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花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

1

 すっかり梅雨になり、雨の続く季節となった。

 雨は嫌いだ。厄介だ。講義の最中、僕はうんざりしながら降りしきる雨の中の街並みを眺めた。

 国立大学とは名ばかりで偏差値はそれ程高い訳ではないK大学でも、この校舎はちょっとした名物と言っていい程の高さを誇っていて、この教室からだと隣町までは結構見える。が、今日の天気だと霧がかっていて街の向こうは全然見えていない。

 昼一発目の講義ということもあって、後ろの方に座った僕の周りの学生は皆机に突っ伏している。身体を起こしている学生がいたかと思えばスマホやゲーム、もしくは他の授業の課題…所謂内職をしている。

 まともに話を聴いているのは多分僕と、ふたつ隣に座っている奏太だけかも知れない。とはいっても、僕はぼーっと外を見ているけど。

 この奏太もCigogneの配達員だ。ガタイがいい方だからか花屋があまり向いていない身なりだけど、性格は比較的大人しくて真面目だ。僕らが知り合ったのはつい半年ほど前、奏太がこのバイトを始めてからだ。同じ学部ということもあってこうして授業を一緒に受ける仲にまでなった。

 そんな僕らの間で気持ち良さそうに寝息を立てる浩輔に目をやった。今時の髪型に今時の服装…お洒落イケメンチャラ男と代名詞を付けてやりたいくらいにド派手な奴だ。実はこいつもCigogneの配達員で、いつもは無気力な僕が働いてるからきっと仕事内容も大したことないだろうという甘い理由で奏太を誘って働き出した。

 まあ、根は良い奴だと擁護はしておく。

 僕の方に顔を向けて、時折瞼をひくひくと震わせている。長い睫毛もそれに伴って小さく痙攣していた。

 講義が始まった時はあたかもやる気があるかのようにルーズリーフを机に広げていたのに、5分と経たずに点ひとつ書くことすらせずに眠り込んでしまった。浩輔らしいと言えばらしいんだけど…このあとテスト前に僕らに縋り付いてくる情景が目に浮かぶ。

 頬杖をついて浩輔を眺めていると、

 「なあなあ、航」

 ルーズリーフを真っ黒に埋め奏太が小声で話し掛けて来た。

 「ん?」

 「最近、あの子とどうなんだよ?」

 気味の悪いニヤケ顔で僕を見ながら奏太は言う。

 「あの子って…ナナミちゃん?」

 小さな声で僕も返した。ナナミちゃんの話は4月の一件の後、帰りが遅いと店長にチクチク言われた際に話題に出したから店のみんなは知っている。最近では「お嬢様専属配達員だから」なんてナナミちゃん宛のものはみんな僕に回って来るようになった。

 申し訳ないけど、僕は未成年の女の子に手出しするような趣味はない。

 「お嬢様じゃなくてさぁ」

 ニタニタ笑う奏太。というか、ナナミちゃんをお嬢様って言うのやめろ。

 「何や、気持ち悪いな」

 「あの黒髪のエプロンの子だよ…えーっと」

 「acquamarinaの子だろ?」

 突然寝ていたはずの浩輔が起き上がることもなく口を開く。僕は驚いて思わず硬直した。

 そりゃ寝てると思ってた人間が喋り出したらびっくりする。でも僕が驚いたのはそこだけじゃない。

 「な、何で…」

 何で眞鍋さんを知っているんだ。

 「さぁ、何ででしょうな」

 やっと起き上がった浩輔がうーんと身体を反って伸びをした。後ろの女の子が鬱陶しそうに顔をしかめる。

 「何ちゃんって言うの?可愛いの?どうなん?」

 「いやいや、ちょっと待て、まず何で知って…」

 僕が聞き出そうとムキになるのを浩輔が手で制する。

 「別に冷やかしたりするつもりじゃない。お前のその恋を俺たちは手伝ってやろうと思ってだな」

 「っ…!いらん!」

 浩輔の手を払って僕が怒鳴ると、先生の手が止まった。

 講義室中の視線は僕に注がれる。勿論先生も。

 「…す、すみません…」

 僕が軽く頭を下げると視線はまた前方に向く。先生も不機嫌そうに眉間にシワを寄せ息をつくと、また講義を再開した。

 「お前の気持ちはどうなんだよ、好きなのかそう言うわけじゃないのか」

 浩輔が机に頬杖をついて僕に問うた。その目は冷やかすようなニヤけ顔ではなく、いつもの顔。というか、何処か真剣というか…

 うーん。

 確かに好きなのかも知れない。

 でも、僕は今の関係でいいかも知れないし…

 「ご飯行った?デートは?連絡先とか知らないの?」

 浩輔の横から身を乗り出すように奏太がガツガツ質問攻めをする。

 「ちょ、ちょっと待って…眞鍋さんとは何もないし、ナナミちゃん関係でちょっと仲が良いだけやに…」

 適当に誤魔化すも、二人は当然聞き逃さなかった。

 「仲が、良い?」

 余計なこと言うんじゃなかった。
 

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