花贈りのコウノトリ
5
「…ここにサインを頂けますか」
花を何とか手放した僕は、かっちりとスーツを着た男性に受け取り表とボールペンを渡した。男性の身なりはさながらSPのよう。
1ミリたりとも表情を変えず、サラサラとサインをした男性は無言で受け取り表とボールペンを寄越してきた。まるで「忙しいから、さっさと済ませて帰ってくれ」と言わんばかり。ありがとうございました、と頭を下げるも此方に目もくれず足早に去って行った。
文化会館を出た眞鍋さんは建物を振り返り、唇を尖らせて声を荒げる。
「あの人、さっき私が配達した時もサインしてくれたけど…感じ悪ーい」
「忙しいんですよ、きっと」
取っていた帽子を被った僕が言うと、眞鍋さんはギロっと此方を睨んで、
「忙しくても、愛想は大切です!店員とはいえ、人間を相手してるんですから!」
まあ…確かに。
文化会館の前に作られた広場をSPみたいな人たちや作業着姿の人たちが駆け回ってるのが見えた。それを横目に僕たちは駐輪場へと向かう。
小耳に挟んだ程度だけど、どうやら今日はそこそこ大きな企業の社長がたった一人の愛娘の誕生日パーティーを開くために文化会館を夕方から貸し切っているらしい。あのおおきなアレンジメントも、そのためのものだろう。
狂ってる…さっきより一回り小さくなった文化会館を振り返って僕は小さく呟いた。
「その社長の娘は全然美人じゃなくて真ん丸で、ものすっごいブサイクで…なんて、漫画のちょっとした展開だったりして」
口元を手で押さえながら眞鍋さんはそう言って笑った。正直僕も同じことを考えていて、すれ違った別のSPみたいな人を一瞥しながら僕もつい小さく吹き出した。
「…そういえば」
大荷物を持って歩いた道を手ぶらで戻りながら、眞鍋さんは後ろ手を組んで切り出した。
「水嶋さん、誕生日っていつなんですか?」
「…た、誕生日ですか」
誕生日を聞かれることなど殆どない。誕生日祝いだって、家族くらいにしか祝ってもらったことがないし。そんな僕が女の子に、しかも自分が想いを寄せる人に聞かれるなんて…驚いて眞鍋さんを見るともう一度「…いつ?」と尋ねられた。
「…7月…19、日」
どぎまぎしながら答えると、眞鍋さんはふんふん、と頷いて
「もうすぐ、なんですね」
「1ヶ月も先ですけど」
「それが、もうすぐなんですよ」
私なんて11月ですから。
眞鍋さんはいたずらっぽく笑って僕の前に立つと、くるりと振り向く。
「じゃあ…当日じゃなくても結構ですから、一緒にご飯でも食べませんか?」
「へ?」
「水嶋さんの…22歳の誕生日!ねえ、いいでしょう?」
まるで自分の誕生日かのようにはしゃぐ眞鍋さんを前に「いいえ」と答えることはできなかった、というのは建前で本当はまさかこのタイミングで食事に誘われることとなるとは思わなかった。しかも、自分の誕生日祝い。
みるみる自分の顔が紅潮していくのが自分でもわかった。心臓が左胸で暴れ狂う。喉に何か異物の詰まる感覚というか…苦しい。
「ダメですか?」
唇を尖らせた眞鍋さんに僕は首をこれでもかというくらい首を横に振った。
「あー、いや…僕なんかと食事なんかしていいのかな、って…その…」
「私が誘ってるんですからダメな訳ないじゃないですか!…思えば出会ってから1年半近く経つのに、一度もご飯に出かけたことも無いですからね。たまにはいいでしょう?」
お店の予約はしますから!と張り切るように眞鍋さんば小さく飛び跳ねた。
意識を保つのがやっとに思えた。そりゃあこんな僕にも昔は彼女がいたし、そうでなくても女の子と二人で食事をしたことくらいいくらでもある。
でもそれらとは違う、自分が恋する相手との食事。いつか叶えばいいなと心の何処かで思っていたことがこうして叶う。
眞鍋さんと別れた後、スクーターを飛ばしながら僕は訳のわからないことを一心不乱に叫んでいた。歌っていたかもしれないし、やったーとしか叫んでいなかったかもしれないけど…ただ、僕の心は今までに感じたことのない喜びに満ちていた。
花を何とか手放した僕は、かっちりとスーツを着た男性に受け取り表とボールペンを渡した。男性の身なりはさながらSPのよう。
1ミリたりとも表情を変えず、サラサラとサインをした男性は無言で受け取り表とボールペンを寄越してきた。まるで「忙しいから、さっさと済ませて帰ってくれ」と言わんばかり。ありがとうございました、と頭を下げるも此方に目もくれず足早に去って行った。
文化会館を出た眞鍋さんは建物を振り返り、唇を尖らせて声を荒げる。
「あの人、さっき私が配達した時もサインしてくれたけど…感じ悪ーい」
「忙しいんですよ、きっと」
取っていた帽子を被った僕が言うと、眞鍋さんはギロっと此方を睨んで、
「忙しくても、愛想は大切です!店員とはいえ、人間を相手してるんですから!」
まあ…確かに。
文化会館の前に作られた広場をSPみたいな人たちや作業着姿の人たちが駆け回ってるのが見えた。それを横目に僕たちは駐輪場へと向かう。
小耳に挟んだ程度だけど、どうやら今日はそこそこ大きな企業の社長がたった一人の愛娘の誕生日パーティーを開くために文化会館を夕方から貸し切っているらしい。あのおおきなアレンジメントも、そのためのものだろう。
狂ってる…さっきより一回り小さくなった文化会館を振り返って僕は小さく呟いた。
「その社長の娘は全然美人じゃなくて真ん丸で、ものすっごいブサイクで…なんて、漫画のちょっとした展開だったりして」
口元を手で押さえながら眞鍋さんはそう言って笑った。正直僕も同じことを考えていて、すれ違った別のSPみたいな人を一瞥しながら僕もつい小さく吹き出した。
「…そういえば」
大荷物を持って歩いた道を手ぶらで戻りながら、眞鍋さんは後ろ手を組んで切り出した。
「水嶋さん、誕生日っていつなんですか?」
「…た、誕生日ですか」
誕生日を聞かれることなど殆どない。誕生日祝いだって、家族くらいにしか祝ってもらったことがないし。そんな僕が女の子に、しかも自分が想いを寄せる人に聞かれるなんて…驚いて眞鍋さんを見るともう一度「…いつ?」と尋ねられた。
「…7月…19、日」
どぎまぎしながら答えると、眞鍋さんはふんふん、と頷いて
「もうすぐ、なんですね」
「1ヶ月も先ですけど」
「それが、もうすぐなんですよ」
私なんて11月ですから。
眞鍋さんはいたずらっぽく笑って僕の前に立つと、くるりと振り向く。
「じゃあ…当日じゃなくても結構ですから、一緒にご飯でも食べませんか?」
「へ?」
「水嶋さんの…22歳の誕生日!ねえ、いいでしょう?」
まるで自分の誕生日かのようにはしゃぐ眞鍋さんを前に「いいえ」と答えることはできなかった、というのは建前で本当はまさかこのタイミングで食事に誘われることとなるとは思わなかった。しかも、自分の誕生日祝い。
みるみる自分の顔が紅潮していくのが自分でもわかった。心臓が左胸で暴れ狂う。喉に何か異物の詰まる感覚というか…苦しい。
「ダメですか?」
唇を尖らせた眞鍋さんに僕は首をこれでもかというくらい首を横に振った。
「あー、いや…僕なんかと食事なんかしていいのかな、って…その…」
「私が誘ってるんですからダメな訳ないじゃないですか!…思えば出会ってから1年半近く経つのに、一度もご飯に出かけたことも無いですからね。たまにはいいでしょう?」
お店の予約はしますから!と張り切るように眞鍋さんば小さく飛び跳ねた。
意識を保つのがやっとに思えた。そりゃあこんな僕にも昔は彼女がいたし、そうでなくても女の子と二人で食事をしたことくらいいくらでもある。
でもそれらとは違う、自分が恋する相手との食事。いつか叶えばいいなと心の何処かで思っていたことがこうして叶う。
眞鍋さんと別れた後、スクーターを飛ばしながら僕は訳のわからないことを一心不乱に叫んでいた。歌っていたかもしれないし、やったーとしか叫んでいなかったかもしれないけど…ただ、僕の心は今までに感じたことのない喜びに満ちていた。
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