花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 「すみません、Flower shop Cigogneです。E病棟305号室の植田ナナミさんへのお花をお持ち致しました」

 「Fiorista acquamarinaです、同じく植田ナナミさん宛にお花をお持ち致しました」

 窓口でガラス越しに事務作業をこなす女性に僕らは声をかけた。薄桃色のシャツを着た30代くらいの女性は、手を止めてこちらを見上げると

 「はい、少々お待ちくださいね」

 とにこやかに返事をした。

 一人の女性宛に、Cigogneとacquamarina、両店から花が届くとは…どういう事情があるのだろうか。贈り主は別のようだが、そんな偶然があるのだと眞鍋さんも可笑しそうに笑いながら首を傾げる。

 忙しなく事務所の奥へ引っ込んで行く女性。間も無くして出て来たかと思うと、ガラスの前を通り過ぎてロビーの方へと出てきた。

 「すみません、お待たせしました。えーっと、植田ナナミさん宛ですね…アレンジが、二つ…」

 身長はそんなに高くないけど、上品そうではある。30代だと思ったけど、こうしてガラスを取り除くと40代前半くらいに見えるような気がした。ぎこちなく笑みを浮かべて軽く会釈し、僕は女性の胸元についた名札を見た。

 白を基調とした落ち着いたデザインと、青背景の写真を載せた名札だ。ストラップをつけて首から下げている人もいる中、この人は胸にクリップで止めている。

 その名札に書かれていた名前は…植田。

 あれ?

 「…この女性…」

 僕は横でニコニコ佇む眞鍋さんにそっと耳打ちした。

 「もしかしてこの人が植田ナナミさん?」

 「…偶然じゃないですか?」

 眞鍋さんも名札をチラ見して囁き返す。それに気付いてるのか気付いてないのか、植田という女性は困ったように眉を下げる。

 「すみません、お手数お掛け致しますが…植田ナナミさんの病室まで直接持って行って頂けますか?」

 その言葉を聞いて、どうやらこの人ではないということを理解した。

 まあ植田なんて人たくさんいるしね。

 植田さんにどうぞこちらへ、と促され、言われるがままにエレベーターホールまで着いて行く。その間、僕は大きな院内をぐるりと見回した。

 吹き抜けの天井。この病院は10階建てで、4階部分までが吹き抜けである。1階の部分はレストランやカフェ、売店や談話室などが見受けられた。

 白衣を着た看護師や医師が歩く中、さっきの並木道で見たような患者たちが家族や知人らしき人とそのひと時を過ごしていた。

 昔、祖父が入院していた病院にこんなもはなかった。堅苦しい、重苦しい雰囲気の漂う薬臭い白い箱。患者の一人ひとりが皆生気を失った濁った目で院内をふらふらと彷徨うように歩いていた。

 幼かった僕はその雰囲気に恐怖すら覚えていた。その上祖父は植物人間。病院が嫌いになったのはだいたいその辺りからだった。

 エレベーターホールに着いた。ちらりと眞鍋さんを見ると、アレンジメントの花を微調整するように触っている。

 自分の祖母が亡くなった病院。いつもこのエレベーターホールから見舞いに行ってたのだろう。

 だがそんなことを気にする素振りも見せずにさっさとエレベーターに乗り込んでいく。一歩半程後を遅れて僕もそこへ乗り込んだ。

 植田さんはボタンを押して、「6階ですので」とだけ言うと此方に背を向けて黙り込んだ。

 扉を挟んだボタンと反対側のスペースには、病院の階層説明の案内が書かれている。6階、と聞いて僕は案内に目を通した。

 6階
 循環器科

 循環器…何処が悪いんだろうか。

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