始まりだ。」









 一方地上ではバンデットサイドが劣勢を強いられてる状況に変わりはなかった。

 キーオート自然保護区でもその状況に変わりは無く、最早ジリ貧とかそういうレベルでは無くなっていた。

「到着予定の補給物資と民兵は?」

「......それが、ここに来る予定だった荷馬車が運送途中旧ギルドの襲撃に遭い、補給物資は全て取られてしまったそうです。同乗していた民兵2人と運転手も殺されたとか......残りの荷馬車は他の場所に行くので精一杯だそうです。」

「......仕方ない。このキーオート自然保護区は奴らにくれてやるしかないか......」

「撤退ですか?」

「しなきゃ死ぬだろ?」

「......してもマヤ様とかに殺されそうですけどね。」

「その時はその時だ。俺がなるべく失敗の責任を負うから、お前が今から気負う必要なんて無い。」


 その時、そこにいる2人のセルギュが動き出す。何事かと思い、2人はセルギュに食いついた。


「ごきげんよう。私は背徳者代表のネフィ。今現在地上にいる全人類に向けてこのメッセージを送っている。

数分前、バンデットのリーダーマヤ君が、我々が今いる第一の月に到着した。
我々は今WANTED扱いとなっているトレイターアザムキを捕縛している。

旧ギルド及びクレル族に告ぐ。これ以上の抵抗はやめたまえ。これは警告である。
これ以上抵抗を続けるようならば、我々は問答無用で『神の機雷』を発動させて、穢れた地上を闇で覆い尽くす事になるだろう。

そんな事は地球上にいる全生命が望まないはずだ。我々の要求は2つ。旧ギルド及びクレル族の無条件降伏と、WANTED扱いになっているトレイターをこの第一の月に連れてくる事。

これから地上に私の同胞達リムを降下させる。リアルタイムで私に情報が送られてくるので、旧ギルド及びクレル族が抵抗する素振りを少しでも見せたら、即刻『神の機雷』を発動させる。

バンデット及び空の監視者は、事態の鎮静化に務めること。刃向かってくる者には容赦無く制裁を加えること。最悪殺しても構わない。

以上だ。」


 セルギュに送られてきたメッセージはここで終わった。そして2人は顔を見合わせた。

「これは......俺らの勝ちってことか?」

「そうですよ! 私達の勝ちです!」









 時を同じくして、激戦区炭鉱の町コークス。そこの空き家にいるラズリと小休止を取っているジャック。そしてバンデットの面々。そこにも同じメッセージが届いていた。

「姐さん......これはもう本格的に奴らを狩れるって事ですよね!」

「そうだな......でも、月から背徳者達がやってくるってのが気になるな......」

「なんでです?」

「お前を実の弟のように信用してるからこそ言うが......私がバンデットに入った理由、そして目的は背徳者達を殺すことにあるのだよ。」

「えっ? 姐さん......今とんでもないことを......」

「分かってる! でも背徳者達に近づくにはこうするしか......マヤに忠誠を誓うしか無かった! そして今チャンスが巡ってきた!」

「姐さん、どうして背徳者達を殺したいんです? 何か恨みでも?」

「あるさ。積もりに積もって純化された積年の怨嗟の念が。」

「何があったんです?」


「空に『神の機雷』ってあるだろ? あれは......実は人間から作られてるんだ。

その仮説の根拠として、昔起こったある事件の失踪した人数と上空にある『神の機雷』の数は一致するんだ。そして、『神の機雷』が現れた時期と事件が起きた時期も一致する。
どう考えてもこの時点でこれら2つには関連性があると思うだろ?

そして、私の家族はその事件の失踪者の中にいる。私が今まで中央庁にいた理由も、その失踪事件に関する情報を得る為だ。

そして確たる証拠を得た。一般には公開されてない『神の機雷』に関する文献を。
その文献は『中央庁』という組織が成り立つまでの経緯を綴ったものでもあった。

第一の神が月となり、世界に獣人やら魔獣が満たされ始めた時、月に住まう背徳者達は自分たちに危害が及ばないように、まず何人かを誘拐し、時の権力者の目の前で人間を『神の機雷』に改造させたらしい。

その様子を見た時の権力者は、背徳者達に言われるがまま『中央庁』を設立。権力を一極集中させることで、全人類に対し絶対的な抑止力をもつ中央庁。その実態は背徳者達に刃向かうものを抑えつけておく役割を担っているわけだ。

この一連の事実を知った私は中央庁を見限り、マヤに忠誠を誓ったという訳だ。と言っても中央庁を抜けたわけじゃないし、寧ろ中央庁の権利一極集中を逆手に取って行動できる。利用出来るものは何でも利用して、背徳者達に復讐してやるのさ。」


 一通り話を聞き終えたジャックの目には涙が浮かんでいた。それを見てラズリは首を傾げた。


「姐さん......そんなに辛い目にあってたんすね......俺どこまでも姐さんに着いていきますよ! 背徳者だろうが何だろうが全部ぶっ飛ばしてやります!」

 ジャックはラズリの手を、自身の両手で固く握手し、目を輝かせてラズリに向かって言った。

「ありがとうなジャック......私の個人的な復讐に巻き込んでしまって申し訳ない......」

 ラズリはそっとジャックの手を握り返した。その握り返す強さは復讐への誓いの強さか、はたまたジャックを思うためか、ジャックには心無しか少しだけ強く感じられた。

「ジャックさん! 姐さん! 窓の外を見てください!」

 突然、外で様子を伺っていた監視係がジャックとラズリに向かって走ってきた。

 ラズリとジャックは急いで窓まで行き、窓を開け身を乗り出し外を見た。

 すると空に見えたは、月からの使者が舞っている様子であった。









 数分前、第一の月にて。ネフィの同胞達はそれぞれ別々の植物のツタを握った。

「これが地球から伸びてるってホントかいな? いつの間に下のヤツらはこんなもの生やしたんだ?」

「まぁいいよ。利用出来れば何だって。」

「そうだな。俺達にはアギルから貰ったこの反逆者粛清スーツがあるもんな。」

 彼らがその身に纏っているのは反逆者粛清スーツ......そのスーツの胸元には楓のレリーフが彫り込まれている。

「ピーズィー、移動特化モードに移行。ツタに沿って宇宙空間を抜けて、穢れた大地に突入する。」

『了解しましたマスター』

 男達はその身に纏っているスーツで月から飛び出し、地球から伸びているツタに沿って、宇宙空間に飛び込んだ。









 そして、現在の地上。そこには反逆者粛清スーツに身を包んだ背徳者が空を舞っていた。

「ピーズィー、ライオットベル発動。目標は地表に居るクレル族および旧ギルドのメンバー。」

『了解しました。最大出力ライオットベル放射します。』

 その瞬間、地表にいた者の耳には、その後一生忘れる事の無いであろう音が刻み込まれた。

 その音は心を癒す平和の音と言うより、心から争う気持ちを根こそぎ奪っていくような、戦意という戦意を抑圧し、自由な意思さえ潰してしまうような音だった。

「これで俺らの天下だ......」

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