花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

3



 当然のことながら店内は最悪の雰囲気だった。

 雨だから客足は少なく、店内にはクルー以外の姿はなかった。それが幸運だった。

 雨の中を配達させられると文句を垂れる奏太と浩輔を無理やり配達へ出して篠崎さんを休憩させると、大きなアレンジメントを作る沙苗ママを宥めるために愚痴を此方から聞きに回った。

 沙苗ママの凄いところはこれだけ愚痴ってもアレンジメントを完璧に仕上げるところだ。でも花としては文句を言われながら綺麗にしてもらうんだ、いくら形が良くても気分はさぞ悪かろう。

 話を聞けば、この大きなアレンジメントを誰に持って行かせるかで揉めたらしい。実にくだらないと最初は思ったものの、喧嘩相手のことを考えると沙苗ママにはショックだったに違いない。

 散々愚痴った挙句、「あんな奴、もう知らない!」と吐き捨ててアレンジメントを完成させた。

 僕が配達でいなくなるのはまた嫌な引き金を引きかねないので、沙苗ママには少し早く上がってもらうことにした。朝から入っているし、僕と篠崎さんと早乙女さんがいれば大丈夫だ。それに今日は雨だし、平日だ。これ以上忙しくなることは殆ど無いだろう。

 上がる沙苗ママと休憩から戻ってきた篠崎さんが店内ですれ違うも、目も合わさない。というか…アラフィフの女の人が女子大生相手にここまで喧嘩するのも何だかなぁ…。

 沙苗ママが帰る直前に早乙女さんを呼び戻し、沙苗ママと鉢合わせないように上手く回って店へと戻した。店の入り口から入って来た早乙女さんを見て、篠崎さんは一瞬ぶっと噴き出した。

 「…笑い事とちゃいますけど?」

 うんざりしてため息をつくと、篠崎さんは片手をへろへろと振りながら

 「はいはーい、ごめんごめん」

 まるでその話はよしてくれ、と言わんばかりの口調で言う。

 篠崎さんが沙苗ママと違うところは仕事に個人的な感情を持ち込まず、八つ当たりをしないところだ。逆にこんな事件が起こってしまっても、我関せず、といった顔で飄々としているからそこが難点かも知れない。

 配達の準備をしていると、浩輔がちょうど配達から帰って来た。スタッフルームを恐る恐る覗き込み、

 「ママは?」

 と口パクで尋ねる。帰ったことを伝えると、胸を撫で下ろしてスタッフルームの椅子を引き寄せて座った。

 「あー!めんどくせ!」

 「おいおい、ママがおらへんで告げ口する奴がおらんからって、そんな言うもんとちゃうに」

 スクーターの鍵をポケットに押し込んで苦笑すると、浩輔は机に無造作に置いてあった僕の煙草を勝手に一本頂戴して火をつけた。

 「栞を怒らせるなんて、ママ相当なこと言ったんだろうな」

 宙に煙をふーっと吐いて、浩輔は陽気に笑う。僕も煙草に手を伸ばして一本取り出すと火をつけ、残りをライターと一緒に鍵とは反対のポケットに入れた。

 仲のいい篠崎さんでさえ、ママの八つ当たりは飛んで来た。篠崎さんは本人も「慣れた」と言うくらいにママの八つ当たりをひょいひょいと避けていたのに。

 堪忍袋が耐えられなかったか、ママが言ってはいけないことを言ったか。

 浩輔のママへの愚痴を聞きながら、僕は頭の片隅でそんなことを考えていた。

 煙草を吸い終えて店へ出て来ると、篠崎さんはまるで何もなかったかのように早乙女さんに優しく振る舞っている。その篠崎さんの姿に尊敬すると共にわずかながらの気味悪さを感じた。

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