【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

正妻戦争(21)エルナ VS 神田栄治




「旦那、本当にいいんですかい?」

 俺はベックの言葉に「何か問題でもあるのか?」と言葉を返す。
 ベックの視線の先には、麻袋の中に入っている干し肉を口に運ぶエルナの姿が。
 
「ああ――、俺だけポーションで回復していたら不公平だからな。それに……」
「それに――?」
「対等の条件じゃないと勝っても納得しないだろ?」
「ですが……」

 尚も何か言いたそうなベックから視線をエルナの方へと向ける。
 すると、干し肉を食べ終わり魔力へと変換したのか体中から金色の燐光を放出しているエルナの姿が見えた。

「悪いが少し離れていてくれ。巻き込まれるぞ?」
「――へ?」
「いくでしゅ!」

 エルナが臨戦態勢を取った瞬間、俺は半身に構える。
 俺の構えを見たエルナが眉を潜めると、その場から姿を消した。
 言葉の意味通り、あまりの速さで彼女の動きが見えない。

「旦那!?」

 ベックの焦りを含んだ声が聞こえてくるが、それと意図的に無視する。
 それと同時に左右から音が――、建物の壁に使われている木材が弾ける音を耳が拾う。
 右側からの音が一瞬だけだが、遅れて聞こえてきた気がする。
 殆ど感だが、10年近く冒険者をしていた感に身を委ねながら、左足を主軸に体重を残したまま体を右回転させる。

「――な!?」

 体を半回転させたところでエルナが懐に飛び込んできた。
 彼女からしたら理解出来ないだろう。
 彼女から見たら俺の動きは鈍重極まり無いのかも知れない。
 だが、俺から見たらどんなに動き回ろうとしてもエルナの動きは直線に過ぎない。
 点の動きであったのなら俺では捉えきれないだろう。
 だが――、その動きが直線軌道を描くのなら。

「これが経験の差だ!」

 俺は飛び込んできたエルナの右手首を巻き込むようにして左手で掴みながら、彼女の顎に右手で掌底を添える。
 勢いを殺しきれず突っ込んできたエルナの顎が跳ね上がり後方へと吹き飛ぶ。
 後方に立っていた建物の外壁を破壊し姿を消したあと、よろめきながらエルナは姿を現した。

「――な、何を……した……でしゅか? 脚に力が入らないでしゅ……」

 壁に手をつけたまま必死に体を支えているエルナは納得が行かないといった表情で俺を見ながら言葉を紡いでくる。
  
「さあな? 戦闘の最中に相手に答えを教えると思っているのか?」
「――ッ!?」

 俺の言葉にエルナの顔色が変わるが、本当に足に力が入らないのだろう。
 攻撃をしてくる様子が見受けられない。
 それに、俺自身も少なくないダメージを受けている。
 回復魔法で修復していると言っても、軸足として使っていた左足はしばらく使い物にならない。
 それに、膝の痛みもぶり返したことで激痛にも耐えていることから、正直言って、俺の方が重症であると言わざるをえないが顔に出すことなくエルナを見ながら思考する。

「生活魔法発動!」
「――な、何をするつもりでしゅか!?」

 どうやら、俺の魔法についてかなり注意を払っているように思えるが、俺の生活魔法は簡単に攻略できるほど甘くはない!

「うにゃああああああ」

 生活魔法が発動したと同時にエルナが鼻を押さえて地面の上を転げ始めた。

「なんでしゅか? この、この匂いはなんでしゅか!?」
「くくくっ――、エルナよ、お前は人間の知恵を知らない」
「くしゃいでしゅ!? な、何を言っているのかまったく分からないでしゅ!」
「日本では、キツネは色々と問題を起こしている。そこで忌避剤という匂いスプレーが開発された。そして、その匂いを! 今! この周辺に! 生活魔法で再現したのだ!」

 しかし……。
 生活魔法で出来るかどうか使ってみたが本当に使えるとは……、それに効果は絶大。
 やっぱり人の形をしていても獣人と言ったところか……。
 
「ぐぉおおおおお」

 後ろを振り向くと地面の上でゴロゴロとのたうち回るベックの姿が見えた。

「――ふむ」

 どうやら、獣人というより異世界人には苦手な匂いだったようだ。
 なんとなく察したあと、エルナの方を見る。
 すると、口から泡を吹きながら体を痙攣させて倒れていた。

「……お、おい! 大丈夫か!」

 走って近づく。
 どうやら意識が無いようで地面の上に力無く倒れている。
 
「これは……、まずいかも知れん。すぐに移動したほうがいいな。お、おい! ベック!」

 ベックのほうを見ると、そこには白目をして泡を吹いたベックが地面の上で倒れていた。

「おい! 起きろ!」

 俺は鼻栓を生活魔法で作りあげるとベックの鼻に詰めてから氷水をぶっかける。

「ぎゃあああああああ! つめてええええええ」
「良かった。目を覚ましたか」
 
 やれやれ、手のかかるやつだ。

「だ、だ、だんな。い、一体――。何が……」
「事情は後で説明する。早く馬車を出せ!」
「――え!? ですが――、あ、はい」

 俺の腕の中で倒れているエルナを見て何かを察したのかエルナを抱えて馬車に乗ったのを確認するとベックが馬車を走らせ始めた。

「まずいな……」
「旦那、どうかしたんですか?」
「いや――」

 ベックと問いかけに曖昧に答える。
 本当の事を言ったらパニックになりかねない。

 俺も久しぶりの本格的な戦闘ということで読み違えてしまっていた。
 俺が作り出したキツネが苦手な匂い。
 それを、俺は石鹸を100個作る感覚で周囲の大気に散布した。
 だが――。

「固形と気体の差を考えていなかった……」

 質量の差は圧倒的な物がある。
 おそらく、作り出されたキツネというか異世界人が苦手な匂いは周辺に広がり始めている。
 このままでは、俺の不注意でソドムの町が大変なことになってしまう。

「旦那……、また何かしたのでは?」

 とりあえず言質を取られないように黙秘することにする。
 俺達が乗る馬車が北に向けて走り中央の通りに差し掛かったところで南側から大きな爆発音が聞こえてきた。
 方向からして、リアとソフィアがソルティと戦っているのだろう。
 




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