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苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode32 We're in the same body

 ワイズマンの声が頭の中で谺響すると、俺の意識はどこかへ引きずられて行った。

 今まで目の前にあった星達は凄いスピードで俺から離れていき、俺の意識は虚無の辺獄とでも言うべき場所まで飛ばされた。


 深い絶望の中、俺は闇の中で立ち尽くした。最早俺の身体だけでは済まされない。


 俺の住んでいたあの美しくも鬱くしい世界が消えてなくなる......


「ワイズマン! ワイズマン!」


 俺の声は闇に飲まれていくだけだった。ワイズマンの返答はどこからも返ってこない。


 俺は仕方無く自身の掌を見つめた。そこにはあの日見た半透明な俺の手があった。


「これは......幻覚? それとも身体を維持するだけの魔力が切れてきた......?」


 俺の心にはジワジワと恐怖心が蝕んで来た。


 そしてふと周りの闇に目を向けると、少しずつ闇が形を成してきたのである。


「ぁ......ぁぁ......ぁぁぁ......」


「ミラ......?」


 闇の中で産まれた1つの影からミラのような声が聞こえた。


 周りの闇が完全な黒だとするなら、眼前に居座る影は烏羽色に近かった。


 黒に近いもののどこか赤みを帯びてる不気味な影。


 それはとても不定形な靄のような存在だったが、俺から見たらミラだった。


「はぁ......はぁ......」


 息が聞こえる気がする。生きてるように見える。


「はぁ......ぁぁぁあああ......」


 そいつから聞こえるのは呻き声とも溜息とも判別がつかない音だった。


 しかし、言葉にならなくても何か悍ましい感じだけはビリビリ伝わってくる。


 そう思うと、その声は深い怨嗟を練りこんだ呪詛のようにも聞こえる。


 俺はえも言われぬ不快感と恐怖感に包まれた。


 死にたくない......そう思った時俺はハッと気がついた。


 この恐怖は船の上でサギにしがみついた時と似ていると。


 このままではダメだ。この目の前の形の無い存在を打ち払わなくてはならない。


「よぉ......なぁにそんな所でハァハァ言ってんだよ。シコってんのかおめーはよ!」

 わざと無理矢理虚勢を張って、心の恐怖心をねじ込んだ。


 すると、その影から赤い眼が2つ、ギョロリと出現した。

 出現したというより開眼したという言い方があってるかもしれない。

 とにかく今まで影一色だった所に、まるで浮かぶように赤い双眸が現れたのである。

 黒目は存在しないようだ。ただの赤一色の眼。それがまた気色悪かった。


「な......なんだよ......」

 本能が見たくないという信号をバンバン発してるのか、無意識のうちに俺の瞼は半分閉じていて、眉間に皺が寄ってきた。


「ぅ......ぁ......ぃ......」


 俺はそいつが段々と何か話そうとしてるのが分かった。


「ぅ......ラ......ミぃ......」


「はぁ?」


「うらミ......はラサデ......おクベキカ......」


 こいつ......喋りやがった......


「はぁ? 恨みぃ?」


「オまえ......おれノこと......なぐタ......ダカラ......」


 その影は一瞬にして周りの闇よりも大きくなった。


 影はすぐに俺を取り囲み、四肢と首を掴んで俺の自由を奪った。


「はっ! 情けねえ野郎だ! 今更俺に恨み晴らそうってか?

死んでも勝つことに執着してるようなバカはな!

生きてても勝てねぇんだよ!」


「ジャカアアシイイイイイイ!!!」


 ミラの影は俺の身体中の穴という穴から侵入してきた。


「ぁ......がっ......ヴグッ......!」


「オまえガ......おれノすべテを......うばッタ......こんどハおれガ......うばウばんダ......」


 俺は声を出すことが出来なくなってきた。まるで声帯丸ごと掴まれてるかのような、とんでもなく気色悪い感じがした。


「ハァ......ハァ......オまえニハ......わカルまい......えいえんニおぼレつづケル......くるシミ......」


「ぐぅ......ふぐぅ......」

 俺は眼前のミラを睨みつけた。


 身体の自由がどんどん奪われていく......


「段々と......馴染んできたなァ......」


 口が勝手に......動かされる......フェルトの力を使った時と......似ている......


 俺は完全にミラの影に取り込まれてしまった。









「お、目を覚ましたか。」

夢から覚めた途端、なんとも言えない不思議な感じになった。


目の前にいるホロウに話しかけたいのに、口が全く動かないのである。


完全に身体が俺の言うことを聞かない状態になっていたのである。


「あ......俺寝ちまってたんだ......」

 俺の口から放たれる言葉は俺のモノでは無い。俺の意思では無いのだ。


「何呑気に寝てるだよ......こっちは大変だってのに......」


「どうかしたのか?」


「シナトラが毒にやられていた......いつの間にやられていたんだか。」


「いつ気づいた?」


「潜水艦から引っ張り出して、しばらくしてから気づいた。

変な脂汗かいてるから変だと思ったんだ。」


「へぇ......」


(なんだ? なんで俺の顔はニヤついてるんだ?

まさか......本当に俺の中にミラが......


不味いこの事をどうにかして伝えなきゃ......)


(無駄だぞ。)


(ミラ?)


(お前の身体の支配権は完全に俺のモノだ。

お前は瞬き一つ自由に出来やしない。)


(これは一体どういう事なんだ!)


(俺はここより上の海で永遠に死に続けていたが、俺の魂の内の怨念の部分だけが純化されて、高濃度の魔力に引かれて奈落に落ちてきた。

ちょうどそこには気絶したお前がいたから入ってやった。

今のお前は100%のお前では無かったから、お前の魂を捩じ込んで俺が主導権を握ることなんざ簡単な事なんだよ。)


(そんな......)


(お前から大切なものをどんどん奪ってやるよ。まぁ......その前に......)


 俺の目は無理やり、倒れているシナトラの方へと向けられた。


(やめろ......お前が何をしようとしてるかは大体わかった。)


(復讐......お前はこう言いたいんだろ?「復讐なんかしてなんになる」って。

......知ったふうな口を利くんじゃねえ......

復讐するかどうかは俺の自由だし、誰にも俺を止める権利はねぇよなあ?)


 俺の手は腰に携えた1本の剣に手が伸びていた。


(嫌だ......俺は......シナトラを斬りたくない......嫌だ......)



「これが俺の魂の叫びだ!!!」


 振り下ろされた俺の剣。俺の腕は俺の意思に反してシナトラに向かい伸び続ける。




 その刹那......キン! と甲高い金属音が奈落に響いた。




「これは何の冗談だ......アザムキ?」


 俺の剣はシナトラの肉体を斬る寸前で、ホロウの苦無によって防がれていた。


「ホロウ......お前も俺のことをだまくらかしてくれたっけな......

ハハ......お前が先でもまぁイイや......」


(ホロウ......止めてくれ......俺の身体を......ミラの怨念を止めてくれ......)



「高濃度の魔力による瘴気にあてられたか......ここに来るリスクがここで出るなんて......」

 ホロウの苦無に込める力が強くなるのを感じる。


「お前への復讐が! 俺を強くする!」

 ホロウの力に呼応するようにミラの怨念も強くなる。


「復讐......あぁそうか......お前アザムキじゃないな......」


「分かったからどーだってんだよ!」


 ミラは競り合っていた剣を一瞬引っ込め、トリガーを引いた。


「これなら避けられないだろうが!」


 分割線で刃が分断し、ワイヤーで伸びた。そしてミラはまるで鞭のように俺の剣を扱い、ホロウの死角に凶刃を放った。


「忘れたのか? ここは高濃度の魔力が流れる奈落......そして俺は端くれとは言え、何でもない所作で魔力を扱える忍......」


 傍観だけしていた俺ですら分からなかった程の一瞬......その一瞬で俺の身体は完全に動かなくなった。


「......何をした......?」

 口惜しさと歯痒さがこもった声をミラは俺の口から放った。


「アザムキが石に触ってぶっ倒れてる間に色々仕込みをさせてもらったんだよ。

昔ここに来た時、今みたいな感じで怨霊に乗っ取られた奴がいた。

その時の経験から、アザムキも乗っ取られんじゃねぇかって思って、壁中にワイヤーを張った。

案の定ド三流の怨念に乗っ取られたから、ワイヤーでお前の身体の自由を奪った。

それに、俺が張ったのはタダのワイヤーじゃない。特殊な加工で玉鋼を練りこんだ鋼鉄のワイヤーだ。

玉鋼そのものに拘束の呪詛を記したから、ワイヤーを切ったくらいじゃ、お前に自由は訪れないぞ。」


「んぎぎぎ......」

 ミラは俺の全身の筋肉を強ばらせ、全力でワイヤーを引きちぎろうとしている。


「だから......そんな事しても無駄だっての......お前の怨念そのものを拘束する為に練り込まれた呪詛なんだから......」

 ホロウは窘めるようにと言うより、呆れたように言った。


「おい......ホロウ......お前、そもそもの大事な事忘れてんじゃねぇのか?」


「なんだよ。」


「今俺が乗っ取ってるのはアザムキの身体なんだぜ......俺がこいつの身体引き裂くなんてどーってことねぇんだぜ?」


「だからどうした? 俺には全く関係ない事じゃないか。アザムキの身体が引き裂かれようが俺の知った事ではない。」


「アザムキがタダの人間ならそうやって見捨てることが出来るだろうよ。」


「何が言いたい?」


「こいつは次の神になる可能性を秘めた人間......と言えばバカでも分かるかな?」


「......お前......」



「選べよ......今この場でみすみす神になる人間を見殺しにするか、俺ごとこいつを解放するか。」

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