花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 文化会館には真っ新な制服に身を包んだ新入生やその保護者たちが続々と集まっていた。まだ制服に着られている新入生たち。ピカピカの一年生なんて言葉があるけど、本当にピカピカキラキラ輝いているように見えた。

   しかしながら午前中早めとは言ったものの、到着した頃はまだ開式までには十分に時間があった。新入生に紛れて会場に入り、窓口を探す。

   大きな会場だ。この時間に既にこれだけ集まっているということは、この後もっと増えるのだろう。会場が非常に混雑する為、「午前中早め」とわざわざ指定したに違いない。

   確かに揉みくちゃにされてせっかくの花が台無しになるようなことも起きかねない。ただでさえ既に揉みくちゃだというのに。

   人混みに流されて、花を守り汗だくになりながらも漸く窓口に着いて、僕は帽子を取った。

   「すみません、Flower shop Cigogneです…石山カオル様宛のお花をお持ち致しました」

   うちの店の名前…Cigogneスィゴーニュはフランス語で「コウノトリ」という意味らしい。コウノトリは赤ん坊を運んで来るらしいけど、その「運ぶ」ってのと「配達」を掛けてるとか。

   お得意の営業スマイルを振りまきながら窓口に座るPTA役員らしき女性に話し掛ける。女性は一瞬きょとんとした後、はっと我に返って手元の名簿をめくり始めた。

   別に誰も咎めないだろうが、妙な背徳感を感じつつもこっそり名簿を覗き込んだ。

   A4サイズの紙にだいたい1クラス分の40人はいるだろう名前が2列になって書かれている。その紙が10数枚。かなり生徒数が多いようだ。

   そして一番上に「I大学付属高校」の文字。

   I大学付属高校、略してI高。確か沙苗ママの娘さんと早乙女さんが通う高校で、大学はそうでもないけど、超お嬢様学校だ。

   そう言えば沙苗ママはシングルマザーで娘さんと二人で暮らしている。昔はバーのママをしてたから、通称はママ。娘さんは身体が弱くて、すぐに体調を崩すからよく仕事を抜けたりしている。

   そう考えるとあれだけ性格のきつい沙苗ママがかなりいいお母さんに見える。娘さんも年齢の時期ながらもお母さんを尊敬してるようだし。

   PTAの女性はまだ名簿をパラパラとめくって、要領悪そうに一人一人名前を確認している。若干の苛立ちを感じながらも名簿から目を逸らし、仕方なく女性の反応を待つ。

   早く店に帰りたいんだけどなあ。

   手持ち無沙汰になり、辺りをキョロキョロと見回し始めた。お嬢様学校でも、男子生徒はいる。生徒の殆どは金持ちだったり頭が良かったりするんだろうな。地元の高校を出た僕には雲の上の存在だ。

   「すみません、Fiorista acquamarinaですけども…」

   隣の窓口の方で声がする。「フィオリスタ アクアマリーナ」って言ってたな…。

   ハッとして声のする方へ首を捻る。

   肩にかかった黒髪のウルフカット。白いシャツの袖を捲って、左腕に時計と黒いヘアーゴムを着けた背の高い女性が大きなアレンジメントを手に立っていた。決して美人な訳ではないが、笑顔は愛嬌に溢れていて可愛い。

   「…眞鍋さん!」

   僕は思わず彼女に声を掛けた。眞鍋さんは驚いた顔でこちらを向くと、またあのくしゃくしゃの笑顔を浮かべて、

   「あ!水嶋さんだー、こんにちは」

   眞鍋さんの働くFiorista acquamarinaはCigogneから数キロ離れたところの住宅街の中にぽつんと佇む小さな花屋で、客入りはそこそこらしいがアレンジメントやブーケより鉢植を専門とした店だ。しかしこの時期はやはりアレンジメントなどの注文は多いようで、アルバイトで雇われた彼女でも地図を持って走り回るくらいである。

   「そちらもお忙しいですか?」

   「ぼちぼちですね」

   同業者特有の定番のセリフで問われ、定番のセリフで返した。そもそも今日は始まったばかりで、今日がどれほど忙しく、どれほど予約が入っているかなど、まだわからない。

   見た目にそぐわない彼女のおっとりとした話し方は忙しくふらふらになった心を癒してくれる。彼女の人気は店でもあるようで、特にお年寄りからの支持が圧倒的なんだとか。

   「すみません、お待たせしました」

   PTAの女性が漸く顔を上げた。あとは伝票の名前と一致させて、受け取りのサインを貰って、花を渡して、終わりと。

   沙苗ママの機嫌が悪化する前に早く帰りたかった僕はさっさと手続きを済ませようとしたが、いかんせんこの人の手際が悪いものだからひとつひとつの作業が遅い。

   一方で隣の眞鍋さんは、とうに手続きを全て済ませて窓口の男性へ律儀にぺこりと頭を下げている。

   …まあいいや、僕は悪くないんだし。

   ちらりと時計を見ると、来てから5分は優に経っている。帰ったら何時くらいでその頃には店長は来ててアレンジメントが何時からと何時からと…とりあえず今後のスケジュールだけ考えて苛立ちを抑えることにした。

   「…ここにサインして、ここから千切って貰えると助かります!」

   突然横からするりと誰かが入って来て、女性の手元にある伝票を指を差しながら説明をし出す。

   ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。

   この香り…

   視線を受付に戻すと、女性にひとつひとつ丁寧に説明する白いシャツ。それが誰であるかに時間は要さなかった。

   ドキッと跳ねる心臓。

   「ま…眞鍋さ…!」

   「お時間頂いてありがとうございます!ではお花の方、失礼しますね!」

   僕の呼びかけも耳に届かないのか、眞鍋さんは身体を起こして僕の背を押す。ぎこちなく僕も笑顔を浮かべると、

   「では、よろしくお願いします!」

   アレンジメントを女性に手渡した。

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