霊力・妖力・魔力すべてマスターしたけど普通に青春楽しみます!
プロローグ 〜出会い〜
暗がりに伸びる長い影。
街灯に照らされて、コートの男が一人歩いていた。ポケットに手を突っ込み、コンビニ袋を提げている。
「ぼちぼちやめよっかなぁ……」
元気のない吐露は、白んだ息とともにすっと宙に消えていった。
話す相手もおらず、無言のままぽつぽつと歩く。やがてマンションの階段を上り、その一室の扉を開けた。
「ただいま……」
と言っても、出迎える者はいない。物ばかり溢れ返った部屋で寂しさを紛らわすには、この言葉を吐き出す以外にないのだ。
彼の名は、赤迫時行。28歳の営業マンである。安い月給に甘んじながら、ひたすらクライアントに謝る日々を過ごしている。
時計の針は頂点に達していた。日が変わる頃に帰宅。これも彼の日課であった。
「ぐはー」
帰るなり、ベッドに倒れ込む。夕食用に弁当を買ってきたが、この時間になると食べる気が起きない。
このまま眠ってしまっても良いように、目覚まし時計に手を伸ばしたそのとき、隣の写真立てが目に入った。それはかつて、時行が青春時代を楽しんだ高校の集合写真だった。
皆、笑顔に満たされている。
「小春……」
十年も昔の想い人の名を、寝言のように呟いた。
途端、目を覚ました。上体をむくっと起こし、目覚まし時計があるはずの場所をまさぐる。
掴んだのは、柔らかな白百合であった。
「……は?」
慌てて周囲を確認する。見渡す限りの花畑。
「夢……か……?」
それにしては、白百合の触感はやけにリアルだ。例のごとく頰をつねってみると、痛みはもっとリアルだった。
ただ、この気温はリアルでない。先程まで感じていた冬の寒さはなく、春の日差しに包まれている。
「どこだ、ここ……」
「目を覚ましたんですね!?」
唐突に女性の声がして、時行は仰け反った。
声の主は、「何か」を握って時行の元へ駆け寄った。
「良かった……死んでいるのかと」
「いやいやいや! なんだよそれ!?」
「え?」
「手に持ってるそれだよ!」
女性は透き通るような肌をしていた。白百合よりも白く、艶があり、この世のものとは思えぬほど。
しかし、そんなことよりも気になったのが、彼女の持つ人参のような植物だった。いや、生き物かもしれない。それは微かながら、確かに悲鳴を上げていた。
「タスケテ……オネガイ……」
女性はくすくすと笑った。
「そっか、このあたりのマンドラゴラは面白い鳴き方するから」
「マンドラゴラ!? いやだって、え? あのマンドラゴラ!?」
「そうよ、あのマンドラゴラ。粉にして呑むと万病に効くっていう。なぜかこんなところで寝てるあなたには、とりあえず必要かなって」
女性は笑顔で、そのマンドラゴラとやらを突き出してみせた。
「イキハジヲ……サラシタクナイ……」
(これを飲まそうとしてたのか……?)
時行は怖気でまたもや仰け反った。
「あ、いやその、ありがたいんですけど、俺は動物を飲み干す趣味はないかなと」
「動物? マンドラゴラはれっきとした植物。嫌悪感を出して身を守るために鳴いてるけど、意思を持ってるわけじゃないわ」
「だとしても、俺からしたら動物にしか見えなくてですね……」
「でも応急措置には適してて……」
女性ははっと我に返って、前のめりになった姿勢を戻した。表情はどこか虚ろである。
「ごめんなさい……押し付けようとするから嫌われるのよね、エルフって」
(エルフ……?)
エルフというのは、あのエルフだろうか。彼女の美貌はエルフの名に相応しいが、特徴的な耳は、長髪に隠れて確認できない。
時行の混乱には気付かず、女性は自らの両頰をパンっと叩き、その瞳に力を取り戻した。
「私は、あなたの意思を尊重するわ。でも……どうしてここにいるか憶えてる?」
「……そうだな」
寸前の、自宅で寝落ちしたところまでは憶えている。しかし、そこからこの不思議な場所まで、どうやって移動してきたのか。
マンドラゴラの件もそうだが、何も知らないのに口を挟むと、ただ話をややこしくするだけに思われた。
「……憶えてない」
時行の答えを聞いて、女性は眉をひそめる。
「記憶障害……だとすると、頭を打った線が濃厚ね。言葉ははっきりしているし、大丈夫だとは思うけれど……」
時行の顔色を伺っていることは、彼女の仕草から安易に見て取れた。
先程から、この女性は何か負い目を感じているのだろう。人との距離感がわからず、踏み込むべき位置を迷っている。
まるで異世界のような空間にやって来て、右も左もわからない時行にとって唯一、そして初めて理解できたことが、彼女の心情であった。
だからだろうか、無性に優しくしたくなってしまった。
「さっきは妙にゴネてすみません。助けようとしてくれたんですよね?」
「え? ま、まあ……」
「なら、言うことはちゃんと聞きます。だから、思ってること、全然言ってくれていいです」
女性は一瞬、明るくなった目元を、唇を噛むことでひた隠す。
時行もまた、噴き出しそうになるのを堪えた。
「じゃあ言わせてもらうわ。反響系の魔力で助けを呼んだから、もうじき到着するはず。それまでは安静にしていて。マンドラゴラは……無理に食べなくてもいいけど、良かったら食べてほしいな」
「……直接?」
「うん。調理器具がないから……だから、無理に食べなくてもいいってば! 
そんな嘔吐しそうな顔しないで!」
女性は少し笑みをこぼしながら、立ち上がった。
「で、私は私で、一度街まで戻るわ。大丈夫だと思うけど、何かのすれ違いで救助が来ない可能性もあるもの」
「わかった」
「伝えるべきはこんなところかしら。もう行ってしまうけれど、逆にあなたからは何かない? 不安なこと、聞きたいこと」
聞きたいことは山ほどある。この世界は、エルフとは、魔力とは……しかし、そのために使っている時間は惜しいことなど、時行でもわかった。
「……一つだけ」
「なに?」
「きみの名前は……?」
今にも走り出そうと背を向けていた女性は、ふと止まり、くるりと向き直った。輝く金髪が翻り、瞬間、尖った耳がちらりと覗く。
「自己紹介がまだだったわね。私の名は、コハル・ティルミシフィア。ティルミシフィア修道院に属する……そうね、見習い看護婦といったところかしら」
時行の止まった青春時代が、動き始めた。
街灯に照らされて、コートの男が一人歩いていた。ポケットに手を突っ込み、コンビニ袋を提げている。
「ぼちぼちやめよっかなぁ……」
元気のない吐露は、白んだ息とともにすっと宙に消えていった。
話す相手もおらず、無言のままぽつぽつと歩く。やがてマンションの階段を上り、その一室の扉を開けた。
「ただいま……」
と言っても、出迎える者はいない。物ばかり溢れ返った部屋で寂しさを紛らわすには、この言葉を吐き出す以外にないのだ。
彼の名は、赤迫時行。28歳の営業マンである。安い月給に甘んじながら、ひたすらクライアントに謝る日々を過ごしている。
時計の針は頂点に達していた。日が変わる頃に帰宅。これも彼の日課であった。
「ぐはー」
帰るなり、ベッドに倒れ込む。夕食用に弁当を買ってきたが、この時間になると食べる気が起きない。
このまま眠ってしまっても良いように、目覚まし時計に手を伸ばしたそのとき、隣の写真立てが目に入った。それはかつて、時行が青春時代を楽しんだ高校の集合写真だった。
皆、笑顔に満たされている。
「小春……」
十年も昔の想い人の名を、寝言のように呟いた。
途端、目を覚ました。上体をむくっと起こし、目覚まし時計があるはずの場所をまさぐる。
掴んだのは、柔らかな白百合であった。
「……は?」
慌てて周囲を確認する。見渡す限りの花畑。
「夢……か……?」
それにしては、白百合の触感はやけにリアルだ。例のごとく頰をつねってみると、痛みはもっとリアルだった。
ただ、この気温はリアルでない。先程まで感じていた冬の寒さはなく、春の日差しに包まれている。
「どこだ、ここ……」
「目を覚ましたんですね!?」
唐突に女性の声がして、時行は仰け反った。
声の主は、「何か」を握って時行の元へ駆け寄った。
「良かった……死んでいるのかと」
「いやいやいや! なんだよそれ!?」
「え?」
「手に持ってるそれだよ!」
女性は透き通るような肌をしていた。白百合よりも白く、艶があり、この世のものとは思えぬほど。
しかし、そんなことよりも気になったのが、彼女の持つ人参のような植物だった。いや、生き物かもしれない。それは微かながら、確かに悲鳴を上げていた。
「タスケテ……オネガイ……」
女性はくすくすと笑った。
「そっか、このあたりのマンドラゴラは面白い鳴き方するから」
「マンドラゴラ!? いやだって、え? あのマンドラゴラ!?」
「そうよ、あのマンドラゴラ。粉にして呑むと万病に効くっていう。なぜかこんなところで寝てるあなたには、とりあえず必要かなって」
女性は笑顔で、そのマンドラゴラとやらを突き出してみせた。
「イキハジヲ……サラシタクナイ……」
(これを飲まそうとしてたのか……?)
時行は怖気でまたもや仰け反った。
「あ、いやその、ありがたいんですけど、俺は動物を飲み干す趣味はないかなと」
「動物? マンドラゴラはれっきとした植物。嫌悪感を出して身を守るために鳴いてるけど、意思を持ってるわけじゃないわ」
「だとしても、俺からしたら動物にしか見えなくてですね……」
「でも応急措置には適してて……」
女性ははっと我に返って、前のめりになった姿勢を戻した。表情はどこか虚ろである。
「ごめんなさい……押し付けようとするから嫌われるのよね、エルフって」
(エルフ……?)
エルフというのは、あのエルフだろうか。彼女の美貌はエルフの名に相応しいが、特徴的な耳は、長髪に隠れて確認できない。
時行の混乱には気付かず、女性は自らの両頰をパンっと叩き、その瞳に力を取り戻した。
「私は、あなたの意思を尊重するわ。でも……どうしてここにいるか憶えてる?」
「……そうだな」
寸前の、自宅で寝落ちしたところまでは憶えている。しかし、そこからこの不思議な場所まで、どうやって移動してきたのか。
マンドラゴラの件もそうだが、何も知らないのに口を挟むと、ただ話をややこしくするだけに思われた。
「……憶えてない」
時行の答えを聞いて、女性は眉をひそめる。
「記憶障害……だとすると、頭を打った線が濃厚ね。言葉ははっきりしているし、大丈夫だとは思うけれど……」
時行の顔色を伺っていることは、彼女の仕草から安易に見て取れた。
先程から、この女性は何か負い目を感じているのだろう。人との距離感がわからず、踏み込むべき位置を迷っている。
まるで異世界のような空間にやって来て、右も左もわからない時行にとって唯一、そして初めて理解できたことが、彼女の心情であった。
だからだろうか、無性に優しくしたくなってしまった。
「さっきは妙にゴネてすみません。助けようとしてくれたんですよね?」
「え? ま、まあ……」
「なら、言うことはちゃんと聞きます。だから、思ってること、全然言ってくれていいです」
女性は一瞬、明るくなった目元を、唇を噛むことでひた隠す。
時行もまた、噴き出しそうになるのを堪えた。
「じゃあ言わせてもらうわ。反響系の魔力で助けを呼んだから、もうじき到着するはず。それまでは安静にしていて。マンドラゴラは……無理に食べなくてもいいけど、良かったら食べてほしいな」
「……直接?」
「うん。調理器具がないから……だから、無理に食べなくてもいいってば! 
そんな嘔吐しそうな顔しないで!」
女性は少し笑みをこぼしながら、立ち上がった。
「で、私は私で、一度街まで戻るわ。大丈夫だと思うけど、何かのすれ違いで救助が来ない可能性もあるもの」
「わかった」
「伝えるべきはこんなところかしら。もう行ってしまうけれど、逆にあなたからは何かない? 不安なこと、聞きたいこと」
聞きたいことは山ほどある。この世界は、エルフとは、魔力とは……しかし、そのために使っている時間は惜しいことなど、時行でもわかった。
「……一つだけ」
「なに?」
「きみの名前は……?」
今にも走り出そうと背を向けていた女性は、ふと止まり、くるりと向き直った。輝く金髪が翻り、瞬間、尖った耳がちらりと覗く。
「自己紹介がまだだったわね。私の名は、コハル・ティルミシフィア。ティルミシフィア修道院に属する……そうね、見習い看護婦といったところかしら」
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