異世界ファイター ~最強格闘技で異世界を突き進むだけの話~

チョーカー

スイカの死? 解き放たれるは摂津の鬼


 『摂津流歩行術 オーガースレイヤー』

 その技は中国のイスラム教徒が使う武術 心意六合拳に技に良く似ている。
 両腕は防御。そのまま歩くための一歩が踏み込みの役割を果たし、強烈な体当たりをカウンターとして放つ技。
 だが、違う。トーヤが放った技は心意六合拳のソレとは違う。
 あれは――――

 明は崖の斜面に衝突。地面に滑り落ちた体を無理やり奮い立たせた。 

 「なぜ、お前が摂津流を使える?」

 真似をしたわけでも、たまたま似通っていたわけでもない。
 流派の基本概念、技へ入る体裁き、技の使用目的。
 一流の武術家なら、技に至るまでの様々な情報が頭に入り込んでくる。
 一見すると同じ技でも、流派によっての違いがあるのだ。
 しかし、トーヤが使用した技は間違いなく『摂津流』のソレだ。

 だが、トーヤは答えない。

 「ひぇぇ! 驚かせてもらったわ。オーガースレイヤーを受けて立ち上がるなんて……流石、古き摂津流の当主さまやな」
 「変な名前で言うな。 アレは『摂津流歩行術 鬼火払い』だろ」
 「あー 確か昔は、そんな名前だったららしいわ」
 「……昔?」
 「そんなことより、その打たれ強さタフネスはやっぱりアレなんか?」
 「何のことだ?」
 「とぼけんでもええがな。アレやろ? 『摂津流奥義 化身』の効果なんかい?」
 「――――ッ!」

 ピッシと空気が割れるような感覚。
 禁術とされる『化身』は摂津流最大のタブーだ。
 それにトーヤは触れた。易々と、あまりにも飄々と、トラの尾を踏んで見せた。

 「せや、『化身』ちゅうのは、感情制御の暴走を引き起こすって話なら、逆に感情を暴走させてやると使用のハードルが下がるんかいな?」

 トーヤは拳を構える。
 腰を大きく捻り、背を正面の明に見せ付けるような構え。

 「――――ッ!? 『摂津流 虚無』だ……と?」

 摂津流が使用する遠当ての一種。 離れた相手に打撃を放つと神技だが……そもそも摂津流には飛び道具は効かない。 
 明は『摂津流 虚無返し』の構えを取る。
 半身の構え。腕は左右に真っ直ぐ伸ばす。
 自身に向かって放たれた攻撃を、風車の如く回転で相手に返す。

 これが『虚無返し』だ。

 だが、トーヤが放った『虚無』は明に目前、上に向かって跳ね上がったホップ
 明の背後には崖。そして、その上には――――

 スイカがいる。

 「え?」と彼女は自身の身に起きた事、これから起きる事が理解できた様子はない。
 ただ、彼女は死の恐怖を感じる事もなく――――

 炸裂音が響き、崖は崩れ、煙と閃光がスイカの姿を消した。

 「スイカぁぁぁ!?」

 明は叫び、崩れた崖を駆け上ろうとする。
 だが、明の足首を掴み邪魔する者がいた。 無論、トーヤだ。
 そのまま明の体を持ち上げ、地面に叩きつける。

 「おいおい、どこ行くつもりやねん。戦いが面白いのは、ここからやろ?」 

 もう明にはトーヤの声が届いていない。

 なぜなら―――― すでに――――


 『摂津流奥義 化身』

 それは発動していた。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 国栖 明という少年は感情の起伏が乏しい。
 そう思われる事が多いが、実は違う。
 明は、感情を揺さぶられないように幼少期から訓練をされている。
 なぜなら、摂津流の使い手は多感になってしまうからだ。
 悪意や殺意を感じ取るすべを身に着けると言うことは、人の心が読めてしまう超能力者に等しい。
 無防備に日常生活を送るのは難しい。 だから、こその訓練だが――――
 人の悪意や殺意に耐え切れなくダークサイドに堕ちる者もいる。

 それを加速させる可能性が高い禁じ手が『化身』だ。
 人体破壊の技を加減なく使用する幸福感。 圧倒的な強者ゆえの万能感。
 破壊衝動に重ねる破壊衝動。 そこにたどり着いた人間は、もう人間ではない。

 ただ、鬼がいるだけだ。

 ――――だが、その鬼は強い。

 『摂津流奥義 化身』

 そして、国栖 明は鬼と化していた。

 かつて、兄弟子であった鬼崎 聖也が『化身』を使用した際、体が巨大化していたが、明にはその様子がない。
 丹田に収束された気が全身に走り、肥大化する肉体。
 それを明は、押し留めている。
 研磨に研磨を重ねた刀剣が鋭さと切れ味を増すように、その反面では儚さと脆さが見えて取れるように――――
 国栖 明は自身の肉体を変化させたのだ。

 その肉体を前にトーヤ・キリサキは――――

 「これがマジもんの『化身』かいな」

 と震えていた。それは武者震いなのか、それとも――――

 だが、その震えを理解するよりも早く、明の拳がトーヤを捉えていた。

 

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