花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 このままでは多分埒が明かないので、僕は一言また謝罪してからようやっと男性に問うた。

 「…で、ご用件の方は…?」

 「あ、そうですね…」

 男性はしゃんと背筋を伸ばして、僕を見つめた。その目はさっき迄と違って真剣そのもの。何を言い出すのだろう、僕もつい身構えてしまう。

 「…実は、大きなアレンジメントを届けて頂きたいのですが」

 これくらいの、と男性が手で丸を作って示した大きさに思わず「は?」と聞き返しそうになった。

 今日売れたアレンジメントは窓際や棚の上に飾れるような4号〜6号…直径12〜18センチの籠を用いたものばかりだった。男性が示した大きさだと、その倍の10号…30センチ程の籠を用いるものではないかと思う。

 この男性は、母の日のアレンジメントを買いに来たのでは無いのだろうか?

 去年、今年と小さなものばかり扱っていた為に大きなアレンジメントは母の日とは縁遠くなっていた。一瞬カウンターを見て10号の籠があるのを確認すると、僕は数回咳払いをした。

 「か、かしこまりました…それで、お花のご希望はございますか?」

 「それが…」

 男性の表情がそこでやっと表情が少し曇った。嫌な予感が脳裏を掠める。

 「カサブランカ…ユリの…花、なんです」

 …え?

 ついに僕までも口をつぐんだ。二人が喧嘩をしていたのはこれが理由だとわかった。

 ユリの花は普通の切り花とは違って値段が少し高い。特にうちでよく使っているのはこのカサブランカで、それを使うか使わないかで花束やアレンジメントの値段もかなり変わってくる。花粉を取るという下処理もあるため、触りたがる人はいない。ましてやこんな忙しい時に触るなんて面倒なことなど誰もやりたがらない。

 キーパーの方へ目をやった。男性が示した大きさから計算してカサブランカの数を確認する。

 …出来ないことはなかった。

 「お作りすることはできます」

 「航!」

 僕の言葉に沙苗ママが驚いたような声を上げるが、それを手で制した。

 「ですが」

 男性はほっとしたようでまた柔らかな笑みを浮かべている。続いた僕の言葉にも目を細め、表情ひとつ変えずに次の言葉を待っていた。

 見ていなくても、店長と沙苗ママが慌てているのがわかった。ちらりと軽くカウンターへ目をやると、篠崎さんはいつの間にか早乙女さんを横へ呼んでアレンジメントを作り続けている。

 僕はすっと息を吸うと、

 「申し訳ございませんが、少々お時間を頂けますでしょうか?母の日ということもあり予約が立て込んでいるので順番に対応させて頂いておりますのでお待ち頂くことになるのですが」

 「構いません、今日中であれば。お忙しいことは重々承知です。かなり厄介だとは思うので、僕のは後回しにして下さい」

 今日中に届けば、それで良いんです。

 間髪入れずに男性が返した。それと同時に店内の緊張が一瞬で解れた気がした。止まっていた時間がまるで動き出したかのように、クルーたちが一斉に作業を再開する。

 「…じゃあ芳澤さん、カサブランカをふんだんに使ったアレンジメントをお願いします」

 僕の言葉に店長は嫌な顔ひとつしないどころか、やるじゃねえかと言わんばかりの晴れ晴れとした表情で頷いた。僕も微笑んで頷き返すと、今度は沙苗ママの方を見た。

 どこか不服そうな表情で立っている沙苗ママ。機嫌を取るように僕は言葉を選びながら言った。

 「さな…いや、友利さん、この件は僕と店長に任せて頂けませんか。お客様もこう仰ってますし、急ぎの分を先にお願いします」

 納得はしていないようだったが沙苗ママは黙って二三度頷くと、男性に頭を下げてそそくさとスタッフルームの方へと消えて行った。

 「…失礼致しました。それで、ご予算の方はおいくら程でしょうか?」

 男性の方に向き直り、胸ポケットからメモ帳とペンを取り出して僕は問うた。すると男性は持っていた鞄から財布をさっと取り出す。

 ブランドものだとは思うけど、かなり高級そうな長財布に僕は固まった。薄々気付いてはいたけど、この人やっぱり只者ではない。

 「一万あれば…お釣り、出ますかね?」

 長財布から万札を1枚出して僕に問い返す。流石に不安になって店長を振り返ると、

 「では、6千円でお作り致します」

 「助かります」

 あの大きさからだと妥当か、少し安い。きっと店長にも何かしら考えがあると僕は思っていた。

 こんなに忙しいのに突然カサブランカの大型アレンジメントを作れなんて言われて、いつもの店長なら何かしら理由をつけて断るはずだ。

 でもその時はそう考えるだけで聞こうと思う程ではなかったけれど、真相を知るのはそれからずっとずっと後になってからだった。

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