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花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

2

 配達を終えて、ある公園に立ち寄った。

 比較的高台にあって、夜景もそこそこ綺麗な穴場スポットだ。配達が思った程早く終わったときはここで寄り道をして煙草を吸ったりしている。

 僕がバイトを始めて半年経った頃、いつも通りサボりに来た時にここで眞鍋さんと初めて会った。店のエプロンをしたまま此方に背を向けてブランコに座り、街並みを見ながら一人で泣いていた、というベタなシーンに出くわしてしまったのだ。同業者だとエプロンに書いてある店名でわかったから、話を聞いて…

 あの時以来、眞鍋さんの泣き顔なんて見ていない。くしゃくしゃに歪めて涙と鼻水でぐずぐずになっていた顔はもう殆ど覚えていない。

 自販機でカフェオレを買って、煙草に火をつけた。煙を風に靡かせながら静かにブランコへ歩み寄った。

 砂埃を被り錆び付いたブランコ。もう何年も塗り替えられてないようで所々ペンキが剥げて見るも無残だが、高さがちょうど良いのでお気に入りではある。

 あの時眞鍋さんが座っていたのとは逆のブランコに腰掛けた。少々腰周りがつかえるものの、強度に問題はない。

 煙を吐き出して、また母の日のことを考えた…考えたって仕方がないのに。母親に何も出来ないとばかり思って、悩んでいるのだ。

 なんと情けない。

 足でブランコを揺らしながら煙草を吸い切り、カフェオレを一口飲んだ後にもう一本煙草を咥えた。考え事をするとついつい煙草を吸い過ぎてしまう。すっかり悪い癖になってしまった。

 それに火をつけようとしたとき、

 「吸いすぎですよ、水嶋さん」

 聞き慣れた声に心臓が跳ねる、と同時に咥えていた煙草が無くなった。途端に風が吹いて、あの香りがふわっと鼻に入ってくる。

 「眞鍋さん…何でここに?」

 「何でって…私が来たらいけないんですか?」

 ポニーテールを揺らしながら視界に入り込んだ眞鍋さんが僕のセリフにムッとする。

 眞鍋さんとは先日の一件から以前よりも親しくなった。最近では冗談を言い合ったり、お互いのプライベートの話をすることも多くなって…僕の中ではかなり進展していると思っている。

 煙草をこちらへ返すと空いている方のブランコに腰掛けて、コンビニのビニール袋をごそごそと漁る眞鍋さん。それを見て今が昼を少し過ぎたところだということを実感した。

 「暇なお昼はいつもここで食べてるんです。今日みたいに天気の良い日は、外で食べるに限ります」

 おにぎりを二つ出して、眞鍋さんは片方を此方に寄越してきた。青いシールにツナマヨ、と書かれたコンビニおにぎりだ。

 「え?」

 「これは水嶋さんの分です」

 「いや、だって…眞鍋さんは…」

 拒もうとしたとき、ブランコに座ったままの眞鍋さんが鎖が絡むほどぐっと近付いた。思わず身を固くすると僕の右手を強引に引っ張ってその手におにぎりを握らせる。

 「お昼ご飯くらい付き合って下さいよ、どうせサボりなんでしょう?」

 ブランコが離れる。足で踏ん張ってブランコが揺れるのを止めると、辛子明太子と書かれたおにぎりを開けながら眞鍋さんは笑った。

 多分これ以上断ってもこの人のことだ、イエスと言うまで押し付けてくるに違いない。ありがとうございます、と素直に受け取ると眞鍋さんは満足気な笑みを浮かべた。

 でも、普段なかなか昼ご飯など食べられないだけにこのおにぎりは貴重だ…多分、眞鍋さんはわかっていたのかも知れない、僕が普段昼ご飯を食べないことを。

 「いただきまーす」

 元気良く手を合わせて言うと、眞鍋さんはがぶりとおにぎりに囓り付いた。その幸せそうな顔といったらもう…此方まで笑顔になってしまいそうだ。

 しかし本当に今日は天気がいい。青々と澄み渡った空の下に街が広がっている。遠くには海が見え、キラキラしているのも見える。陽が当たると多少汗ばむが、気温はちょうどいい。

 好きな女性とそんな景色を見ながらピクニックさながらの食事…最高のシチュエーションとは裏腹に、僕の心はずっしりと重く沈んでいた。

 「眞鍋さん」

 「うん?」

 頬をいっぱいに膨らませて幸せそうに目を細める眞鍋さんに、僕は相談する気持ちで尋ねた。

 「…母の日は、何かするんですか?」

 眞鍋さんのことだからきっと、「する」と言うのではないだろうか。けれど考えてないとか忙しくて出来ないとか、なるべくそういう答えが欲しかった。

 けれど口の中のものをペットボトルのお茶で流し込むと眞鍋さんは

 「しますよ!」

 と元気良く一言。

 ですよね、と僕が肩を落とすと、眞鍋さんは嬉しそうに続けた。

 「今年は、私が作ったアレンジメントをあげるんです。自分はこんなことをしてるんだよーって、だから心配しないでねーって、そんな気持ちも込めて!」

 そのキラキラした目を見て、改めてこの人の凄さを痛感する。母の日は感謝の気持ちを伝えるためだけではないのだ。母親を安心させる….それも含めて普段出来ない親孝行をする日でもあるのだろう。

 胸が締め付けられる気がして、僕は黙り込んだ。その顔を覗き込むようにして、眞鍋さんは問うた。

 「…何か、ありましたか?」

 ここで本当の気持ちを吐き出せたらどれだけ楽になるだろう。ほんの一瞬だけそう思ったが、無理やり作り笑いを浮かべると

 「いや、聞いてみただけですよ」

 「そうですか」

 首を傾げて眞鍋さんはそれだけ言った。

 納得しなかったな。でも、詮索する必要は無いとも思ったんだろう。そういう部分で、この人は一枚上手だ。

 すっかり海苔が馴染んでしまったおにぎりの端っこを僕はまた少し齧り、必要以上に咀嚼してから飲み込んだ。

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