村人の俺と勇者パーティーの剣士が入れ替わり

矢橋民生

第一話「俺は村人。名前はある」



 俺は村人だ。正真正銘の村人であり、それ以上でもそれ以下でもない。村人界では有名なクズではあるが、クズと呼んでいる奴らより劣っているかと言われればそうではない。身体面では全員モブなので変わらないが、性格的な面でクズと呼ばれている。何がクズなのかはよくわからないが、こんな腐った世の中で生きているのに腐らない奴らの方がよっぽど頭が悪いうんこちゃんだ。

 この世界は役割がある。大きく分けると主役とモブだ。主役は主に勇者を担ったり、戦士であったり、その他重要なポジションに置かれる人のことだ。そしてモブは正真正銘、役に立たない人間のことだ。それは村人や序盤の敵キャラのことを言っているかと言われればそうではない。村人でも案内役は主役級なのだ。モブと呼ばれるものは役が立たないという烙印を押された者たちのことだ。俺はそんなモブの一人であり、その中でもクズと呼ばれているので、社会的地位は野○村議員ぐらいしかない。そもそもそんな役割を与えられた俺は当然に腐るに決まっているだろう。というか、腐れよ、モブたち。

 そんな村人である俺は街に買い物に行っていた。街からの視線は痛い。あいつが村人界一のクズかと噂されたり、可哀想と言われたり、あいつのあとに風呂に入ると変なものが浮いてると言われたり……おい、ちょっと待て。入ったことあんのか、お前は。
 店に入り、食べ物を見ていると、店員がこっちへ来る。若い女の子だ。可愛いなぁ、抱きたい。
 女の子はこちらへ来ると一言で俺を撃墜した。

「村人のクズ。うちの店に入らないでよね」

 こいつ……殺してやろうか。なんだこいつは、なんだこいつは!?顔だけはまあいいとしても、この性格はいかがなものか。こいつを嫁にもらったやつは毎日毎日尻を敷かれて罵倒され、一生を奴隷として終えるのだろう。家に帰ったら暖炉がつけっぱなしで布かなんかに引火してればいいんだ。そんで、燃えカスになって俺に謝りに来やがれ。
 俺は血管を器用にピクつかせながらも、顔はクールに保ち、女の子に言ってやる。

「お嬢さんよぉ、俺の名前は伊吹だ。クズだ、クズだ言ってるとお前んちの畑が明日からどうなっても知らねえぜ」

 これこそクズ道を極めし男。伊吹充である。名前はあるんだからそっちを使ってくれないと。明日は畑荒しで一日終わりそうだな。女の子を脅して、立ち去ろうとすると、店の入り口の方から何やら騒ぎが聞こえる

「剣士様だぁーー!!剣士様が来たぞぉーー!!」

 モブが叫んでいる。可哀想にこれだけが彼に与えられた役割なのだろう。入り口の方を見ると勇者パーティーの剣士とやらが優雅に歩いていやがった。何が剣士だ。剣を振り回す乱暴者じゃん。そんなの今どき時代劇でもやんねえよ。
 俺が心の中で悪態をついていると、そいつはこちら側に歩いて来た。もちろん、俺には目をくれるはずがない。 

 ……なんか、腹立つなぁ。足でも掛けてやろうか。
 俺はそう決心し、剣士がここを通るのを待った。剣士は何も警戒せずに俺の前を通りかかり、俺が出した足に引っかかった。よし、と思ったが剣士の足はとても鍛えられていて、剣士も転んだが、俺も転んでしまった。
 いってえな、このやろう。ぶっ殺すぞ、と思いながら、剣士を見た。するとそこには 

 俺がいた。俺だ。正真正銘のイケメン、伊吹充が俺の前に爆誕したのである。なんだなんだ、どうなってんだ!?俺の前に同じ俺が現れるなんてありえねえと思いながら、後ずさると何やら体の動きがいつもと違う。俺は体を触って確かめると、俺の着ていた服と全く違う材質でいかにも高そうな材質なものになっていた。そう、俺の体は、俺の体は……

 剣士の体になっていたのだ!!……ビックリマーク二個で済む問題じゃねえよ、なんだよこれ!?なんで剣士の体に俺がなってんだよ!ていうか、前にいる伊吹充は誰が絶賛動かしてんだよ!と思ったが、ラノベ好きの俺から見て、これはつまり入れ替わりだと思われる。そもそもこの世界はファンタジーなのだからそれもありえない話ではないだろう。

 俺が前にいる俺に話しかけようと、相手の方を向くと、中身が剣士と思われるそいつは、こちらをにらみ、俺の腰にかかっていた笛を取り出した。そして笛をおもむろに握った。
 すると次の瞬間、そいつはこちらに飛びかかってきた!なんでなんだよっ!そんでなんかいってるし!

「俺の体を返しやがれっ!」

 なんでこんなことに……。このとき俺はこれからの生活が急変してしまうとは思っていなかった。



 
 

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