苦役甦す莇

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Episode29 White as a ghost


マリーゴールド=フラン=フランソワーズ=フランマルス=フランシスコ=フランチェスカ=ヴィクトワール・ボーヴァルレ=シャルパンティエ


 なんでアタシがこんな長ったらしい名前を付けられたのか。気になって仕方なかったので、ある日親に聞いてみた。


 なんでも母様はアタシを産む前に何度も流産を繰り返していて、その度に付けられなくなってしまった名前達を、ようやく無事に産まれたアタシに全部付けたんだとか。

 死産になってしまった子達に付けるはずだった名前を、まとめて1人に付けるなんてどうかしてると思った。


 それに、アタシが産まれるために色々やった事も聞いた。

 無事に産まれるようにヨガをやってみたり、占い師とかに頼んで何やらいかがわしいことにまで手を出したりしてたようだ。


 何故そうまでして両親は子供を欲しがったのか?

理由はカンタンだ。アタシが産まれたのは王国。って事は両親はどうしても世継ぎが欲しかった。だから藁にもすがる思いで色々したんだろう。


 そして、そんなアタシの誕生に関わる話の中でアタシが一番気になった話。

 それはアタシが無事産まれるために、占い師に渡された鏃を飲み込んだという話だ。

 そしてその鏃は巡り巡って今アタシの身体の中にある。親はこの鏃のお陰でアタシが無事に産まれてきたと考えてるらしい。


 確かに、アタシは生まれつき身体が他人と少し違っていた。

 アタシは昔からお転婆で、何かと怪我をする機会が多かった。

 しかしどんな怪我でも、決まって怪我をした次の日には完治してるのだった。

 きっと身体の中に埋め込めれた鏃が何か関係しているのだろうという事は、流石の私でも何となく察しはついた。

 お医者様に「君は他人の倍は治癒力があるね。」とまで言われた程の治癒力は、正直バケモノじみていた。


 アタシが他人の倍と言われるのは治癒力だけじゃ無かった。

 視力や膂力だってそうだし、愛情だってそうだ。

 だけど、倍になるのはプラスの面に働くものばかりとは限らなかった。

 おバカさ加減とかだと、他人の倍でも誇れる事なんて出来なかった。

 こんな感じだから、親からは家の外に出して貰えなくて、ずっと家の敷地内で遊んでいた。


 敷地内でしか遊べないものだからかなりヒマを持て余していた。

 そんなヒマなアタシの少女時代の友達は1人だけいた。


 シュバルっていう使用人はまるで姉のようで、アタシを1人の友人として扱ってくれたのだ。


「フランお嬢様。今日は何して遊びましょうか?」

「今日は木登りするー!」

「その内お嬢様はお庭の木を全て登ってしまうでしょうね。」

 普通なら木登りしないように止めるところを、シュバルだけは一笑に付して特に咎めたりはしなかった。


「お嬢様ー! 今日はそこから何が見えますかー?」

「んー......今日は牛さん達の大移動が見えるよー!」

「......牛の大移動......お嬢様ー! 紅茶が入りましたので、そろそろ降りましょう〜!」

「はーい!」

 アタシは言われるがまま木を降りて、シュバルに連れてかれるまま城の中に入った。


 その後紅茶とお菓子を沢山食べて、幸せなひと時を過ごしたけど、何やら雰囲気が物々しかった。

「シュバル......どうしたの?」

 アタシは気になってシュバルの袖を引っ張った。

「大丈夫ですお嬢様。お嬢様のお陰でこの国が救われるかも知れません。」

「アタシのお陰?」


「そうです。先程お嬢様は牛の大移動をご覧になったでしょう? それが何やら肉食魔獣に牛型魔獣の群れが追われてたようなのです。
だからあの大移動は肉食魔獣が襲ってくる前兆だったのです。

お城は今総力を挙げて防衛の準備をしています。」


「こわい......」

「大丈夫です。お嬢様の安全はこのシュバルが保証します。」

 シュバルはアタシの頭を撫でてくれた。心配な時、不安な時、怖い時、いつもシュバルが安心を与えてくれた。


 だけど、シュバルは使用人なのにアタシとの距離感が近すぎた。


 その事が、父様の癪に障ったのかも知れない。


 父様はシュバルの小さな落ち度を目敏く見つけては、ネチネチと指摘するのだった。


「シュバル君......あれほどフランを木に登らせるなと言ったのがまだ分からないのかね?」

「私はあくまで......お嬢様の意思を尊重したまでで......」


「口答え無用!」


「お言葉ですが......お嬢様のお陰で今回の防衛は早期に準備が出来たでは無いですか。」


「口答え無用と言っている! そんなに私の意に背くようなら城から出ていっても構わんのだぞ?」

「ぐっ......すみません......」


「はぁ......まぁいい。 早期に気付けたお陰で我々が救われたのもまた事実だ。何でもここ数年は肉食魔獣の活動が盛んで、東の方にあるとされる『忍びの里』周辺も全滅したそうだ。

その事案を他山の石とし、我々は同じ道を歩まないようにしなければならない......

しかし......惜しい商業相手を失ったものだ......あそこはとても良い玉鋼を精製する希少な場所だったのに......」


「あの......キーオート国王......」

「ん? なんだ?」

「自然保護区の一件は......?」


「あぁそうだったな。あれは私の愛娘フランへの贈り物だ。

私の名前が付いた自然保護区だ。あの場所でのびのびと遊べる事だろう。」


「自然保護区という名目で自然の土地を買い上げて、そんな行為が肉食魔獣の住処を奪ってるのでは無いのですか?」

「何が言いたい?」

「肉食魔獣だって暴れたくて暴れてるわけじゃないと思うんです。私達人間が彼らの住処を奪いあげてるから暴れてるんじゃないでしょうか?」

「君が自然愛護論者だったとはな。」

「もうやめましょう......これ以上他の国や獣人達と戦争するのも、魔獣達から土地を奪うのも。」

「綺麗事じゃ国は護れない。今日限りで君を解雇する。」


 その日を境に、アタシはシュバルを見かけなくなった。

 他の使用人達に話を聞いたら、「シュバルは街に戻った。」と異口同音に言った。


 当然外に出る事を許されてないアタシは会いに行けない。

 アタシはシュバルのいない日常が、とても味気無く感じるようになった。


 そしてひどく雨の降る日、アタシの人生が変わった。


 その夜は一段と寝苦しかった。何かが乗っかってるような重さを感じた。

 アタシがゆっくりと目を開けると、そこには悍ましい光景が広がっていた。

 アタシの服を引っペがして、アタシの肌に舌を這わせる父......

 それはアタシにとって悪魔でしか無かった。


 衝動的にアタシは父を弾き飛ばした。すると父はのらりくらりと起き上がってこう言った。

「あぁ......フラン......私の愛娘......お前は永遠に私のものだ......」


 その台詞を耳にしてからの行動はよく覚えてない。

 我に返ったときには父は倒れていて、父の頭の近くには割れた花瓶が落ちていた。

 アタシはボロボロの服のまま外に逃げた。


 これは後で知った事実だが、父は異様なまでに性欲が強かったらしい。

 その為に、妊娠が確定した母様にも性交渉を強いて何度も流産にさせていたらしい。


 アタシが無事に産まれたのは決していかがわしい占い師の言う通りにしたからじゃない。

 シュバルが母様の変わりに父の夜の相手を務めるようになり、母様が普通に産める環境を整えてもらったからだ。


 雨の降る街を身一つで走り抜けた為に、ひどく頭が痛くなって街の外れで力尽きてしまった。

 寒すぎて手先の感覚が無くなって、もう死ぬのかな......なんて思っていたら目の前の昏い現実に一筋の光明が差した。


「こんばんは。こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまいますよ。」

「あなたは......だあれ?」

「虎の名を使う狐......使名虎シナトラです。」

「シナトラ......」


 その日からアタシはシナトラの仲間になった。

 シナトラは酷く冷たくなってしまったアタシの身体を暖めてくれた。


 そして元気を取り戻して皆と仲良くなったある日、彼が、アザムキがアタシの目の前に現れた。

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