花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

9

 たどたどしい手でアレンジメントにストロベリーキャンドルを加える早乙女さんを見つめながら、カウンターの中で椅子に腰掛ける女の子がぽつりと呟いた。

 「喜んで…くれるかな」

 「ん?」

 アレンジメントに合わせるリボンを作りながら、何となくそう返した。すると女の子はぎゅっとスカートの裾を握りしめて

 「…喧嘩しちゃったんだ」

 「お友達と?」

 手を休めずに優しい口調で早乙女さんが問うと、女の子は「…うん」と小さく返事をして頷いた。

 だからあんなに落ち込んでいたのか。

 こういう時に気の利かない僕は小さく唸った。いつからか僕は喧嘩みたいな面倒事を避けていたし、苛立ったりしてもあまり表に出すことをしなかったおかげでここ何年かは喧嘩らしい喧嘩はしてない。

 でも、ここまで深刻そうに悩んでいる彼女の事情を他人事として見過ごす訳にはいかない気がしていた。

 「…これ…その友達にあげるん?」

 絞り出すように投げかけた僕の言葉に女の子は時折声を震わせながら、

 「うん…こないだ、その子の誕生日だったんだ。みんなはプレゼントあげてたけど、私は…何もあげられなくて…」

 一瞬窓の外に目を向けてため息をつくと、寂しげに目を伏せた。

 ストロベリーキャンドルを差し終えた早乙女さんはそのバランスを確認する為かアレンジメントを持ち上げてぐるりと回しながら見る。ストロベリーキャンドルがうまく加わることで地味な生クリームのケーキは華やかなショートケーキに変わっていた。

 「喧嘩するほど仲が良い、なんて…昔からそう言われてて」

 「え?」

 女の子が顔を上げて早乙女さんを見上げた。自分で納得がいったのかカウンターにアレンジメントを下ろして、苦手なフィルムでの包装に手を付けながら早乙女さんが呟くように言った。

 「羨ましいな、あなたが。私は喧嘩する友達なんていないのに」

 「お姉さん…友達といつも仲良しなの?」

 女の子の質問に早乙女さんはふふっと笑うと、

 「友達自体、いないの。いつも一人ぼっち」

 頼れる先輩はいるんだけどね。

 セロファンをこれまた不器用にホチキスで留めながら早乙女さんは僕を一瞥し、いたずらっぽく笑った。そんな笑顔を見るのは初めてだったけど、その笑顔の裏に何があるかくらいは容易に想像がついた。

 事情を知らない女の子は首を傾げながらも話の続きを促す。なんとか包装を終えた早乙女さんはやっと手を止めて女の子の方を向いた。その、張り付いたような…でも、どこか慣れたような笑顔のまま。

 「だから、喧嘩できる相手がいるのってとても素敵なことなんだなって思うの。ぶつかり合うことって、物凄く大事なことなのよね。酷いことを言い合えるのも、取っ組み合い掴み合いの喧嘩が出来るのも…それ程二人の間に絆があるからこそだと思う」

 べらべらと饒舌になる早乙女さんを僕と店長はポカンと眺めていた。しかし女の子は真剣な眼差しで彼女の話に聞き入っている。

 僕が作ったリボンをアレンジメントにかけて、今度は満足げな笑みを浮かべた。その横顔は大和美人そのもの。優しげで柔らかくて、白い肌に差した朱が一層美人を際立たせる。

 いつの間にか雨の音はしなくなっていて、日は出ていないけど、空はなんとなくさっきよりも明るくなっている気がした。

 アレンジメントを早乙女さんから受け取った女の子はまた目を伏せた。でも今度の表情は口元も緩み、些か和らいでいるように思えた。

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