【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
ヒーリング。
――ライエル山の裾野に広がる大森林地帯。
開拓村エルと隣接している大森林には、多くの魔物が住むと言われている。
俺は冒険者として、大森林に分け入ったことはないが時々、人間が入ってきては亜人と交戦しているらしい。
「しかし……」
俺は両膝に手を置きながら、蒸せるほどの緑の匂いに大きく溜息をつく。
開拓村エルで唯一の家であるログハウスを出てから、大森林に入ってすでに10分近くが経過している。
それなのに、まったく景色が変わらない。
歩けども森があるだけだ。
「リルカ、方向とか間違ってないよな?」
痛む足を擦りながら、リルカに話かける。
「はい、もう少しですけど……、カンダさん、足をどうかしたのですか?」
「カンダしゃん?」
リルカとエルナが俺の様子が、おかしいことに気がついたのか近づいてくる。
そして、俺の近くまでくると擦っている足を嗅いでくると「カンダさん、怪我をした箇所を見せてもらえますか?」と問いかけてきた。
「別に怪我は、治療済みだぞ? それに、かなり前の怪我だから治せないと思うが――」
この世界の回復魔法は万能ではない。
傷口を縫ったり血を止めたりすることが出来るくらいだ。
病気などにはほぼ効果がない。
ただ、迷宮に潜ったときに竜クラスの魔物を倒したときに体内から取れる魔石を媒体に魔法を使えば数倍まで回復魔法や攻撃魔法、そして生活魔法の力を引き上げることが出来る。
それを使えば、俺の膝の痛みも取り除けるかも知れないが……。
ドラゴンを倒せるのは超一流の冒険者パーティを集めたレイド戦くらいだ。
一つのパーティでは4人までしか申請は冒険者ギルドでは受け付けていないが、レイド戦――つまりレイド戦になれば最大8パーティ。
32人までがパーティを組んで戦うことが出来る。
ただ、ドラゴン以外の討伐では、めったにレイドパーティが組まれることはない。
何故なら組んでもメリットが殆どないからだ。
それは自らの命を対価の天秤に載せて貨幣を手にいれる冒険者だから。
冒険者は自分たちの利益には煩いのだ。
ただ、一応は冒険者にも規則ではないが守られている風習のような物が存在している。
それが冒険者同士は手助けし合うというものだが……。
まぁ、それにも限度があるもので一貫性の物なら問題ないが、俺みたく膝を故障した人間を養うほど冒険者も甘くはない。
なので、結局はなんらかの町の中での仕事――つまり雑務をこなすことになるわけだ。
「大丈夫です! ちょっとだけ! ほんの少しだけ! 少しでいいですから見せてください!」
「お、おう――」
リルカの、あまりの剣幕に俺は少し引きながらも木綿で編まれたズボンを脱ぐ。
下には、転移してから、ずっと愛用してきたトランクスを履いている。
生活魔法が使えるようになってから、トランクスには常時、劣化防止の魔法を掛けているのだ。
何故か知らないが異世界から持ってきた俺のトランクスは、魔力の流れがとてもいい。
理由は不明だ。
ただ、おかげで下着には悩まされなくいいのが良い所だろう。
そんな俺のトランクスをリルカが興味深そうに見てくると、匂いを嗅ごうとしてきた。
それはいかん!
俺は、咄嗟にリルカから距離をとる。
「あっ、ごめんなさい。つい雄の匂いが……」
「もう、ズボン履くぞ!」
「待ってください! ちょっとだけですから!」
尻尾を振りながらリルカが目を潤ませて近づいてくる。
俺はリルカの頭の上に少し強めに手刀を落とした。
「痛っ!?」
「正気に戻ったか?」
「……ハッ! は、はい!」
顔を真っ赤にしたリルカが、尻尾を振りながら俺から少し距離をとる。
「それで、俺のズボンを下ろさせてお前は何をしたかったんだ?」
「――あっ!」
「忘れていたのかよ……」
俺は呆れた声で一人呟く。
すると、エルナが自分自身の両手を軽く叩くと、「お姉ちゃんは、はつじょーきでしゅ」と、語りかけてきた。
エルナの言葉にリルカが「こら! エルナ!」と怒っていたが、たしかキツネの発情期は、春から秋にか けてだったはずと、動物図鑑を思い出して思わず頷く。
それなら夏から冬にかけて向かっている現在のエルド王国は、日本で言うところの8月から10月に属する。
キツネ耳をつけている獣人のリルカが発情期になっているのも致し方ないだろう。
「リルカ。発情期は、どの生物にも存在する子孫を残すためには必要なことだ。それよりも、先ほどの膝を見せてほしいという理由を教えてほしい」
「あっ――、はい……」
エルナを捕まえる直前にリルカが立ち止まると、顔を真っ赤にしたまま近づいてくる。
「えっとですね。魔力を持つ獣人の唾液には、傷や怪我の治りを早くする力が備わっているのです」
「ふむ……。たしか、そういうのを本で読んだことがあるな」
「すごいです! カンダさんは、何でも知っているのですね?」
「何でもは知らない、知っていることだけ知っているだけだ」
「それでも、獣人の秘密を知っているのは……あれ? もしかして人間は、全員知っているのですか?」
赤くしていた顔を真っ青にしてリルカが聞いてくる。
「どうだろうな? 少なくとも、そんな話は聞いたことがないな」
「そうですか……良かったです」
リルカは、ホッとした表情をして俺の問いかけに答えてきた。
「それじゃ、リルカがしたいことってもしかして――」
いくらなんでも怪我のためとは言え、女子高生くらいのキツネ耳の超絶美少女に膝を舐められるなど、それはいけない。
とりあえず、注意を……しな……いと……。
「ぺろぺろ」
考えている間に、膝を舐められていた。
どうやら考える時間が長かったようだな。
「ぺろぺろぺろ」
いやいや、何をされるがままになっているのか!
きちんと言わないと……言わない……と……?
「痛みが引いていく――?」
先ほどまで、矢を受けた膝がアレほど痛かったというのに、今では嘘のように痛みが感じられない。
「カンダさん、どうですか?」
「ああ、殆ど痛みがない。それよりも……すごいな……」
「一時的なヒーリングですので、治るまでは何度か同じことをしないといけませんが……」
「つまり、膝の痛みが取れる可能性があると?」
「はい!」
リルカの言葉に一瞬、リアとソフィアの顔が脳裏に浮かんだが――すぐに俺は頭を振る。
もう彼女達とは終わったのだ。
いまさら膝が治ったところで元の鞘に戻るわけもないのに……。
何をまた、俺は夢を見ているのか――。
今の俺には、リルカとエルナが居るのだから、彼女達から頼られている限りは、離れるわけにはいかないし、それに辺境の村エルの開拓もあるからな。
コメント
柴衛門
わしは膝よりも腰が痛い…