【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

第二章 エピローグ




 ――エルダ王国の王都リーズの王城の謁見の間で、一人の男が椅子に腰を下ろしながら羊皮紙に書かれている文章に目を向けていた。

 ニードルス伯爵領の首都とも呼べるソドムの町が、ドラゴンの襲撃により炎上し、さらに、その後に起きた大洪水により町が沈没してから1ヶ月が経過。

 噂に拠れば、ドラゴンが襲撃してくる前に、ソドムの町では色々と不可解な現象があったらしい。
 事前に、ソドムの町の大半の人間が、塀の外へ避難させられていたことから、ニードルス伯爵が何か関与しているので無いのか? と、噂されていたが、彼女の憔悴具合から見て、その線は非常に薄いというのが書かれていた。

「ふむ……。エルハルトよ、どう思う?」
「はい、ドラゴンの姿は、町の人間にも目撃されております。それに、ソドムの町で避難していた人々から集めた情報から、スザンナ伯爵や兵士も気絶して馬車で運ばれていたと目撃情報が――」
「なるほど……、つまりドラゴンと交戦したが倒すには至らなかったと?」

 男は、金銀を贅沢に使い細かな装飾が施された椅子に腰掛けながら、顎鬚を何度も触りながら、羊皮紙に書かれている調査報告を何度も目を通している。
 室内と言うには、あまりに広大な部屋。

 ――所謂、謁見の間。
 そして、その謁見の間には何人もの武官や文官に貴族たちが集まっている。
 その中で、一人椅子に座っているのは、ベルリアン・ド・エルダ。
 エルダ王国の国王であった。

「陛下。辺境の地ではありますが、ニードルス伯爵が所領していた土地は広大であります」
「分かっておる」

 ベルリアンは、国内の地図を見ながら眉間に皺を寄せる。
 
「しかし、困ったものだな……。まさか、湖が出来るとは――」
「陛下、問題はそこではございません。湖により西方領域との陸路が完全に断たれていることです。それに、湖も塩を多く含んでおり飲み水には適しておりません」
「そうであるな……」

 エルダ王国の宰相エルハルトの言葉に、ベルリアンは表情には出さないが小さく溜息をついたのを周囲の貴族は見て見ぬふりをする。
 
「ですが、どういたしましょうか? 陸路で対岸となる西方領域に向かうためには半日近くの航海が必要になるとのことです。そして飲み水にも適さないということから……」
「そうであるな」

 宰相と国王陛下は二人して、どうしたものかと考え込んでしまう。
 陸路が使えなくなり、交通にも多大なコストが必要となる。
 たしかに西方領域は広大で、日本で言うならば、関東一都6県のうち千葉県程の領土を失ったに近い。
 そして、領土を失うということは経済的衰退もありうるのだが、謁見の間に漂う雰囲気からは、そこまで深刻な様子は見受けられない。

 そして、「失礼いたします!」と、3人の男が謁見の間に入ってくる。
 男達は緑色に染められた服を身に纏っていることから、何かしらの役職についているのは人目で理解出来てしまう。

 3人が、国王陛下の前で膝をつく。
 一人の男が差し出した丸められた羊皮紙を宰相エルハルトが目を通していくと、国王陛下であるベルリアンへと視線を向けた。

「陛下。ニードルス伯爵より、今回の領地内での問題。それについての謝罪と謝意で送られてきた例の物の数えが終わったようです」
「ほう……。それで、どうであった?」
「はい。10万個で間違いないということです」
「ふむ――。つまり、10年分近くの国家予算は確保できるわけか――」

 ベルリアンの言葉に、謁見の間に安堵とも言える空気が立ち込める。

「しばらくは財政的には、窮地を脱したと言っていいでしょう。問題は、西方領域に関してですが……」
「そうだな。ニードルス伯爵領は以前から衰退していたのだろう?」
「はい――」
「以前にも報告があった魔王襲撃に、今回はドラゴンの襲撃だ。正直に言えば呪われた土地は、欲しくないな……」
「それでは? どういたしますか?」
「そうであるな。報告によればスザンナ伯爵は、例の物を作る男と懇意にしているのであろう? それなら、伯爵位を返上してもらい独立させたほうがいいのではないか?」
「――!? そ、それは、他の貴族が納得は……」
「しなければさせろ。魔王やドラゴンが出るような領土を持っているほうが外交上不利だ。それに……、中々の手練らしいではないか? あの冒険者は――」
「ですが……、国を作らせるとなると……」
「分かっておらんな。独立させると言っても運営は、素人には出来んだろう? そうであるな……。仕事に炙れている連中が何十人も居るであろう? その者を雇い入れるように働きかければ良いとは思わんか?」
「つまり……、傀儡の国とするわけですか?」
「そうなる。あとは……、一人嫁がせておけば大義名分も立つであろうな。問題は……」
「誰を嫁がせるかということですか」
「うむ。メリアは、大衆には人気は高いが謀には向いてないであろうな。メリアは心優しい子であるからな」
「そういたしますと、第二王女ザビーネ様がよろしいかと」
「そうであるな。メリアがよくザビーネには苛められていると申していたからな。ザビーネには、何度も問いただしたが、何も言わずに視線だけを逸らしておった。そこから考えてもザビーネが良いであろう。あとは――」

 エルダ王国の国王陛下であるベルリアンは、宰相のエルハルトと話を纏めてあげていく。
 


 ――そして数時間後。
 
 謁見の間でのやり取りは、エルダ王国の王都リーズのメリアの元に届いていた。
 メリアは自室で羊皮紙を絨毯の上に投げ捨てると「どういうことなの!」と、感情に任せて叫んでいた。

「信じられない。どうして……、ザビーネお姉さまが神田栄治の妻に……。それに、魔王やドラゴンが怖いからって自国領土を切り捨てるなんて為政者として失格だわ!」

 体を震わせながらメリアは絨毯に叩きつけた羊皮紙を睨み付ける。

「どうやら、事態は私達の想定を超えた動きを見せているようですね」
「リムル。部屋に入ってくる前にはノックをするようにと言ったはずよ?」

 メリアの言葉に、悪びれた様子もなくリムルは「申し訳ありません」と、口だけで謝意を示す。

「それより、ドラゴンですか……」
「ええ、その場に神田栄治も居たそうよ。まるで全部、こうなることを神田栄治が仕組んだとしか思えないわ」
「……まさか」

 リムルの言葉にメリアは苛立ちを含んだ視線を向ける。
 視線をまともに受けたリムルは肩を竦めると。

「メリア様。私が知っている神田栄治と言う男は、人を見る目は無く、少し頭が回る程度の行き当たりばったりの男です。私達の動きを予期して行動を映すような知的な人間とは思えません」
「リムル。貴女は、一度、神田栄治に敗北しているわよね?」
「……」
「いいこと? 貴女を倒したのは神田栄治なのよ? つまり貴女は一度、彼に負けている。彼の普段からの行動が全て演技だったとしたら?」
「そんなことありえません。異性からの好意すら感づかない人間なのですよ?」
「それも演技だとしたら……、私達はとてつもない男に手を出してしまっているのでは……」

 リムルは、メリアの独白を聞くと肩を落とすと、彼女を冷ややかな視線で見ていた。
 それから、数日後。

 エルダ王国の国王から神田栄治宛に書簡が送られたのであった。




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