花贈りのコウノトリ
2
散々冷やかしの洗礼を受け、悲しいやら腹立たしいやら複雑な気持ちのまま僕は彼らと出勤した。
雨は30分くらい前から上がっていた。しかし、どんよりした空とじめっとした湿度にうんざり度は増すばかり。
こいつらがいるから尚更だ。
少しでも眞鍋さんの事が漏れてしまえばこうなることくらいは十分予測出来ていた。だからこそ、なるべくバレないようにしていたつもりだったのに…
何処で漏れてしまったのか。
付き合ったらどうだの、手を繋ぐのは今がチャンスだの、それ以上はああだこうだ…僕らの関係を欲求の妄想で汚していく奴らにすっかり呆れ返りながら傘立てに傘を立てて、鞄を下ろそうと手をかけながら裏口の扉を開ける。
刹那、
「だから違うって何度も言ってるでしょ?!」
金切り声にも近い怒号が飛び出してきた。扉を開けた僕は驚いて叩きつけるように扉を閉めてしまった。
扉の前で立ちすくんだままそれぞれ顔を見合わせると、奏太も浩輔も青ざめていた。きっと僕も同じような顔をしていると思う。
あの声は間違いなく沙苗ママ以外の何者でもない。また店長に八つ当たりしてるんだろう…と最初は思った。しかし、それにしては若干ヒス気味のような気がする。
意を決して中に入ると金切り声は止んでいたが、わあわあと騒ぎ立てるママの声はまだ聞こえる。
スタッフルームの方をそっと覗こうとしたとき、今にも泣きそうな顔で早乙女さんが飛び出してきた。僕らの姿を捉えて「あっ」という顔をするものの、止まりきれずにそのまま僕の出っ張ったお腹に額から突っ込む。そこで抱きとめてあげればロマンチックだっただろうけど、早乙女さんはそのまま弾かれて数歩ほど後退りをした。
鼻の頭に汗を浮かべて、眉をこれでもかという程に下げ…いつもと違うということはそれだけでも十分に察せた。落ち着きなく手足を動かした後、急に棒にでもなったかのように背筋を伸ばしてからくり人形のようにぺこりと頭を下げる早乙女さん。
「ご…ごめんなさい!私…私…っ!」
彼女の焦り具合から、只事ではないことは察せた。奏太と浩輔には先に入るように促すと、僕は早乙女さんを連れて一旦裏口から外に出ることにした。
少しまた雨がぱらつきはじめたが、雨を凌ぐのに十分な屋根もあるし何より…あんな店の中に早乙女さんを置いておくのは苦痛だろう。
裏口前の階段に腰掛け俯く早乙女さんに、紅茶を買って差し出しながら僕は問うた。
「…何があったか、教えてくれへん?」
紅茶の缶を遠慮がちに受け取った早乙女さんは話しづらそうに口をつぐみ俯いた。無理やり聞き出すのもなんなので、僕も問いかけて以降はじっと黙って彼女を見つめる。
やがて早乙女さんは此方から見ても分かるように缶をぐっと握り締めると、蚊の鳴くような声で
「…沙苗ママと…喧嘩…しました」
「…は?」
彼女の言葉に僕は言葉を失った。
早乙女さんが、沙苗ママと喧嘩?珍しいとか、そんなレベルじゃない。天変地異レベルだ。
でも、もし早乙女さんが沙苗ママに罵詈雑言を浴びせたら沙苗ママも驚くだろうし…というか、店の全員が驚くと思う…あんなにヒステリックな金切り声で怒鳴り散らすだろう。
でも、出来ればそうであって欲しく無い。僕は聞き直すのも兼ねて尋ねた。
「さ、早乙女さんが、沙苗ママと?」
「え!ち、違いますよ!!」
一口飲んだ紅茶を噴き出しそうになりながら早乙女さんは首を横に振った。その言葉を聞いて安堵したのは言うまでもない。
勢いでむせた早乙女さんは、げほげほと身を縮めて咳き込んだ。その背中を必死で謝りながら撫でていると、やがて落ち着いたのかポケットからハンカチを取り出して口元を拭った早乙女さんが、
「…栞さんです。今日は店長もいないし…配達ルートを沙苗ママと栞さんで組んでたんですけど…」
あぁ…と僕は天を仰いだ。篠崎さんと沙苗ママ…普段は仲が良いけど、いつかやるとは思っていた。詳しい原因はよくわからないけど、信頼していた篠崎さんに裏切られて沙苗ママが発狂しない訳が無い。
正直言って、前にもあったけど沙苗ママに配達ルートを弄らせたくなかった。店内のクルーたちは勿論のこと…篠崎さんもバカじゃ無い、薄々気付いているはずだ。憶測だけども、篠崎さんの我慢が限界に達してこんな展開になったんだろう。
「…早乙女さん、辛い思いさせてしもうたね。休憩しててええよ、落ち着いてからでいいから戻っといで」
「でも…」
「今の状態やと沙苗ママの標的になるんは間違いない。上手いこと宥めとくで、それまで休んどき…店長がおらへんのなら今日店で一番偉いんは僕やに」
な、と微笑みかけると、僕を見つめた早乙女さんの頬がみるみる赤く染まっていくのが目に見えた。目にはうっすらと涙が浮かび、充血する。
僕は好きなものを、と小銭を早乙女さんに握らせ、「呼びに来るまでここにいて」とだけ伝えると店へとまた戻った。
雨は30分くらい前から上がっていた。しかし、どんよりした空とじめっとした湿度にうんざり度は増すばかり。
こいつらがいるから尚更だ。
少しでも眞鍋さんの事が漏れてしまえばこうなることくらいは十分予測出来ていた。だからこそ、なるべくバレないようにしていたつもりだったのに…
何処で漏れてしまったのか。
付き合ったらどうだの、手を繋ぐのは今がチャンスだの、それ以上はああだこうだ…僕らの関係を欲求の妄想で汚していく奴らにすっかり呆れ返りながら傘立てに傘を立てて、鞄を下ろそうと手をかけながら裏口の扉を開ける。
刹那、
「だから違うって何度も言ってるでしょ?!」
金切り声にも近い怒号が飛び出してきた。扉を開けた僕は驚いて叩きつけるように扉を閉めてしまった。
扉の前で立ちすくんだままそれぞれ顔を見合わせると、奏太も浩輔も青ざめていた。きっと僕も同じような顔をしていると思う。
あの声は間違いなく沙苗ママ以外の何者でもない。また店長に八つ当たりしてるんだろう…と最初は思った。しかし、それにしては若干ヒス気味のような気がする。
意を決して中に入ると金切り声は止んでいたが、わあわあと騒ぎ立てるママの声はまだ聞こえる。
スタッフルームの方をそっと覗こうとしたとき、今にも泣きそうな顔で早乙女さんが飛び出してきた。僕らの姿を捉えて「あっ」という顔をするものの、止まりきれずにそのまま僕の出っ張ったお腹に額から突っ込む。そこで抱きとめてあげればロマンチックだっただろうけど、早乙女さんはそのまま弾かれて数歩ほど後退りをした。
鼻の頭に汗を浮かべて、眉をこれでもかという程に下げ…いつもと違うということはそれだけでも十分に察せた。落ち着きなく手足を動かした後、急に棒にでもなったかのように背筋を伸ばしてからくり人形のようにぺこりと頭を下げる早乙女さん。
「ご…ごめんなさい!私…私…っ!」
彼女の焦り具合から、只事ではないことは察せた。奏太と浩輔には先に入るように促すと、僕は早乙女さんを連れて一旦裏口から外に出ることにした。
少しまた雨がぱらつきはじめたが、雨を凌ぐのに十分な屋根もあるし何より…あんな店の中に早乙女さんを置いておくのは苦痛だろう。
裏口前の階段に腰掛け俯く早乙女さんに、紅茶を買って差し出しながら僕は問うた。
「…何があったか、教えてくれへん?」
紅茶の缶を遠慮がちに受け取った早乙女さんは話しづらそうに口をつぐみ俯いた。無理やり聞き出すのもなんなので、僕も問いかけて以降はじっと黙って彼女を見つめる。
やがて早乙女さんは此方から見ても分かるように缶をぐっと握り締めると、蚊の鳴くような声で
「…沙苗ママと…喧嘩…しました」
「…は?」
彼女の言葉に僕は言葉を失った。
早乙女さんが、沙苗ママと喧嘩?珍しいとか、そんなレベルじゃない。天変地異レベルだ。
でも、もし早乙女さんが沙苗ママに罵詈雑言を浴びせたら沙苗ママも驚くだろうし…というか、店の全員が驚くと思う…あんなにヒステリックな金切り声で怒鳴り散らすだろう。
でも、出来ればそうであって欲しく無い。僕は聞き直すのも兼ねて尋ねた。
「さ、早乙女さんが、沙苗ママと?」
「え!ち、違いますよ!!」
一口飲んだ紅茶を噴き出しそうになりながら早乙女さんは首を横に振った。その言葉を聞いて安堵したのは言うまでもない。
勢いでむせた早乙女さんは、げほげほと身を縮めて咳き込んだ。その背中を必死で謝りながら撫でていると、やがて落ち着いたのかポケットからハンカチを取り出して口元を拭った早乙女さんが、
「…栞さんです。今日は店長もいないし…配達ルートを沙苗ママと栞さんで組んでたんですけど…」
あぁ…と僕は天を仰いだ。篠崎さんと沙苗ママ…普段は仲が良いけど、いつかやるとは思っていた。詳しい原因はよくわからないけど、信頼していた篠崎さんに裏切られて沙苗ママが発狂しない訳が無い。
正直言って、前にもあったけど沙苗ママに配達ルートを弄らせたくなかった。店内のクルーたちは勿論のこと…篠崎さんもバカじゃ無い、薄々気付いているはずだ。憶測だけども、篠崎さんの我慢が限界に達してこんな展開になったんだろう。
「…早乙女さん、辛い思いさせてしもうたね。休憩しててええよ、落ち着いてからでいいから戻っといで」
「でも…」
「今の状態やと沙苗ママの標的になるんは間違いない。上手いこと宥めとくで、それまで休んどき…店長がおらへんのなら今日店で一番偉いんは僕やに」
な、と微笑みかけると、僕を見つめた早乙女さんの頬がみるみる赤く染まっていくのが目に見えた。目にはうっすらと涙が浮かび、充血する。
僕は好きなものを、と小銭を早乙女さんに握らせ、「呼びに来るまでここにいて」とだけ伝えると店へとまた戻った。
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