花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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  20時を回ったところで最後の配達先に着いた。店から徒歩圏内であるのとサイズがサイズだったこともあって、久々に歩いての配達になった。

 カサブランカをこれでもかと言わんばかりにあしらい…どうしても足りない部分はテッポウユリで補った…かすみ草を散らしたシンプルなデザインだ。

 店長が作るアレンジメントは好きだ。こういう物を作らせると、落ち着きがあって上品で整っているから…

 着いた家は、この住宅街の中でも特に大きく綺麗な家…僕ら配達組がひっそりと「豪邸」と呼んでいる家だった。

 ここの人だったんだ。

 変に緊張して、襟を直したり帽子を被り直したりしてしまう。普通の一軒家とは訳が違う。下手すれば正装じゃないと入れないのでは?と思える程に。

 戸惑いながらもインターホンを押すと、しばらく間が空いて家主が出て来た。玄関から顔を覗かせた昼間の男性の顔を見て何故か安堵した僕は帽子を取って頭を下げた。

 「Flower shop Cigogneです!お花をお届けに参りました!」

 「本当すみませんでした、無茶な注文をしてしまって…あの、中まで持って来て頂けませんかね?」

 またしつこく頭を下げて男性は玄関の扉を大きく開ける。昼間はかっちりとスーツを着ていたが、今はジャケットとネクタイがなくなっていて、シャツの袖を捲り上げた比較的ラフめなスタイルだった。お邪魔致します、と僕は一礼すると門を開けて中へ入った。

 広い玄関から広い廊下が伸びている。こんな家はテレビで芸能人が自宅紹介などと言って映している位でしか見たことがなかった。

 その廊下には若い女性と小さな双子らしき男の子と女の子が立っていて、僕の持って来たアレンジメントを見て「すごい」「綺麗」と口々に声を上げた。

 「お昼は申し訳ございませんでした」

 子供たちを横目に改めて謝罪すると、男性は手を振りながら「そんな、そんな」と笑う。

 「此方こそこんなに素敵なアレンジメントを作って頂いて、本当にありがとうございます」

 なんと言うか、この男性は本当に只者ではない。目の前であれ程の喧嘩を見たというのに気分を害することもなく、逆に喧嘩の原因が自分であると言うのである。普通であればそそくさと店を出るなり、苦情を入れるなりするはずなのだが。

 アレンジメントを玄関先へ置くと、双子はそばへ駆け寄って来て目を輝かせる。双子の顔のそばまでの高さがあるカサブランカに興味津々だ。

 すると男性は一番背の高いカサブランカに指先で触れながら呟くように

 「…去年、母が亡くなったんです。病気で倒れ、一年間闘病生活をしましたが…本当、呆気なく。その母が好きだったのが、このカサブランカだったんです」

 奥さんも微笑みながらそっと目を伏せる。

 「夫は生前もずっと毎年、母の日にはカサブランカを送ってました。だから今年もどうしてもカサブランカを送りたいと言って…」

 そう…だったのか…

 あの喧嘩で男性の気持ちを踏みにじった気がして、僕は更に申し訳なくなった。

 沙苗ママはきっと花を贈るということは、人が人にそれぞれの想いを込めていることであるということを分かっていないのかも知れない。あくまでも、仕事。客に商品を提供するのが自分の役目であると割り切ってこの仕事をしているのだろう。一方店長はそれを分かっているから今日に限ってはお客さんを最優先していたんだ。

 …かく言う僕も、多分配達を始めるまで気付かなかったに違いない。

 「不思議なもので」

 男性は此方を見て笑った。指先で触れたカサブランカが小さく揺れる。

 「亡くなっても、母親ってずっと母親なんですね」

 「え…」

 「すみません、何か変なこと言い出して」

 男性の笑みは何処かイタズラっぽくなっていた。困らせるつもりで言ったのだろうか。

 男性はカサブランカから手を離すと、

 「僕は永遠にあの人の息子であるということを、母の生前よりもずっと感じることが多くなりました。当然といえば当然の話なんですけどね…でも、いざ母が亡くなるとその当然を痛感することが増えましたね」

 母の日なんかは特に。

 淡々と語る男性を僕は見つめた。その表情には母親を亡くした息子の寂しさが差している。

 「…ともかく、ありがとうございました。きっと母も喜びます」

 男性は今日何度目かという程に深々と頭を下げた。気の利くようなことを何か言えたら良かったのかも知れないけれど、 

 「お役に立てて良かったです」

 とだけ返し、

 「また何かありましたら、また来て下さいね…今度は喧嘩せずに、すぐお作り致します」

 それを聞いた男性と奥さんは顔を見合わせると、クスクスと笑った。

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