花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 すっかり困って部屋を再度ぐるりと見回し、枕元の窓際に置かれた花瓶に気付いた。

 花瓶というよりも一輪挿し程の大きさで、何度か使われた形跡はあるものの今は水すら入っていない。

 僕はそれを指差した。

 「…お、お留守の一輪挿しがあるみたいやけど」

 声を震わせて言うと、眞鍋さんと植田さんはぷっと吹き出した。これでも少しお洒落に言ったつもりだったから、多少ショックは受けた。それでも一輪挿しの方へナナミちゃんの意識は持っていけたようで、ナナミちゃんは身体を後ろに捻じって一輪挿しを見ている。

 「…これからその一輪挿しに仕事がないようなら…僕らがこれから毎月、季節の花を一輪届けに来る」

 僕のセリフに、ナナミちゃんがそっとこっちを振り向いた。その時に初めて彼女の顔をしっかり見たが、お母さんそっくりでなかなかの美人だ。しかしくりっと大きな瞳は輝きのない…僕が昔病院で見ていた患者のような目をしていた。

 「お花…?」

 「僕らの想いの詰まった一輪の花を、毎月ナナミちゃんへプレゼントする。偽善でも名誉でもない…ナナミちゃんを想って、届けに行くで」

 たった一輪にだって、アレンジメントに負けない程の想いを。

 僕と眞鍋さんの、二人分の想いを、一輪に込めて。

 そのときは自分でも何を言っているかわからなかった。

 でも確かに…ナナミちゃんの目からは嬉しさが溢れ、頬を伝い、ぽたぽたと白い布団を濡らしていた。





 「なんであんなこと言ったんですか」

 エレベーターの中で眞鍋さんは苦笑いしながら問うた。

 「だって眞鍋さんが何か言えって…」

 「あれは予想の斜め上をいってましたよ」

 でも、僕らしいでしょう?と聞くと、眞鍋さんは笑顔のまま頷く。

 植田さんが僕らを病室に招いたのは、単に休憩時間が近かったかららしい。花が届くのは知っていたらしく、そのついでに休憩時間をとってナナミちゃんの病室に行くつもりだったとか。

 けれど花は別の店からそれぞれ届いた。そしてそれを配達して来たのが若い僕らだった。

 構ってやって貰うつもりで頼んだらしい。

 偶然と策略にまんまと引っかかった僕らは花を通して心臓を患う少女の心を開いた。しかも、確実に会える約束まで取り付けた。

 ちょっと変わった小さな友達が出来てしまった。でもそれを煩わしい、面倒だと思うことが全くない…寧ろ、なんだか嬉しかった。

 ところで、随分時間をとってしまった。今頃きっと沙苗ママの八つ当たりの被害にケンさんや早乙女さんが遭ってるかも知れない。

 早く帰って沙苗ママの煙草に付き合ってやらねば。それが終われば午後の配達を組んで、アレンジメントを作らねば…

 「帰ったら….やることがたくさんあるなぁ」

 そう呟くと、僕は循環器科の表示を指でなぞった。

 エレベーターの扉が開く。昼食時を少し過ぎたものの、エレベーターホールにまでいい匂いが漂っている。思わずお腹が鳴り、その音を聞いた眞鍋さんが笑った。

 「早く帰って、まずはお昼ご飯ですね」

 私もお腹ペコペコですよ。

 そう言って、眞鍋さんは僕の顔を見た。僕も微笑み返すと今度は僕が先にエレベーターを出る。

 今度はエレベーターの扉は閉まらなかった。

 いつまでも開いたままで、僕らを見送るようにずっとずっとその口をぽっかりと開けていた。



 第一章 Flower shop Cigogne  完

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