花贈りのコウノトリ
6
「祖母も、好きでした」
「花を?」
「はい」
今度は二人で並んで歩いた。降る花弁が風で靡く眞鍋さんの髪に絡む。それを無意識に指で一枚ずつ丁寧に取りながら、僕は話を促した。
「お祖母さんは…」
「祖母は、亡くなりました。この病院で」
「…」
つい、数ヶ月前です。
短く息をついた眞鍋さんは、またいつもの笑顔に戻って肩を竦めた。
この病院で…
さっきよりも近付いた病棟を見上げた。木々の間からちらちらと見える病棟は、桜に似合わない無機質な白色を放っている。
病院は嫌いだ。薬臭くて、息苦しい。内装の白さは奇妙ささえ伺える。
そんな白の箱の中に眞鍋さんのお祖母さんは治療のために閉じ込められ、そして息を引き取ったのか…
「でも、お見舞いは辛くなかったです。脳梗塞だったから、話すら出来なかったけど…病室の窓から見える景色が綺麗で…」
「辛くない訳、ないですよ!」
眞鍋さんのセリフを遮って僕は怒鳴った。怒鳴ると言うか、つい声のトーンが上がっただけだ。怒りの感情じゃなくて、焦りのような、驚きのような、わからない感情。
眞鍋さんは立ち止まって驚いたように数回瞬きをすると、ぷっと吹き出した。笑われたことに余計必死になって僕は叫ぶ。
「な、何で笑うんですか!笑い事ちゃいますよ!」
「あはは、すみません」
笑うことを辞める素振りも見せず、眞鍋さんは頬を人差し指で掻いた。
「寝たきりでも、祖母は生きてました。たくさんのチューブで繋がれても、祖母はそこで人として生きてました。どんな祖母でも私の祖母ですから」
だからです。
僕は知らなかった。眞鍋さんの強さを。
一人のか弱い女性であると勝手に決め付けていた。そして、それでいて欲しかった。
けれど僕は今、眞鍋さんの強さを知ってしまった。最愛の人を無くしても、笑顔を絶やさずに人々の花贈りに携わっている、彼女の。
僕なんかよりずっとずっと、強いじゃないか。
「すみません」
カッコ悪いと思いながら、僕は頭を下げた。
「なんで?」
と、子供のように首を傾げる眞鍋さん。
「なんでって…僕、眞鍋さんのこと何も知らない癖に、変なこと言ってしまったんですよ」
生意気なこと言ったんですよ。
さっきよりも強い剣幕で、僕は眞鍋さんに言った。怒ってるのは、眞鍋さんにじゃない。勘違いして、本当のことを知っても尚、自分の思い通りにしようと無理に価値観を押し付けた、僕自身に対してだ。
「あぁ」
わかってるのかわかっていないのか、眞鍋さんはまだ笑っていた。
「水嶋さん、私のこと、心配して下さってるんですね」
「…っ」
「言わせませんよ、違うとか、そうじゃないとか…そういうことにしておきませんか?水嶋さんは私を心配して下さったってことで…」
いいでしょう?
眞鍋さんの優しい微笑みが、僕の心をがっつりと捉えた。完全に好きの感情がオーバーフローする。
「眞鍋さん」
「…ん?」
僕の呼びかけに眞鍋さんは首を左に倒して反応する。ああ、可愛い…たまらなく可愛い。
「…僕…その」
眞鍋さんのことが…
と、言いかけたところで突然けたたましく電子音が鳴り響いた。電子音は眞鍋さんのエプロンのポケットから聞こえてくる。
「あ、すみません…もしもし?」
申し訳無さそうに眞鍋さんは苦笑すると、僕に背を向けて電話に出た。
タイミングが悪すぎる。ドラマもびっくりのベタな展開に僕はがっくりと項垂れた。それと共に理性がすっかり戻って来たらしく、先程の物凄い感情は跡形もなく消え去っていた…
「花を?」
「はい」
今度は二人で並んで歩いた。降る花弁が風で靡く眞鍋さんの髪に絡む。それを無意識に指で一枚ずつ丁寧に取りながら、僕は話を促した。
「お祖母さんは…」
「祖母は、亡くなりました。この病院で」
「…」
つい、数ヶ月前です。
短く息をついた眞鍋さんは、またいつもの笑顔に戻って肩を竦めた。
この病院で…
さっきよりも近付いた病棟を見上げた。木々の間からちらちらと見える病棟は、桜に似合わない無機質な白色を放っている。
病院は嫌いだ。薬臭くて、息苦しい。内装の白さは奇妙ささえ伺える。
そんな白の箱の中に眞鍋さんのお祖母さんは治療のために閉じ込められ、そして息を引き取ったのか…
「でも、お見舞いは辛くなかったです。脳梗塞だったから、話すら出来なかったけど…病室の窓から見える景色が綺麗で…」
「辛くない訳、ないですよ!」
眞鍋さんのセリフを遮って僕は怒鳴った。怒鳴ると言うか、つい声のトーンが上がっただけだ。怒りの感情じゃなくて、焦りのような、驚きのような、わからない感情。
眞鍋さんは立ち止まって驚いたように数回瞬きをすると、ぷっと吹き出した。笑われたことに余計必死になって僕は叫ぶ。
「な、何で笑うんですか!笑い事ちゃいますよ!」
「あはは、すみません」
笑うことを辞める素振りも見せず、眞鍋さんは頬を人差し指で掻いた。
「寝たきりでも、祖母は生きてました。たくさんのチューブで繋がれても、祖母はそこで人として生きてました。どんな祖母でも私の祖母ですから」
だからです。
僕は知らなかった。眞鍋さんの強さを。
一人のか弱い女性であると勝手に決め付けていた。そして、それでいて欲しかった。
けれど僕は今、眞鍋さんの強さを知ってしまった。最愛の人を無くしても、笑顔を絶やさずに人々の花贈りに携わっている、彼女の。
僕なんかよりずっとずっと、強いじゃないか。
「すみません」
カッコ悪いと思いながら、僕は頭を下げた。
「なんで?」
と、子供のように首を傾げる眞鍋さん。
「なんでって…僕、眞鍋さんのこと何も知らない癖に、変なこと言ってしまったんですよ」
生意気なこと言ったんですよ。
さっきよりも強い剣幕で、僕は眞鍋さんに言った。怒ってるのは、眞鍋さんにじゃない。勘違いして、本当のことを知っても尚、自分の思い通りにしようと無理に価値観を押し付けた、僕自身に対してだ。
「あぁ」
わかってるのかわかっていないのか、眞鍋さんはまだ笑っていた。
「水嶋さん、私のこと、心配して下さってるんですね」
「…っ」
「言わせませんよ、違うとか、そうじゃないとか…そういうことにしておきませんか?水嶋さんは私を心配して下さったってことで…」
いいでしょう?
眞鍋さんの優しい微笑みが、僕の心をがっつりと捉えた。完全に好きの感情がオーバーフローする。
「眞鍋さん」
「…ん?」
僕の呼びかけに眞鍋さんは首を左に倒して反応する。ああ、可愛い…たまらなく可愛い。
「…僕…その」
眞鍋さんのことが…
と、言いかけたところで突然けたたましく電子音が鳴り響いた。電子音は眞鍋さんのエプロンのポケットから聞こえてくる。
「あ、すみません…もしもし?」
申し訳無さそうに眞鍋さんは苦笑すると、僕に背を向けて電話に出た。
タイミングが悪すぎる。ドラマもびっくりのベタな展開に僕はがっくりと項垂れた。それと共に理性がすっかり戻って来たらしく、先程の物凄い感情は跡形もなく消え去っていた…
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