花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 僕も足元に気を付けながら静かに側に寄った。そこで病室内をぐるりと見回し、ドアの方からではカーテンの死角に、壁に掛けられた真新しい制服があることに気付いた。

 紺を貴重としたセーラー服。ビニールが掛けられたままで、外された形跡はなかった。僕はそれが病院の近くにある中学校の制服だと気付いて、呟くように言った。

 「…こんなに、入学祝いが」

 それを聞いたナナミちゃんは小さく息をつく。

 そして、

 「みんな、嘘つきね」

 か細いながらも力強く、ナナミちゃんは言った。その言葉に眞鍋さんも僕も驚きを隠せずに、表情が思わず固まった。

 「やめなさい、ナナミ!」

 植田さんが叱る。しかしその語調を変えることなくナナミちゃんは続けた。

 「生まれつき心臓が悪くて入退院を繰り返して顔も殆ど知らないはずなのに、そんな人にお花を贈って自分はいい人だなんて顔してるの…あり得ないでしょ?見ず知らずの人間から入学祝いだなんて、何にも想いがこもってないから…」

 そんな人からのお花なんて、いらないの。

 僕は何も言えずに、ナナミちゃんを見つめた。此方から彼女の表情は伺えない。ただ、いい顔をしている筈がなかった。

 この職業に2年従事していて、一人の、しかも中学生の少女にこんな大量の花が届くなんてことは初めてだ。簡単な事情をある程度聞いてからこの光景を見て、そう思う気持ちも多少は頷けた。だけどここまで突然はっきりと言われると否定も肯定もしにくいものだ。

 短い沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは眞鍋さんだった。

 「お花を贈る人に、名誉に貪欲な人なんていない」

 持っていたアレンジメントをナナミちゃんにそっと渡し、受け取ったことを確認した眞鍋さんは足元のアレンジメントを手に取った。

 薄桃色のカーネーションやミニバラ、大きなトルコキキョウを使い、カスミソウを散らした小さなアレンジメントだ。うちの店でならこれくらいだと2000円もしないだろう。その花に埋もれるようにメッセージカードが添えられていた。

 人の手紙を読む罪悪感もあったが、僕もこっそりそれに目を通した。ラメの入ったピンク色の細い線が描くあどけなさを残した丸い字は、顔文字を添えながら彼女へのメッセージを綴っていた。

 ナナミちゃんへ

 入院したり退院したりして大変だと思うけど
 私はずっとずっとずーっと待ってるよ!
 次学校に来たときは一番に私のところに


 そこから下は花に埋れて読めなかった。

 眞鍋さんは微笑みながら今度はそれをナナミちゃんの膝に乗せる。

 さすがの僕でも、眞鍋さんが何を言いたいかが分かった。

 メッセージカードを手に取って目を通すナナミちゃんを横目に、眞鍋さんはメッセージカードの付いたアレンジメントを歩き回ってかき集めた。どれも小さなアレンジメント…お小遣いで買える程度のものばかりを集めて、ベッドにたくさん並べた。

 あっという間にナナミちゃんのベッドは、色とりどりの花で覆われた。心なしか、ナナミちゃんの白い頬にも朱が差した気がする。

 「ベッドに乗せられるだけで、これくらい」

 後ろ手を組んで眞鍋さんは言う。

 ここのアレンジメントの中で、特にナナミちゃんを想って贈ってくれたに違いないもの。

 どれにも勿論想いはこもっているけど、特にこもっているに違いないもの。

 名誉なんかじゃない、偽善なんかでもない。

 想いが詰まったこんなにたくさんのアレンジメントを見て、まだそんなことを思う?

 最後に、こちらを見ながら「眞鍋基準です」と一言つけて眞鍋さんはくすっと笑った。

 嬉しさの反面、何処か困惑の色もある表情のナナミちゃんに僕も何か声をかけるべきなのかと何故か思った。というか、眞鍋さんから「次はお前の番だ」みたいな…そういうパスが回ってきた気がした。

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