花贈りのコウノトリ
5
今日入学式を迎える所が多いのか、学校や会館などの施設への配達が非常に多かった。愛想を振りまき、スクーターを飛ばし…なんやかんやしているうちに最後の1件となった。
時刻は既に正午を過ぎていた。やれやれ、今日も昼ご飯抜きだなーとか、帰ってもまだ沢山配達があるなーなどと考えながらスクーターを減速させる。
各地で入学式が行われる中、最後の配達は学校や会場ではなく病院。よくあることだ。お見舞いの花なんかは年中通して配達依頼がある。
そして残ったのは先程早乙女さんが作ったピンク色を基調とした小さなカゴアレンジだ。ガーベラみたいな元気な花ではなく、トルコキキョウやカーネーション、バラなどの柔らかめの花々と、カスミソウの優しいアクセントが印象的。
包装がえらく不器用だが、大丈夫だろう。
スクーターを駐輪場へ入れて病棟の方へ向かって歩く。病棟までの一本道は並木道になっていて、木々は桜色で覆い尽くされていた。
さわさわと風で揺れると、花弁が降り、巻き上げられ、作り物のような幻想的な風景が広がった。
その道を散歩する入院患者が多いようで、車椅子や松葉杖で歩く人や、何も持たずに歩く人、中には点滴台を携えて歩く人まで見えた。
綺麗だ。
思わずほっと息をつく。あまりこういうのに興味がない僕も、やっぱり感動するんだと自分でも驚いた。
この綺麗な景色をどうか、あの人と見ることができれば…
僕には、この薄桃色の景色の中に眞鍋さんがいる様に見えた。白いシャツにエプロンを巻き、春風に髪をなびかせて歩く背中が。
妄想が、止まらない。
「…水嶋さん!」
眞鍋さんが振り返る。あの人懐っこい笑顔で、手にはオレンジ色のアレンジメントを抱えていて…
「…綺麗です。景色も、眞鍋さんも…」
「やだ…水嶋さんたら…」
「素敵ですよ…ずっと前から思っとったんです」
「仕事中ですよ、からかわないでください」
頬を染めながら、満更でもなさそうに眞鍋さんは笑う。静かに歩み寄って髪を撫でると、柔らかい感触がそこにあった。
はにかみながら俯くその顔を上げさせるように顎に指をかけると…
「…さん…水嶋さん!!」
ハッと我に返ると、眞鍋さんが覗き込むように顔の前でひらひらと手を振っていた。思わず声を上げて数歩後ずさると、
「やっと気付きましたね。ぼーっとしてましたよ。綺麗だ、綺麗だって呟きながら」
肩を竦めながら眞鍋さんが笑った。たまらなく可愛い。またその顔にうっとりと見惚れる。
しかし、妄想かと思いきや本当に眞鍋さんがいたとは。ちゃんとオレンジのアレンジメントを抱えて、朝と同じ、白いシャツにエプロンの格好でいる。
一日に2回も会えるなんてラッキー…
「ここの景色、とても綺麗ですよね…」
眞鍋さんはこちらに背を向けると、病棟に向けてゆっくりと歩き出した。僕も慌てて後ろをついて歩く。
春風が眞鍋さんの髪を揺らした。さっきと違うのは、今朝のあの香りが僕の鼻をくすぐってるということ。
たまらない。
「私、ここが好きなんです」
歩きながら、眞鍋さんは言った。
「春夏秋冬、いろんな姿を見せてくれるんです。春はこうしてピンク色だし、夏は青々としてる。秋は落ち葉で黄色くて、冬は枯れ木の道が続きます。そしてまた春が来て…」
桜景色の中に、一人の純粋な女性の姿があった。流れる季節とその変わりゆく景色に感動し、それを喜びとしている。
僕の知らない新しい眞鍋さんを見た気がして、さっきとは違った胸の高鳴りを感じていた。
「…花が、好きなんです」
足を止めて、眞鍋さんは振り返った。人懐っこい笑顔の中には複雑な悲しみも多少織り混ざっていた。
「なんで」
そんな顔するんですか。
もし仕事中じゃなかったら、僕はこの人をきっと抱きしめた。
愛おしい。
時刻は既に正午を過ぎていた。やれやれ、今日も昼ご飯抜きだなーとか、帰ってもまだ沢山配達があるなーなどと考えながらスクーターを減速させる。
各地で入学式が行われる中、最後の配達は学校や会場ではなく病院。よくあることだ。お見舞いの花なんかは年中通して配達依頼がある。
そして残ったのは先程早乙女さんが作ったピンク色を基調とした小さなカゴアレンジだ。ガーベラみたいな元気な花ではなく、トルコキキョウやカーネーション、バラなどの柔らかめの花々と、カスミソウの優しいアクセントが印象的。
包装がえらく不器用だが、大丈夫だろう。
スクーターを駐輪場へ入れて病棟の方へ向かって歩く。病棟までの一本道は並木道になっていて、木々は桜色で覆い尽くされていた。
さわさわと風で揺れると、花弁が降り、巻き上げられ、作り物のような幻想的な風景が広がった。
その道を散歩する入院患者が多いようで、車椅子や松葉杖で歩く人や、何も持たずに歩く人、中には点滴台を携えて歩く人まで見えた。
綺麗だ。
思わずほっと息をつく。あまりこういうのに興味がない僕も、やっぱり感動するんだと自分でも驚いた。
この綺麗な景色をどうか、あの人と見ることができれば…
僕には、この薄桃色の景色の中に眞鍋さんがいる様に見えた。白いシャツにエプロンを巻き、春風に髪をなびかせて歩く背中が。
妄想が、止まらない。
「…水嶋さん!」
眞鍋さんが振り返る。あの人懐っこい笑顔で、手にはオレンジ色のアレンジメントを抱えていて…
「…綺麗です。景色も、眞鍋さんも…」
「やだ…水嶋さんたら…」
「素敵ですよ…ずっと前から思っとったんです」
「仕事中ですよ、からかわないでください」
頬を染めながら、満更でもなさそうに眞鍋さんは笑う。静かに歩み寄って髪を撫でると、柔らかい感触がそこにあった。
はにかみながら俯くその顔を上げさせるように顎に指をかけると…
「…さん…水嶋さん!!」
ハッと我に返ると、眞鍋さんが覗き込むように顔の前でひらひらと手を振っていた。思わず声を上げて数歩後ずさると、
「やっと気付きましたね。ぼーっとしてましたよ。綺麗だ、綺麗だって呟きながら」
肩を竦めながら眞鍋さんが笑った。たまらなく可愛い。またその顔にうっとりと見惚れる。
しかし、妄想かと思いきや本当に眞鍋さんがいたとは。ちゃんとオレンジのアレンジメントを抱えて、朝と同じ、白いシャツにエプロンの格好でいる。
一日に2回も会えるなんてラッキー…
「ここの景色、とても綺麗ですよね…」
眞鍋さんはこちらに背を向けると、病棟に向けてゆっくりと歩き出した。僕も慌てて後ろをついて歩く。
春風が眞鍋さんの髪を揺らした。さっきと違うのは、今朝のあの香りが僕の鼻をくすぐってるということ。
たまらない。
「私、ここが好きなんです」
歩きながら、眞鍋さんは言った。
「春夏秋冬、いろんな姿を見せてくれるんです。春はこうしてピンク色だし、夏は青々としてる。秋は落ち葉で黄色くて、冬は枯れ木の道が続きます。そしてまた春が来て…」
桜景色の中に、一人の純粋な女性の姿があった。流れる季節とその変わりゆく景色に感動し、それを喜びとしている。
僕の知らない新しい眞鍋さんを見た気がして、さっきとは違った胸の高鳴りを感じていた。
「…花が、好きなんです」
足を止めて、眞鍋さんは振り返った。人懐っこい笑顔の中には複雑な悲しみも多少織り混ざっていた。
「なんで」
そんな顔するんですか。
もし仕事中じゃなかったら、僕はこの人をきっと抱きしめた。
愛おしい。
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