真の勇者は影に潜む

深谷シロ

十二:無言の圧勝

勝負は一瞬だった。私は剣を抜いた訳でも魔法を繰り出した訳でも無い。ただ立っていただけだ。


────しかし、相手は倒れた。


「……勝者、ラウル。」


どうやら皆、混乱しているようだ。私がしたのは別にどうという事も無い、ただの威圧だ。その威圧が少々威力が強かっただけなのだ。鍛えれば、誰にでも出来る技術である。剣技でも魔法でも何でもない。純粋な強さだ。


私は元々座っていた席に戻った。恐らく皆が理解するまでには時間を要しそうだ。それまで待つとしよう。


一番にその正体に気付いたのはルーナであった。次にオーガリック教授。


「……威圧。」


単純かつ簡素である。だからこそ人は盲点となる。魔法を学ぶ学校にいけば、魔法を使う。剣技を学ぶ学校にいけば、剣を使う。それは浅はかな考えだ。魔法を学んでも剣技は使える。剣技を学んでも魔法は使える。要は広く深くだ。これに気付かないからこそ皆は弱い。


「なんて威力の威圧なんだ……。」


未だに威圧を受けた二年生は意識が回復しないようだ。このまま何か言われるのも面倒だから回復させるとしよう。


「【我が求めるは癒し】【大いなる目覚めを与えよ】。」


回復魔法。回復魔法は通常魔法の詠唱とは異なり、全てが二段詠唱となる。回復魔法の第一詠唱は【我が求めるは癒し】である。第二詠唱の【大いなる○○を与えよ】の○○の部分に特定の単語を入れることによって魔法が変化する。


『癒し』という単語を入れれば、単純に回復させる。主に体力、魔力を回復させる。
『救い』という単語を入れれば、状態異常を回復させる。服毒などもこれによって回復可能である。
『目覚め』という単語を入れれば、意識を回復させる事が出来る。これは単純な睡眠などには効果を発揮しない。
他にもあるが、よく使われるのはこれぐらいである。


目覚めの回復魔法を使った事によって、二年生は意識を取り戻した。


「……何なんだ、あの魔法。」


「魔法じゃなく……威圧だ。」


オーガリック教授が二年生の言葉を訂正する。二年生は理解していないようだ。オーガリック教授もそれに気付いたのだろう、説明を始めた。


「ラウル君が使った『威圧』という技術は、人間の生存本能に干渉する技術だ。人間は恐怖に対峙すると、それを拒否しようとする傾向がある。その拒否の手段が、逃走、気絶、自滅……。ラウル君は恐らく何かを極めたのだろう。それによって人間よりも強い存在であると相手に思わせる事が出来るようだ。」


実際に言うと私が使ったのは魔力操術だ。私ぐらいの歳になってくれば、魔法を使う者は魔力を感じ取る事が可能になってくる。要するに大きな魔力に敏感になるのだ。そうして魔物などを見つける。今回は魔力操術を使用して、魔力を身体から放出した。それによって、相手が強い存在であると錯覚させたのだ。私は短い期間でそれを会得した。だから他よりも強いと確信した。


今、この場にいる中で私の威圧に耐えれる人間がどれほどいるのか私には分からないし、分かろうとはしない。だが、これに耐えれるのならば、その者は私と強さが似たり寄ったりという事だ。もしくは私より強い存在。


呆然としていた二年生はオーガリック教授に言われて席に戻った。私も再び席に戻る。そして、オーガリック教授は結果を出した。


「結果、二年生に進級できるのはルーナ・スレインとラウル・アヴルドシェインだ。」


「すみませんが、異議を申し立てします。」


そう言い出したのは進級できなかった一年生。名前は確か……ヴァード・リベネット。


「ヴァード君。何に対して異議を申し立てるのだ?」


「アイツです。小貴族なんかに相手が倒せる訳が無い。」


ヴァードが指さしたのは私だ。文句を言う輩がいるだろうとは思ったが、まさか明らかな結果に文句を言うとは思わなかった。どう見ても私の圧勝だ。異議を申し立てる点が違うだろう。せめて不正だ、ぐらいにして欲しい。


「では君とラウル君が戦って勝った方が進級としよう。」


明らかにこちらが不利な条件だが、オーガリック教授は私が勝つと確信しているようだ。そうでなければ、向こうには再びチャンスが巡って、こちらにはチャンスが去ろうとしているアンフェアな戦いを持ち込むはずがない。


「……分かりました。」


溜息をつきながらも私は三度戦いの場へ戻る。ヴァードも所定の位置へつく。何やら工作をしているが、私は気付かないふりをする。まさか不正を自分がするとはな。呆れて言葉が出ない。


「それでは……始めっ!」


またしても一瞬だ。威圧を使えば文句を言うので、鼻から下を凍らせた。魔法だ。詠唱すらしない。相手が試合前から詠唱しているから完成する前に口を塞いだだけだ。ついでに身体を凍らせたのだが。


「……し、勝者、ラウル!」


僕は氷を溶かした。氷からヴァードが解放される。またしても不正と言い始めるか。


「不正だ!」


……面倒臭い。私は詠唱を省略しただけだ。ついでにヴァードの詠唱を破棄した。


「……不正はヴァード君、君だ。私達は気付いていて指摘しなかっただけだ。君が試合開始前に詠唱をしていたのを知っている。そのハンデを与えても君は詠唱を破棄されて、さらにラウル君は詠唱を省略したのだ。ラウル君の超高等技術に君が勝てる訳が無いだろう。」


「なっ……。」


「君が不正をしなければ、進級なしのみで良かったが、流石に魔術学院で不正は許されない。君は退学だ。」


ヴァードは崩れ落ちた。思い上がったからこその自業自得であるが、どれだけの思い上がりをしていたんだ……。仮入学なんだけどな……。


数日後、ヴァードは退学処分とされ、私とルーナは進級した。二年生となった事で何かが変わる訳では無いが、まあ程々に生活していくのが妥当だろう。私は力を求めるのみだ。

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