苦役甦す莇
Episode20 Washing blood for blood
それはまだ空に月が無かった頃。
俺が住んでいる里では『狐狩』というものが流行っていた。
なんでも殺した狐の頭数が多いほど、出世出来るらしいのだ。
俺はそんなもの毛頭信じていなかったが、皆が狂信的なまでにそれをするので、嫌でも「今日は何匹殺した」とか「出世出来たのは狐狩のお陰」とかそういった類の話が耳に入ってきた。
そんな日常が続いていたある日、突然空に大きな星が現れた。
それは後に「月」と呼ばれるようになる星だった。
その日、俺は里からそんなに離れていない所にある竹林で迷ってしまっていた。
仕方ないので苦無で竹に傷をつけながら歩いて行くと、元の場所に戻って来てしまっていた。
どうやら真っ直ぐ歩いているつもりが、同じ所をグルグル回っていたようである。
もう日も落ちそうになる時分で、俺は暗闇に包まれる前に里に帰らなければならなかった。
俺はそれからしばらく迷いに迷ってある場所に出た。視界に入った或る一本の竹。
それはとても赤く、天を貫くが如く、恐ろしくも雄々しく立っていた。
赤い竹の根元の方に目をやると、そこには竹に貫かれた死体がいた。
竹の赤さの正体は血だった。
ありえない話だが、上空から落とされて竹に突き刺さったとしか考えられなかった。
俺はその光景を目にすると、恐ろしさのあまり腰が砕けてしまった。
その死体はよく見ると、自分の友人だった。
俺の友人達の中でも狐狩を積極的にしていた方だったと思う。
今となっては名前すら思い出せないが。
恐ろしさのあまり動けなくなっていた俺の目の前に現れたのは、1匹の狐だった。
その狐は月を見上げると、瞬く間に人へと姿を変えた。
「......やぁ。人間。」
俺は夢でも見ているのかと思った。獣が人になるはずなど無いのだから。
「あ......あ......あ......ありえねぇ......」
「信じたくないのなら信じなければいい。
見たくない真実なら目を塞げばいい。
君たち人間はいつもそうしてきただろう。」
その言葉はまるで鋭い刀のように、俺の弱さを一刀両断した。
人間の歴史は争いの歴史。その日突然訪れた獣達の変化は、蜂起だと悟った。
俺はあまりの出来事にその場から逃げ出そうと思い、その狐の前から走り去った。
しかし、どうやら神はそれを許してくれなかったようだ。
俺の目の前に翼の生えた人間が降ってきて、俺の行方を阻んだ。
そして俺は風圧と気迫に気圧されてしまって、また腰が砕けてしまった。
「げ......幻惑なんかじゃない......」
これは......間違いなく......現実だ......
「テメー......風体から察するに......あの里の人間だな?」
翼の生えた男は俺をじっくりジロジロ見ながら質問してきた。
翼の生えた......空を飛べる鳥人間......恐らくこいつが俺の友人を......
「俺も殺そうってか......?あいつみたいに。」
「それをお前が望むならな。」
俺はそいつのどこまでも黒い翼がただただ恐ろしかった。
闇の具現と言っても過言ではない漆黒の雄々しき翼。
そして鳥特有の逆関節の筋骨隆々な脚。
「その辺にしておけ。
こいつは狐狩など無益な動物殺しをしてなかった。」
そこに現れたのは先程の狐女。その狐女は鳥男の正反対と言ってもいいほど白かった。
毛並みという話に限らず、雰囲気やオーラが純白だった。そして何百年も生きてきたかのような大きなオーラを感じる。
「なんでそんな事分かるんだよ…...」
鳥男はボヤくように言った。
「無益な動物殺しをしているものは得てして、これみよがしに毛皮や牙などを見せつけるように所持しているからな。」
......なるほど。まぁ確かに俺が無益な動物殺しをしてなかったのは事実だ。
「これから私達は君の里の人間達を皆殺しにする。
君たちが私達にそうしたように。」
そこで俺はなんとも言えなくなってしまった。これは天罰なのかもしれない。今まで傲慢に生きてきた人間に対しての。
俺も殺されるのかな......
「ここで君に選択を与える。
我々の里滅ぼしに加勢するか、我々に刃向かうか。」
俺は後者を選ぶ事が出来なかった。圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられて、ここで刃向かう事を選択するのは莫迦のする事だ。
それに、俺は自分の里に特に思い入れを持っているわけでもなければ、忠義を尽くすという事をする気も無かった。
「貴方達に......加勢します......」
俺は2人に頭を垂れた。
それから俺は何も言わずに黙々と火矢の準備をし始めた。その時、俺は何も思わなかった。いや、何も頭の中で考えたくなかったのかもしれない。
今から人を殺すという事をしっかり考えると、手が震えてどうしようもなくなりそうだったから。火矢を1本、また1本と作っていく。わざと、より作業然として何も考えないように。
その時、あの光景がフラッシュバックしてきた。竹に貫かれた友人の遺体。その瞬間、俺は手が震えて作りかけの火矢を1本落としてしまった。
......結局......俺も最後は自分が可愛いのかな…...
里に火を放ったのは次の日の夜だった。火を放ったと同時にあちこちから聞こえてくる悲鳴と怒号の合唱。
獣人2人は里の人間数十名を約2分間で蹴散らしてしまった。あっけなかった。そして傍から見てて恐ろしかった。
鳥男はまるで殺しを楽しむかのように、家屋の残骸に生きたまま串刺しにするなどの行為を好んだ。
狐女は逆に周りの炎を利用して幻惑させ、人間達の意思で死へと向かわせるようにする行為を多用した。
しかし、そんな違いのある2人の襲撃の仕方どちらも共通してた点がある。それは自分でトドメを刺さなかったという点だ。
トドメは全て俺に一任されていた。俺は事の始まりとして火矢を放った。それならば事の終わりとして全員の命に幕を閉じさせる。これが俺の役目だった。
俺が放った物事だ。結末は自分で受け取らねばならない。
魚が焼けるような匂いがした。人間が焼ける匂いはこんな匂いなんだと、漠然と思った。
1人......また1人と、苦無で頭を突き刺していく。そんな中、まだ生きてる命を見つけた。
それは籠の中で眠っている赤ん坊。
俺はその籠を、近くの崖から蹴落とした。
その日は空に月が現れて間も無い頃。ある赤ん坊がとある村の川に流れ着いた。
その赤ん坊は籠の中でスヤスヤと眠っていた。その村の人間達はその子を拾い、大事に育てた。
皆からの羨望の的になって欲しい。そんな願いで彼はその世界で羨望を意味するミラと名づけられた。
その子が13歳くらいになる頃。世界では戦争が激化の一途を辿っていた。そして、広がりゆく戦争の渦は周りの村や町を破壊していった。
その子の村も例外では無かった。ある朝一匹の魔獣がその村を襲った。彼は物見櫓でその様子をいち早く察知し、警鐘を鳴らしてから一目散に逃げた。
彼は川の流れを上る方向で逃げた。しばらく走っていると、彼が辿り着いたのはとある滅びた里だった。
そこには1人の女性がいた。その女性は彼に「真実を教えてあげよう」と言い、彼の掌に水晶を乗せた。
彼は事の顛末をその水晶の中に見た。自分がこの滅びた里の人間だった事。この里を襲った1人の男と2人の獣人の事。その時、彼の心に浮かんできたのは復讐の2文字。
そして水晶の女性は、「力を与えよう」と言い、彼に謎の液体を飲ませた。
その日から彼は鏡面世界の住人となった。
俺が住んでいる里では『狐狩』というものが流行っていた。
なんでも殺した狐の頭数が多いほど、出世出来るらしいのだ。
俺はそんなもの毛頭信じていなかったが、皆が狂信的なまでにそれをするので、嫌でも「今日は何匹殺した」とか「出世出来たのは狐狩のお陰」とかそういった類の話が耳に入ってきた。
そんな日常が続いていたある日、突然空に大きな星が現れた。
それは後に「月」と呼ばれるようになる星だった。
その日、俺は里からそんなに離れていない所にある竹林で迷ってしまっていた。
仕方ないので苦無で竹に傷をつけながら歩いて行くと、元の場所に戻って来てしまっていた。
どうやら真っ直ぐ歩いているつもりが、同じ所をグルグル回っていたようである。
もう日も落ちそうになる時分で、俺は暗闇に包まれる前に里に帰らなければならなかった。
俺はそれからしばらく迷いに迷ってある場所に出た。視界に入った或る一本の竹。
それはとても赤く、天を貫くが如く、恐ろしくも雄々しく立っていた。
赤い竹の根元の方に目をやると、そこには竹に貫かれた死体がいた。
竹の赤さの正体は血だった。
ありえない話だが、上空から落とされて竹に突き刺さったとしか考えられなかった。
俺はその光景を目にすると、恐ろしさのあまり腰が砕けてしまった。
その死体はよく見ると、自分の友人だった。
俺の友人達の中でも狐狩を積極的にしていた方だったと思う。
今となっては名前すら思い出せないが。
恐ろしさのあまり動けなくなっていた俺の目の前に現れたのは、1匹の狐だった。
その狐は月を見上げると、瞬く間に人へと姿を変えた。
「......やぁ。人間。」
俺は夢でも見ているのかと思った。獣が人になるはずなど無いのだから。
「あ......あ......あ......ありえねぇ......」
「信じたくないのなら信じなければいい。
見たくない真実なら目を塞げばいい。
君たち人間はいつもそうしてきただろう。」
その言葉はまるで鋭い刀のように、俺の弱さを一刀両断した。
人間の歴史は争いの歴史。その日突然訪れた獣達の変化は、蜂起だと悟った。
俺はあまりの出来事にその場から逃げ出そうと思い、その狐の前から走り去った。
しかし、どうやら神はそれを許してくれなかったようだ。
俺の目の前に翼の生えた人間が降ってきて、俺の行方を阻んだ。
そして俺は風圧と気迫に気圧されてしまって、また腰が砕けてしまった。
「げ......幻惑なんかじゃない......」
これは......間違いなく......現実だ......
「テメー......風体から察するに......あの里の人間だな?」
翼の生えた男は俺をじっくりジロジロ見ながら質問してきた。
翼の生えた......空を飛べる鳥人間......恐らくこいつが俺の友人を......
「俺も殺そうってか......?あいつみたいに。」
「それをお前が望むならな。」
俺はそいつのどこまでも黒い翼がただただ恐ろしかった。
闇の具現と言っても過言ではない漆黒の雄々しき翼。
そして鳥特有の逆関節の筋骨隆々な脚。
「その辺にしておけ。
こいつは狐狩など無益な動物殺しをしてなかった。」
そこに現れたのは先程の狐女。その狐女は鳥男の正反対と言ってもいいほど白かった。
毛並みという話に限らず、雰囲気やオーラが純白だった。そして何百年も生きてきたかのような大きなオーラを感じる。
「なんでそんな事分かるんだよ…...」
鳥男はボヤくように言った。
「無益な動物殺しをしているものは得てして、これみよがしに毛皮や牙などを見せつけるように所持しているからな。」
......なるほど。まぁ確かに俺が無益な動物殺しをしてなかったのは事実だ。
「これから私達は君の里の人間達を皆殺しにする。
君たちが私達にそうしたように。」
そこで俺はなんとも言えなくなってしまった。これは天罰なのかもしれない。今まで傲慢に生きてきた人間に対しての。
俺も殺されるのかな......
「ここで君に選択を与える。
我々の里滅ぼしに加勢するか、我々に刃向かうか。」
俺は後者を選ぶ事が出来なかった。圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられて、ここで刃向かう事を選択するのは莫迦のする事だ。
それに、俺は自分の里に特に思い入れを持っているわけでもなければ、忠義を尽くすという事をする気も無かった。
「貴方達に......加勢します......」
俺は2人に頭を垂れた。
それから俺は何も言わずに黙々と火矢の準備をし始めた。その時、俺は何も思わなかった。いや、何も頭の中で考えたくなかったのかもしれない。
今から人を殺すという事をしっかり考えると、手が震えてどうしようもなくなりそうだったから。火矢を1本、また1本と作っていく。わざと、より作業然として何も考えないように。
その時、あの光景がフラッシュバックしてきた。竹に貫かれた友人の遺体。その瞬間、俺は手が震えて作りかけの火矢を1本落としてしまった。
......結局......俺も最後は自分が可愛いのかな…...
里に火を放ったのは次の日の夜だった。火を放ったと同時にあちこちから聞こえてくる悲鳴と怒号の合唱。
獣人2人は里の人間数十名を約2分間で蹴散らしてしまった。あっけなかった。そして傍から見てて恐ろしかった。
鳥男はまるで殺しを楽しむかのように、家屋の残骸に生きたまま串刺しにするなどの行為を好んだ。
狐女は逆に周りの炎を利用して幻惑させ、人間達の意思で死へと向かわせるようにする行為を多用した。
しかし、そんな違いのある2人の襲撃の仕方どちらも共通してた点がある。それは自分でトドメを刺さなかったという点だ。
トドメは全て俺に一任されていた。俺は事の始まりとして火矢を放った。それならば事の終わりとして全員の命に幕を閉じさせる。これが俺の役目だった。
俺が放った物事だ。結末は自分で受け取らねばならない。
魚が焼けるような匂いがした。人間が焼ける匂いはこんな匂いなんだと、漠然と思った。
1人......また1人と、苦無で頭を突き刺していく。そんな中、まだ生きてる命を見つけた。
それは籠の中で眠っている赤ん坊。
俺はその籠を、近くの崖から蹴落とした。
その日は空に月が現れて間も無い頃。ある赤ん坊がとある村の川に流れ着いた。
その赤ん坊は籠の中でスヤスヤと眠っていた。その村の人間達はその子を拾い、大事に育てた。
皆からの羨望の的になって欲しい。そんな願いで彼はその世界で羨望を意味するミラと名づけられた。
その子が13歳くらいになる頃。世界では戦争が激化の一途を辿っていた。そして、広がりゆく戦争の渦は周りの村や町を破壊していった。
その子の村も例外では無かった。ある朝一匹の魔獣がその村を襲った。彼は物見櫓でその様子をいち早く察知し、警鐘を鳴らしてから一目散に逃げた。
彼は川の流れを上る方向で逃げた。しばらく走っていると、彼が辿り着いたのはとある滅びた里だった。
そこには1人の女性がいた。その女性は彼に「真実を教えてあげよう」と言い、彼の掌に水晶を乗せた。
彼は事の顛末をその水晶の中に見た。自分がこの滅びた里の人間だった事。この里を襲った1人の男と2人の獣人の事。その時、彼の心に浮かんできたのは復讐の2文字。
そして水晶の女性は、「力を与えよう」と言い、彼に謎の液体を飲ませた。
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