苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode11 Wanton logic

 俺らは2人きりの時以外は異世界の事を話さないと約束した。もちろん、カエデにも釘を刺しておいた。

 会話に混ざってはいなかったものの、一連の話を聞かれた以上、ウルツァイト窒化ホウ素よりも口を堅くしてもらわなければならなかった。

『了解しました。マスターのお望みならば。』

 カエデは快く了承してくれた。とても忠実でホントに助かる。

「あ、アザムキあそこ見てよ。」
 俺はクーネが指差した方向に視線を移した。
 視界に入ったのは、こちらに向かってくるシナトラとホロウだった。あちらも俺らの事を探していたのであろう。


 ほどなくして俺らは無事合流を果たした。

「2人とも無事だったか。
とりあえずここいら一帯の魔獣は掃討完了だ。皆ご苦労だった。」
 シナトラは労いの言葉を皆にかけると、腕に付けていた輪っかを取り外した。

 シナトラが輪っかを色々いじってるのを遠目に覗くと、輪っかの穴の中に液晶のようなものが現れて、スマホみたいな感覚で操作しているのが見て分かった。

 なるほど。ああして使うのか。

「シナトラは今誰にメッセージを送っているんです?」
 俺はホロウに小声で質問した。

「あー、あれは恐らくギルド管理局だ。クエスト完了の報告を今入れてる所だ。」
 ホロウもまた小声で返してきた。

「なるほど。」
 ギルド管理局......前から気になっていた存在である。1度行ってこの目で見てみたい気持ちは少なからず存在する。

「まぁ、何かわからない事があったらまた聞いてくれ。」
 ホロウは頼って良いという旨の事を俺に伝えた。

 その時、自分がこの世界に対してあまりにも無知すぎる事が、とても恥ずかしいことに感じられた。

 空の境界の一件や月の話もそうであるが、あまりにも知識がなさすぎる。

 彼らにとっての常識は俺にとっての非常識。こんな時、俺は相手の立場になって考える。

 考えたくはないが、もしもの話。俺にとっての常識がまるで通用しなかったり、あまりにも無知な人間がいた場合、俺はどうするだろうか。

 まず、心のどこかで馬鹿にしたり、こいつ頭大丈夫か? と疑うだろう。
普通の人間の思考回路なら恐らく俺と大同小異だ。

 そして、それを反対にする。俺が何も知らない奴だと、周りにバレたとき。

 まず、異世界うんぬんを抜きにして、あいつらは俺を必ずバカにしてくる。俺の人間性を否定してくる。
 あるいは......あの鳥頭みたいに、自分のことをバカにされてると感じる…...?

 とにかく、つまりはそういう事だ。俺は出来るだけ、さもこの世界の事を知っていますよ。という立ち居振る舞いをしなくてはいけない。
 それは異世界から来たという疑心と、アザムキという人間そのものへの疑心を、相手に持たせないようにしなくてはいけないからである。

 今こうしてホロウが説明してくれたのは、恐らく俺を『ギルドに入って戦う事の初心者』として見ているからであって、決して『この世界の初心者』として見ているからでは無い。

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言うが、この状況の俺においては、聞く内容の端々にすら気を遣わないといけないという超絶ハードモードである。
 異世界ビギナーにそんなモード強いるなよ…...


「よし、報告終了だ。今から皆でアジトに戻る......と言いたい所だが、アザムキは私と一緒に管理局に行かなくてはならない。理由は追って説明する。」
 俺が色々考えてる内に何やら事が進んだようである。

「分かりました。じゃあ、ホロウとクーネとはここで解散という形ですかね。」
 管理局に行けるのは願ったり叶ったりである。

「そうだな。2人は先にアジトに戻っててくれ。」
 シナトラは2人に向かってそう言うと、葉っぱを一枚ホロウに渡した。

「では、お先に。」
 ホロウがそう言うと、クーネと共に歩き始めた。


 俺とシナトラは、クーネ達とは反対方向に歩き始めた。

 シナトラは少し歩くと、帽子の中からもう1枚葉っぱを取り出した。
 その葉っぱをピッと破き捨てると、捨てた葉っぱの破片がおよそ2秒で立派な馬車へと姿を変えた。

 俺は呆気にとられた。事実、馬も車も人間までもが葉っぱ1枚から出てきた。なんでもありかよ。

「さぁ、遠慮なく乗っていいぞ。」
 シナトラは俺が先に乗るように勧めた。

「じゃ、遠慮なく......」
 と、どこか遠慮がちに言いながら、木製のドアを開け中に乗り込んだ。

 馬車に乗るのは初めての経験だった。まさか馬車童貞を異世界で卒業するとは夢にも思わなんだ。

 シナトラが乗り込みドアを閉めると、ゆっくりと馬車は動き始めた。

「さっき言ってた、君を管理局に連れて行く理由なんだが。」
 おもむろにシナトラが話を切り出した。

「あ、はい。」
 俺はどことなく間の抜けた返事をした。

「どうやら管理局の人間で君に会いたいという者がいるらしくて、それで招集がかかったという訳だ。」
 俺は少し身構えた。まさか......バレた?或いは、もしかしたら…...拘束される?

「そうですか......」
 顔は平静を装っていたが、内心不安で仕方なかった。
 拘束されたとしても脱出する自信くらいはあるが、そもそも問題なのは俺のことを指名してきてまで会いたいという理由だ。

「中央庁の人間から目をつけられるなんて、君も隅に置けないな。」
 シナトラは俺をおちょくるように言ったが、本意は察しかねた。

「は、はぁ......」
 俺的には『中央庁』という単語について質問したかったが、さっき考えた事を思い出すとどうにも質問出来なかった。
 そんな考えをしていたせいか、なんとも気の抜けた返事をしてしまった。

 そこから馬車内には、俺とシナトラの間にしばらく重い沈黙が続いた。

 シナトラの放つ雰囲気はとても威厳のあるものだった。
 同時にシナトラは何でも見透かしているような気がした。
 俺は沈黙はあまり得意な方では無かった。対してシナトラは沈黙をあまり苦としている感じは見受けられなかった。大人な余裕が感じられた。

 俺はどことなくソワソワした。馬車の中の装飾に視線を写したり、シナトラの様子をチラチラ伺ったりと、とにかく落ち着きが無かった。

 対してシナトラは何にも動じない、山のような凄味があった。俺の挙動にも一切気にかけていない様子である。

 それはありがたい反面、辛い面もあった。
 ソワソワしているのを言及される事は好きではないが、何をしていいのか分からない空気も嫌いである。

 別にコミュ障というレベルでは無いが、シナトラとの関係はそこまで深く無いのに同じ空間に二人きりでいるのは結構辛いのである。

 どうしたものか…...と悩んでいた矢先、突然馬が嘶いて、馬車が止まった。

「もう着いたんですか?」
 管理局ってこんなに近かったのか? と思いつつ聞いてみた。

「いや、そんなわけない。何故止まった...…?」
 シナトラは窓の外を睨みながら答えた。

「外に出てみましょう。」
 とりあえず提案してみた。外に出ない限り詳しい様子は分からない。

「そうだな。」
 シナトラはゆっくりとドアを開けて馬車から降りた。俺もシナトラに続いて馬車から降りた。


 馬車の前方に、いかにも賊って感じの身なりの汚い獣人の男たちが数人立ちはだかっていた。こいつらが邪魔して止まったのか。

「これ見よがしにキャリッジとはいいご身分だなぁ!」
 数人いるうちの1人が怒鳴り散らした。どうやら馬車に乗っていたのが気に食わないらしい。

「何か悪いか?」
 シナトラはごく簡潔に聞き返した。

「それに乗っていたお前達が悪い。」
 むちゃくちゃすぎる理論だ。

 男達はサーベルを握り、こっちを睨んでいる。あー身ぐるみ剥ぎに来たパターンの奴か。
 そこで俺はいい事を思いついた。

「シナトラは手を出さなくていいから。この場は俺に任せてください。」
 俺は簡潔にシナトラに耳打ちすると、シナトラは小さく頷いた。

 俺は顔と体を男達の方に向け、堂々とした態度を取った。

 こんなヤツらに道を塞がれる筋合いは無い。

「ビビってんのかぁ!? おぉい! おらぁ! 来いよ! 一撃でも当てられたらハワイに招待してやんよ!」
 俺にしては安い挑発だった。だけどああいう奴らにとっては十分だった。

「あぁ!? やってやんよごらぁ!!」
 予想通り奴らは程よくあったまり、俺のやりやすい状態になった。

あいつらをギリギリまで引き付けて


俺に向かってくる害悪の外の力を

行使する。


 すると、奴らの握っていたサーベルは持ち主の首を刎ね、綺麗な赤い華を咲かせた。


「あぁ、処理がめんどくせぇな。
ま、いっか。」
 とりあえず馬車が進むだけの道幅を確保する為に、タンパク質とカルシウムの塊をどかした。

「放置していいですよね?」
 どこか投げやりな感じでシナトラに質問した。

「あぁ、構わんよ。そのうちカラスとかが突っついてくれるだろうさ。」
 シナトラもあまり気にしてないようだった。
 何も言わずに俺とシナトラはまた馬車に乗った。

 傍から見たら男達が勝手に自殺しただけにしか見えないし、シナトラが証人だ。特に問題は無いだろうと考えていたその時、俺はどこかから視線を感じた。

 俺は反射的に窓の外に視線を写した。よく見えなかったが、木陰に誰かいた気がした。

 今のやりとり、見られていた…...? いや問題は無いはずだ。と思う反面、どこか不安が拭いきれなかった。

 馬車は問題無く進む一方で、俺の心は立ち止まるべきだと思っていた。

 さっき見ていたあいつを逃がした事が、非常に手抜かりに思えて仕方なかった。

 俺に向かってくる害悪の外の力を行使したため、その時に死んでないという事は敵意を持っていないという事にも繋がる。

 敵意は持っていない、なら大丈夫。と無理矢理自分に思い込ませ、この事はあまり考えないようにした。

 その時さっきの中央庁の話を思い出した。

 俺が今まで気づかなかっただけで、ずっと誰かに監視されていたのでは......?

 だから管理局に名指しで呼び出しをされた......

 そう思うと誰も彼もが怪しく思えてきて仕方なかった。

 敵は意外と身内の中に潜んでいるのかもしれない......

 そうして悶々と考えていると、不意にシナトラが俺の肩を叩いた。

「着いたぞ。管理局だ。」

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