【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
正妻戦争(15)エルナside
「「エルナしゃま!」」
山猫族と、狼族の少女――、私よりも年齢が低い年少組みが私の名前を呼びながら走って近づいてくる。
二人とも、呼吸が荒い。
何かあったのか……。
「どうしたでしゅか?」
私は、冷静に周囲を見渡しながら年少組みに声をかける。
すると、山猫族の少女が「――た、たいへんでしゅ!」と、呟くと「山猫族が全員、倒されてしまったでしゅ!」と、報告してきた。
「狼族も全滅でしゅ!」
狼族の少女も、報告してくる。
「な、何を言っているでしゅか? お姉ちゃんは、肉弾戦では無類の強さを発揮するから、挟撃の作戦を取ったでしゅよ? ――それなのに、どうして全滅しているでしゅか?」
意味が分からない。
お姉ちゃんは、肉弾戦には秀でている。
だけど、多勢に無勢なら私の計算通りなら縄で縛って身動きできなくすることくらい可能だったはず。
「兎族の兵隊は、どうしているでしゅか?」
「全滅でしゅ!」
「――は?」
二人の報告に私は耳を疑う。
少なくとも、兎族の女が招集した兵士は50人近い。
それらを一人で相手できるほど……、お姉ちゃんは強くない……。
「――どういう……、ことでしゅか?」
何が起きているのかまったく想像がつかない。
いくらお姉ちゃんでも、始まって一の鐘も鳴らずに、こちらの手駒を殆ど下すなんて理解できない。
「……エルナ殿――」
何が起きたか考えていたところで、ランスを杖代わりに兎族の女が姿を現した。
「何があったでしゅか?」
「分からない。目的まで近づいたと思ったら、いきなり周囲に雷鳴が轟くような音が鳴り始めたのだ」
「雷鳴?」
兎族の女が何を言っているのか理解が出来ない。
雷鳴が鳴ったら、私が居る場所まで音が聞こえてきてもおかしくないからだ。
「狼族のところも!」
「山猫族のところも!」
「「大きな雷がなったでしゅ!」」
「それから、どうなったでしゅか?」
「地面に大きな穴が開いて、全員落下したのだ」
私の問いかけに答えてきたのは兎族の女で――。
報告に来た人間の情報が不確か過ぎて答えが導きだすことが出来ない。
私は思わず爪を噛み締める。
計画では、私が正妻になるために全員を利用する予定だった。
――でも、その計画には山猫族と狼族、そして兎族と部下の兵士がお姉ちゃんを消耗させることが前提で。
「使えないやつらでしゅ――」
「「エルナしゃま?」」
「エルナ殿?」
「――何でもないでしゅ!」
私は、すぐに取り繕う。
お母様は言っていた。
私たち獣人族は全員、神代文明人に作られたと――。
そして神代文明人を好むように私たちは遺伝子に書き込まれていると。
遺伝子という単語を、お母様に聞いたけど良く知らなかった。
でも、神田栄治に出会った時に気がついてしまう。
彼を見た時に、私の中に神田栄治を伴侶に! 子供が欲しいと体が思ってしまったから。
だから、お腹が空いていたのもあるけど彼の姿を見たときに私は、幼子の真似をして近づいたのだ!
お姉ちゃんが、神田栄治に気がつく前に森に行くと言って騙して遠回りして先に近づいた。
――なのに、神田栄治は私じゃなくておねえちゃんを選んだ。
「このままでは……」
――私は、爪を噛む。
もともと私は、お母様の連れ子だった。
そして、お姉ちゃんはお父様の連れ子。
新しい父親は、狐族の部族の長になるために私のお父様を殺した。
獣人では良くあることだった。
でも、私は許せなかった。
――だって、いつもお母様が泣いていたから。
それに……、新しく部族の長となった父親は、お姉ちゃんばかり可愛がっていた。
部族の長に、相手にされない子供は、部族の中では迫害されるようになる。
群れから出ていくようにとされたことだってある。
それに私は、獣人が持っていない魔力を持っていたから、父親が守ってくれなかったからより一層立場は酷かった。
お姉ちゃんは、私と同じで魔力を持っていたのに部族の長に守られているから、いつも笑っていた。
そんなことが毎日続けば、憎くて仕方なくなる。
――そんなとき、お母様は教えてくれた。
神代文明人を見つけて正妻になれたら全ての獣人を従えることが出来ると!
私は、お母様の言葉に少しだけ希望を見出した。
だって、お母様が教えてくれたから。
神代文明人が、かなり前に大陸に現れたかも知れないと言っていたから。
――でも、部族の村からすぐに出ていくことはできなかった。
何故なら、お姉ちゃんが私を庇ったから。
自分が、憎む相手に庇ってもらう。
それが、どれほど――、惨めだったものか……。
……でも、魔王が攻めてきて結局は部族の村から出ることを余儀なくされたけど――。
でも、そこでも私はおねえちゃんと行動を共にしていた。
だけど、私一人じゃ生きていけない。
私は憎い相手――、リルカと行動を共にして――。
「お姉ちゃんは、私が欲しいと思ったものを全て奪っていく……」
「エルナ殿。お主の姉は、かなりの力を持っているのでは?」
兎族の女が私に問いかけてくる。
本当に、この女は役に立たない。
「「エルナしゃま! 私たちはどうしたら!」」
狼族と山猫族の女達の心象を良くするために、小さな子供たちの面倒を見ていたけど、こうなったら使い道がない。
むしろ邪魔にしかならない。
きっと私が知らない力をリルカは持っている。
その隠していた力――、それが可愛がられた理由で私を庇っていたのも自分よりも私が圧倒的に弱いと思っていたからに違いない。
「盾くらいには使えるでしゅか……」
「盾? どういうことだ?」
私の一人ごとを聞きとがめた兎族の女が不審な表情で近づいてくる。
――その時。
空気を切り裂いて何かが飛んでくる。
それと同時に飛来してきた何かは、兎族の女が持っているランスを弾き飛ばしていた。
辛うじて何かが飛んできた方向だけは見ることできたけど。
「――あれは……、一体――」
そこには、お姉ちゃん――、リルカの姿があった。
リルカは見たことがない杖を持っていて私をまっすぐに見てきた。
おそらく……。
あの杖が、私の知らないリルカの力――。
私は込み上げてくる憎しみと共に、リルカへと怒りの眼差しを向けた。
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