【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
農耕を始めよう(19)
頬を押さえながら回復魔法を発動させつつ、部屋を出ようとすると怒っていたエルナが後ろから着いてくる。
「――ま、まだ殴り足りないのか?」
「そうじゃないでしゅ! カンダしゃんは、これから領主と話にいくでしゅよね?」
「まぁ、そうだが……」
リルカの妹であるエルナの問いかけに答えながら俺は思考していく。
俺の現在置かれている立場は、悪くはないはずだ。
伯爵令嬢であり当主であるスザンナは、俺が石鹸を大量に作ったという事実を知らない。
アイテムボックスから出したと思っている。
そして、アイテムボックスは容量が決まっていて伯爵邸だけでなく町の一部まで呑み込むほどの量は、アイテムボックス内には入れられない。
――以上の点から、俺が原因だとはスザンナは思っていない。
もし、思っていたとしたら、俺は宿屋ではなく牢獄内のベッドで目を覚ましていたはずだ。
つまり、思ったよりも悪くは思われていないということに繋がる。
ただ、問題点としては作ってしまった莫大な量の石鹸をどうするのか? と、言うことだ。
一応、取引自体は約束として存在はしているが引き渡しはしていない。
そのことから、町や伯爵邸が破壊された原因を俺に求めることも可能であるんだが――。
その変は魔王が! と、でっちあげて話を逸らすのがいいだろう。
「ふむ――」
そこまで考えたところで、俺は思わず歩みを止めて考える。
すると、交渉はかなりシビアになる可能性が非常に高いと――。
まずは責任の所在を魔王のせいにしつつ、石鹸の代金をもらって尚且つ俺は悪くないということにしないといけない。
そのあとは、種籾と、冬を越すための食料の購入とその手配とやることは山のようにある。
どちらにしても最初に行うことは、伯爵を納得させることだ。
「結構、大変な交渉になりそうだな……」
「エルナの力が必要でしゅね!」
俺の独り言に、エルナが自分アピールをしてきたが俺は首を左右に振って否定しておく。
シビアな交渉の場に、扱いの難しい思春期の幼女を交渉の場に連れていくのは不味い。
40年近く人生経験を積んで培ってきた経験が言っている。
エルナを連れていったらリルカを怒らせる結果になると――。
何故怒らせることになるかは分からないが、直感と言うやつだ。
「いや、エルナは来なくていいから」
俺は、エルナに殴られた折れた奥歯を口から吐き出すと、回復魔法で生えた新しい奥歯の調子を確認しながら彼女の問いかけに答えた。俺の言葉に「どうしてでしゅか!」とエルナが詰め寄ってくるが、彼女の頭を押さえて近寄ってくるのを回避する。
「とにかく来なくていいから――」
「――うーっ……」
エルナが不満気な表情をしているが、幼女を連れていって話し合いが破談したら元も子もない。
ここは諦めてもらうしかないな。
俺はエルナが追ってこないことを確認しながら宿から出る。
「なるほど――」
宿から出ると周辺は、一般人――、つまり平民が住まう住宅街であった。
住宅街と言っても恐らくは新興の住宅街なのだろう。
旧住居を利用して作られた東西側とは、まったく別物で全てが木材で作られている。
「さすがは人口1万人を超えるソドムの町だけはあるな……」
「カンダ様、お待ちしておりました」
「――ん?」
声をかけられた方へと視線を向ける。
「たしか――、ニードルス伯爵邸の城壁入り口前に居た――」
途中まで言いかけたところで男は「はい、スカーといいます。ニードルス伯爵様より神田栄治様をお連れするようにと賜っております」と語りかけてきた。
「そうか――」
男の言葉に、俺は短く言葉を返す。
「それではこちらに――」
男は宿の前に停めてあった馬車を指差す。
馬車の扉はすでに開いており、中には人影があった。
その人影は、エルナであり……。
「神田栄治様、どうかされましたか?」
「いや、中に人が――」
「はい、奥方の妹と聞いておりましたので――」
「……そうだな」
兵士の対応は間違ってはいない。
間違ってはいないが……。
「エルナ、大事な話があるから伯爵様と話をしているときは余計なことは言うなよ?」
この状況で宿に帰すと入らぬ詮索を受ける可能性がある。
ここは、仕方ないと諦めるしかないな。
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