花贈りのコウノトリ
8
しばらくしてエレベーターは小さく揺れると、ぽーんと籠った音を鳴らした。
扉が開くと同時に薬の臭いが鼻をついた。思わず顔をしかめると先に降りた眞鍋さんがこちらを振り返る。
「行きますよ、水嶋さん」
「え…ああ、はい」
言われるがままにいそいそと降りると、エレベーターの扉がすぐ背後で閉まり、ゴウン…と低い音を響かせて下りていった。
植田さんの背中を二人して追う。眞鍋さんは静かに着いて行くが、僕はあちこちをキョロキョロと見回していた。
内装は病院というより市役所とかそういう施設に近い感じ。清潔感が漂い、息苦しさを感じさせない落ち着きのあるモダンな色使いだ。たださっきも言ったように薬の臭いがして少々気分が悪い。さっさと届けて、一刻も早くここを出たかった。
エレベーターホールから程近い、ある病室の前で植田さんは足を止めた。こちらを振り返るがその表情は何処が暗い。
「こちらです」
とだけ言うと、扉をこつこつ、とノックをする。
「…ナナミ?」
細く扉を開けて中に呼びかける植田さん。その呼び方には他人相手とは思えない優しさであったり親しさであったり…そこで僕は植田さんはこのナナミさんの母親ではないかと漸く考えた。
少女のか細い返事が中から聞こえると、植田さんはそこで扉を大きく開けた。
「お花…サキおばさんからかもね」
言いながら僕たちを中に入るよう促した。眞鍋さんと顔を見合わせると、「失礼します」と小さく会釈をして病室に足を踏み入れた。
そして、息を飲んだ。
一人用の小さな病室には足の踏み場が無い程に鉢物の花やアレンジメントがずらりと並んでいた。その花の真ん中にまるで対照的な真っ白いパイプベッドが置いてあり、これまた真っ白な布団を腰までかけた少女が一人座っていた。
「すごい…お花の数」
眞鍋さんが小さく呟く。病室内はイメージ通りの白い箱でカーテンもベッドも少女の肌も白いのに、床や棚にはカラフルな花々が所狭しと並んでいることに僕も違和感を隠し切れなかった。
少女…ナナミちゃんは虚ろな目を此方に向けると、静かに伏せた。花を踏まないようにゆっくりとベッドに近寄った植田さんは、僕たちの方に身体を向け、
「…娘の、ナナミです」
やっぱりか。
僕は静かに頭を下げると、お決まりの言葉を口にする。
「Flower shop Cigogneです!植田ナナミ様宛に島田サキエ様からお花が届いております!」
「Fiorista acquamarinaです!植田ナナミ様宛に綺麗なお花が届いていますよ!」
眞鍋さんも真似をしていつも通りの言葉をはきはきと喋る。
しかしナナミちゃんは此方を一瞥したかと思うと、目を逸らして一言、
「…いらない」
「ナナミ!」
植田さんが焦ったようにナナミちゃんを見て、「すみません」と申し訳なさそうに言った。
いらないという気持ちもわからなくもない。こんなに花を持って来られて、今のご時世、とは言えどもさすがに限度があるだろう。
眞鍋さんは病室内に足を踏み入れたかと思うと植田さんと同じような足取りでベッドへ近付き、
「ナナミちゃんは、何年生?」
「…一年」
最初だけ聞き取れなかったが、見た目からすると中学一年だろう。ということはこの花は全部…
「今日、入学式なのに、私だけ出られない」
か細い声でナナミちゃんは言う。
扉が開くと同時に薬の臭いが鼻をついた。思わず顔をしかめると先に降りた眞鍋さんがこちらを振り返る。
「行きますよ、水嶋さん」
「え…ああ、はい」
言われるがままにいそいそと降りると、エレベーターの扉がすぐ背後で閉まり、ゴウン…と低い音を響かせて下りていった。
植田さんの背中を二人して追う。眞鍋さんは静かに着いて行くが、僕はあちこちをキョロキョロと見回していた。
内装は病院というより市役所とかそういう施設に近い感じ。清潔感が漂い、息苦しさを感じさせない落ち着きのあるモダンな色使いだ。たださっきも言ったように薬の臭いがして少々気分が悪い。さっさと届けて、一刻も早くここを出たかった。
エレベーターホールから程近い、ある病室の前で植田さんは足を止めた。こちらを振り返るがその表情は何処が暗い。
「こちらです」
とだけ言うと、扉をこつこつ、とノックをする。
「…ナナミ?」
細く扉を開けて中に呼びかける植田さん。その呼び方には他人相手とは思えない優しさであったり親しさであったり…そこで僕は植田さんはこのナナミさんの母親ではないかと漸く考えた。
少女のか細い返事が中から聞こえると、植田さんはそこで扉を大きく開けた。
「お花…サキおばさんからかもね」
言いながら僕たちを中に入るよう促した。眞鍋さんと顔を見合わせると、「失礼します」と小さく会釈をして病室に足を踏み入れた。
そして、息を飲んだ。
一人用の小さな病室には足の踏み場が無い程に鉢物の花やアレンジメントがずらりと並んでいた。その花の真ん中にまるで対照的な真っ白いパイプベッドが置いてあり、これまた真っ白な布団を腰までかけた少女が一人座っていた。
「すごい…お花の数」
眞鍋さんが小さく呟く。病室内はイメージ通りの白い箱でカーテンもベッドも少女の肌も白いのに、床や棚にはカラフルな花々が所狭しと並んでいることに僕も違和感を隠し切れなかった。
少女…ナナミちゃんは虚ろな目を此方に向けると、静かに伏せた。花を踏まないようにゆっくりとベッドに近寄った植田さんは、僕たちの方に身体を向け、
「…娘の、ナナミです」
やっぱりか。
僕は静かに頭を下げると、お決まりの言葉を口にする。
「Flower shop Cigogneです!植田ナナミ様宛に島田サキエ様からお花が届いております!」
「Fiorista acquamarinaです!植田ナナミ様宛に綺麗なお花が届いていますよ!」
眞鍋さんも真似をしていつも通りの言葉をはきはきと喋る。
しかしナナミちゃんは此方を一瞥したかと思うと、目を逸らして一言、
「…いらない」
「ナナミ!」
植田さんが焦ったようにナナミちゃんを見て、「すみません」と申し訳なさそうに言った。
いらないという気持ちもわからなくもない。こんなに花を持って来られて、今のご時世、とは言えどもさすがに限度があるだろう。
眞鍋さんは病室内に足を踏み入れたかと思うと植田さんと同じような足取りでベッドへ近付き、
「ナナミちゃんは、何年生?」
「…一年」
最初だけ聞き取れなかったが、見た目からすると中学一年だろう。ということはこの花は全部…
「今日、入学式なのに、私だけ出られない」
か細い声でナナミちゃんは言う。
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