苦役甦す莇
Episode27 Max dead one's power
俺が船の上に戻った頃には、再び船が沈み始めてきた。
恐らく5人はアギルの元へ転移して、ゲオルグの能力によってこの残骸にかかっていた浮力が失われたのであろう。
俺が甲板に出て初めて目にした光景はとてつもないものだった。
シナトラが投げた葉っぱに向け、ホロウが手裏剣を投げる。
そうすると手裏剣が巨大化し、そこいらにいる監視者どもは真っ二つになるのであった。
そんな感じで無双していた2人だが、顔には疲れの色が見える。
流石にどんな達人でも、この人数相手では分が悪い。
更にこちらの足元は船の残骸であり、お世辞にも安定した足元とは言えない。
対して、奴らは飛行可能という圧倒的なアドバンテージを持っている。
長期戦になればなるほど、こっちが不利になっていくばかりだ。
「アザムキ! なぜ戻って来た!」
ホロウは俺の助けなど要らんとでも言いたげに、俺に向かって叫んだ。
「助けが必要でしょう?」
俺は静かに息を吸い込み集中した。
生の外の力を行使する。
既に死んでしまったゲオルグの力をちょいと拝借する。
すると、俺の背中には雄々しい黒い翼が生え、筋骨隆々の逆関節の脚に変化した。
 「カエデ......MAXでいく......」
『了解しましたマスター。心置き無くどうぞ!』
人工補助筋肉が俺の力を倍増させる。
両脚に力を込めバンッと飛んだ。
俺はただ黒い1つの塊となり飛んだ。
飛んだすれ違いざまに、奴らを次々と斬り伏せていく。
復讐の黒い翼は、空に浮かぶ者共を海に落としていく。
「フェルト......?」
シナトラは俺の姿を見て、在りし日の彼の面影を見つけたらしい。
俺は足の指である一匹捕まえると、そのまま船の残骸に叩きつけた。
「あがっ......がっ......」
俺は無意識のうちにこいつの首根っこを掴んでいた。
何かよく分からないが、俺は無性にこいつだけは特別に許せなかった。
「この戦い方......あの下衆派閥めが......死んでまで......反逆幇助を......」
その言葉の意味はよく分からなかったが、俺はその言葉を聞いた途端完全に理性が飛んだ。
俺は脚力でそいつを高空に打ち上げ、落ちてきた所を剣で一突きした。
肉塊から溢れ出る血のシャワーが俺を包んだ。
完全に理性が飛んだ俺はまるで飢えた獣のように奴らを殺しまくった。
血のついた剣は新しい血で洗えば良い。ついた錆は骨身で削れば良い。
俺は兎に角こいつらを殺す事しか頭に無かった。
ただひたすらに、殺して、殺して、殺しまくった。
これは俺の怒りでは無い。これは死んだフェルトの怒りだ。
俺はひとしきり蹂躙した後、マヤの事を見つけた。
「よぉ......」
この溢れ出るドス黒い力は圧倒的な制圧力を誇った。
「なんだアザムキじゃないか。」
引き換えに理性がぶっ飛ぶくらいの弾けた力でもあった。
俺は迷わずマヤの首根っこを引っ掴んだ。
「ぐ......なんだこの力......」
マヤは俺の事を睨みつけている。しかし俺はもうマヤの事は見ていなかった。
「あ......あぁ......あああ......お前には分かるまい......他人を支配する事と利用する事しか考えてない貴様には。」
最早それは俺の言葉では無かった。
「やめろ! アザムキ! それ以上やったら人間に戻れなくなる!」
意識が遠のく俺に呼びかけたのはホロウだった。
「何言ってんだよ......俺はアザムキじゃねぇ!」
意識が完全に支配されつつあった。
「フェルト......そう......俺はフェルト......」
力を拝借したつもりが、憎悪と正義執行への念が強すぎたらしい。
「この肉体なら殺し切れる......」
俺は喋ることが出来なくなっていた。これは俺の声だが、俺の言葉じゃない。
『マスターの自我崩壊の危険を察知。緊急冷却システム起動。離脱します。』
俺の身の危険を感じたカエデが戦線離脱を敢行してくれた。
ブシュウウウウウという激しい冷気とともに、俺の体は船の残骸の上に飛ばされた。
「ぐ......あの時殺した有翼獣人か......」
マヤは解放された首を撫でながらぼやいた。それに冷気をモロに浴びてしまった為に、単独で戦闘を続行する余力も無いらしい。
「もうここに用は無い......長居は無用だ。」
マヤは椅子に座ったまま、水面まで降りてきた。
マヤの手が水面に触れると、そこから海水面が盛り上がってきた。
水中から顔を出したのは巨大な鯱のような魚であった。マヤはそのまま鯱の上に乗った。
そんな光景を俺はガンガン痛む頭を抱えながら見ていた。
そもそもグロッキーな体をカエデありきで動いていた。無理したら悪化するのは当たり前である。
「はぁ......はぁ......ありがとう......カエデ......」
カエデが冷却してくれたお陰で、あったまってた俺の頭がよく冷えて意識が戻った。
『マスター! 無理しすぎです!』
カエデは言わば俺の一番身近な存在である。多分俺の事を俺以上に知ってるかもしれない。
「今アザムキが大量に殺した獣人の死骸のせいで、恐らくこの海域にいる魔獣どもはかなりグレードアップしてしまっただろう。いつまでもここに居るのは危険だ。」
シナトラは血で赤く染まった海を睨みながら警告した。
「はぁ......はぁ......マヤ......」
不味い......体が全然動かせない......今ここでアイツを殺しておかないと不味い気がする。
「痣剥......この借りはいつか必ず返す......者共撤退だ! 大海嘯を起こせ!」
マヤがそう叫ぶと、マヤが乗っている鯱を中心に大量の背鰭が浮かんできた。
それらは大きな群れを成し、マヤが指差した方向に向かって物凄い速さで進んでいった。
恐らくマヤが能力を最大限に使ったからであろう。
きっと彼女はここいら一帯にいる水棲魔獣共を支配したのだ。
「チッ......逃げられた......目立ちたがりかよ......」
俺は動かせない体で両手を両足を船の残骸に広げた。もうこれ以上重力に逆らえない。
今回は双方痛み分けという形で終わってしまったが、次こそは必ず奴を斃さなくては......
「いや、そういう訳でもないぞ。生き物は得てして、群れを成した方が襲われにくい。安全に撤退するには賢明な方法だ。
それに彼女が上手く利用したのは鯱型魔獣だ。まず襲われる事は無いだろう。」
シナトラはマヤの撤退方法を冷静に分析した。
「どうやってここから逃げましょうか......? 直にこのガラクタも沈みますよ......」
俺には最早自力で逃げ出す力は残されていなかった。
「大丈夫。私達は伊達に実力至上主義ルドを名乗ってる訳じゃなかろう?
それに、今や私達はお尋ね者だ。今更街に戻ったって捕まるだけだ。こんな状況で逃げ込めるのは......」
シナトラは海の方を見ながら、何か思案しているようであった。
「シナトラ......まさか......」
ホロウにはシナトラが何を考えているか、大体察しがついたらしい。
「あぁ。そのまさかだ。これから『奈落』に行く......あの場所なら誰も来ないし、アザムキが動けなくても問題無い。」
シナトラの発する言葉はとても重かった。容易に動かせないぞという気迫があった。
「......『奈落』......ですか?」
俺はぼんやりと空を見つめながらシナトラの言った言葉をオウム返しした。
「あぁ。そうだ。この場所が何故『魔の海域』と呼ばれてるのか…...その裏側に潜む日の当たらない真実がそこにある。」
「それって......第一の神の話なのでは?」
俺はこの話はさっきゲオルグに聞いた気がした。
「世間一般ではそういう事になってる。しかし、大事なのはそこに潜んだもう1つの側面だ。
神の血のついた矢は高濃度の魔力を撒き散らしたのと共に、地獄の扉も開けてしまったんだ。
『奈落』に一番近いからこそ『魔の海域』......地上に生きる皆がこの場所を忌避するのはそういう側面もあるからだ。」
シナトラは葉っぱを一枚取り出して、残骸の上に置いた。
すかさずホロウが、置かれた葉っぱに何やら書き込み始めた。
「この世界の天国があの月だとするなら、今から行く場所が地獄だ。この海の海溝より深く、その深淵の先に待つ闇。人々はしきりにそこを『奈落』という。」
ホロウが書き込み終えると、葉っぱは瞬く間に変形し、船の残骸の一部と融合して小さな潜水艦のようなものになった。
ホロウは有無を言わさず、俺を中に突っ込んだ。続いてシナトラとホロウが乗り込んだ。
ホロウはこれでもかと言うほどギチギチに蓋を閉め、シナトラの横に座った。
「アザムキ......もう一度改めて訊くが、なんで助けに来た?」
ホロウは浮かない顔で俺に質問した。
「あの人数相手じゃ、いくら貴方達2人でもジリ貧だったでしょう。
それにさっきのは......助けたっていう理由よりも、フェルトの復讐って意味合いが強いかも知れません。
あんなにドス黒い力は初めてでした......」
俺は何とも言えない気持ちになった。まだ俺は未熟だ......そう思わざるを得ない。
「何しょぼくれてんだよ。勝ち星上げたのはお前なのに、そう辛気臭くしてちゃ意味無いだろ?」
ホロウなりに俺を元気づけてくれているのだろう。ただ、ホロウの言ってる事と俺の信念はちょっと違っていた。
「勝つ事に意味はありません。
ただ俺は......強くなりたいだけです。
肉体とか精神とか能力とか、そういったものを超越した人間としての強さを追い求めてるだけです。」
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