花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 店に帰るや否や、物凄い怒号が飛び込んできた。思わず耳を塞ぐが、

 「航!ちょっと聞いてよ!」

 沙苗ママのお呼び出しを喰らった。露骨に嫌な顔をするが、沙苗ママの怒りは変わらない。

 「何ですか」

 「配達のルートさ、これじゃ時間かかるでしょ?!それなのに伊藤くんはこうしろ、航ならこうして組むなんて言うの!おかしいでしょ?!」

 伊藤くん…ケンさんも仁王立ちになって物凄い顔をしている。

 本当この二人は犬猿の仲だ。いつもいつも仕事中に喧嘩して…面倒極まりない。しかも挙句の果てには全て店長に責任が回ってくる。困ったものだ。

 ちらりと奥に目をやると、怯えた様子の早乙女さんが今にも泣きそうな表情でスタッフルームから顔を出している。喧嘩するのはいいけど、ここではやめて欲しい。お客さんがいなくて良かったけど…だから喧嘩していいかどうか別だ。

 だけど、言うべきことを店では言えるのが僕な訳で。

 「とりあえず、言い合いするなら奥でして下さい。配達ルートは僕が組んで、出来る分は全部僕がやるんで」

 余計なことは言わない。カウンターに歩み寄って、ケンさんの手から伝票をひったくると一枚一枚住所を見る。

 6件。二人で配達を回すならエリアを分けて4件と2件。僕が近場で配達までに時間のある4件、車で配達するケンさんには遠いけど時間が押している2件行ってもらって…急な注文が入った時のために店にはとりあえず一人誰かに残ってもらおう。

 ものの2分でルートが決まった。

 「…これなら時間短縮できますよ。僕が4件。2件は遠いけどケンさんが行くとすれば…これなら回りますよね」

 去年は配達のリーダーをしてたから、配達業務はお手の物。ぽかんとする二人を余所目に、さっさと地図を広げてルーティングする。

 すると早乙女さんは恐る恐るスタッフルームから出て来ると、震えた声で

 「あの…アレンジメントがまだ出来てない分があって…その…」

 ごめんなさい。

 ぺこりと頭を下げた。

 早乙女さんは何も悪くない。謝る必要だってない。むしろ被害者に近いものがあるだろう。僕は地図から顔を上げると、

 「じゃあ、早く作れる分から作ってくれへんかな。一番早い分でもまだ時間はあるから…出来ないなら、僕も手伝うし」

 早乙女さんが恐れないよう、優しく柔らかく言うと、少し安心したように早乙女さんはこくりと頷いた。

 僕が居なければ、ああして怖がっていた早乙女さんにまで沙苗ママの怒りは飛び火していたに違いない。配達が無い日なら、僕が沙苗ママの機嫌を取ることができるんだけど。

 「とりあえず、ケンさんはルーティングと釣り銭の準備をして下さい。ママ、アレンジメントの準備は出来てます?とりあえず車で配達に行ける分はそろそろ出ないとダメなんで」

 伝票をまとめてアレンジメントの籠を取り出しながら言うと、二人は我に返ってお互いに準備を始めた。

 二人がバタバタ準備している間に、僕と早乙女さんで残りのアレンジメントを作った。配達だけではなく、一応アレンジメントや花束を作ることも僕の仕事だ。

 慣れない手つきでアレンジメントを作る早乙女さん。つい数か月前に来たばかりで、あまり沙苗ママからアレンジメントの作り方を教わっていないのかもしれない。

 「早乙女さん、ここはガーベラを入れてもええけど、トルコキキョウの方がふんわりして見えるで」

 テンプレートのない状態だとよっぽど想像力が無いとアレンジメントを作るのは難しい。そうやって声をかけると、早乙女さんは一瞬だけ手を止めるがこちらを見ようともせずにトルコキキョウに手を伸ばした。

 しかし黙々と作るのは圧迫を掛けかねない。特に早乙女さんのような子だと…何か話そう、気持ちを落ち着けよう。従業員の心のケアだって僕の仕事だから。

 「…早乙女さんは、さ」

 そう切り出すと早乙女さんはびくりと身体を震わせてまた手を止めた。こちらを見ようともしない。

 「あのさ、確か家は…」

 「じ…神社です…」

 早乙女さんの家は代々神道の家で、早乙女さんも巫女としてお父さんの仕事を手伝っている。一度だけ、早乙女さんの巫女服姿を見たけど、とても似合っていた。長く黒い髪が巫女服を引き立たせていて、僕よりもずっと年上に見えたんだよなぁ…

 「やっぱり、そういう教えみたいなんというか、守らなあかんことってあるんや?」

 「多少は…でもそれは仕事中だけで、普段は割と気にしません。寺社巡りって言いながらお寺も行くし、クリスマスにもプレゼントを貰いますし…」

 さすがに父は神道一筋ですが。

 早乙女さんはまた手を動かし始めた。ここで会話が途切れてしまうのだろうと思いながらも、ここまで会話が出来ただけ進歩だろうとも思った。

 「わ、航さんはその…地元は関西なんですか?」

 思っていた矢先に珍しく早乙女さんから質問が投げかけられた。

 「うん。関西というか、三重。近畿には入るけど関西は違うんやで」

 そう。僕は三重県出身だ。生まれてから高校卒業まではずっと地元で、大学入学のために地元を出た。だからそっちの訛りは抜けないし、寧ろ抜けないように頑張ってるくらいだ。

 作業をしながら会話を交わす。だんだんと彼女の口調も軽くなってきて、アレンジメントを作る手際も良くなってきているように思えた。

 包装のためのセロファンに手を伸ばすときにちらりと彼女の顔を見ると、いつもよりかは晴れた表情でアレンジメントと向き合っている。

 「…この仕事、楽しい?」

 思わず問うた。すると早乙女さんは驚いた顔でまたもや手を止めると、

 「お花は、好きです」

 「仕事は嫌い?」

 「そんなことない…と言うと、嘘になりますね」

 厄介な人間が多いと、そりゃあ仕事だって楽しくは無いわな。僕は一言だけ「…そっか」と呟くと、フォローしきれずに口をつぐんだ。しかし、

 「でもね」

 早乙女さんが続ける。

 「アレンジを作ったり、鉢物に水をあげたり、花束を作ったりするのは楽しいです」

 セロファンで不器用に包装しながら彼女は言う。きっと花屋らしい仕事に彼女は憧れていたんだろう。テレビや街角で見るような、花屋のテンプレートのような存在になりたかったのかもしれない。

 それで、理想と現実で大いに悩んでいるのかもしれない。

 「…僕なんかでよかったら」

 2つ目のアレンジを作るために、キーパーへ切花を取りに行こうとして僕は言った。

 「え?」

 やっとここで顔を上げて早乙女さんは僕を見た。そこで20センチほど身長差があることに初めて気がついた。見上げるその目を、何故か僕は凝視して

 「話も聞くし、アレンジの作り方だって…うん、いろんなことを教える。仕事の悩み、愚痴、そんなんでもいい。気を遣わなくたっていいから、何でも話して欲しい」

 早乙女さんの頬が紅潮していくのが見えた。それと同じタイミングで、早乙女さんの目にじわりと涙が滲んでもいた。



 4つのアレンジメントが完成した頃にはすっかり時間ギリギリになってしまった。

 「そろそろ行ってくるから、もしアレンジメント作るんやったらさっき教えたみたいにやってみてな」

 アレンジメントを抱えて振り返ると、見送る早乙女さんの表情も心なしか晴れているようにも見えた。

 あれだけ彼女と話したのは初めてかもしれない。話は上手いし、聞き上手だし…ただ口数が少ないだけでコミュニケーションが苦手なんだと僕が勝手に思っていただけなんだろう。

 僕も気が楽になっていた気がした。

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