花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

6

 店に帰って来るなり小躍りしている僕を見て、店にいた4人が目を丸くした。

 「えらいご機嫌だな」

 伝票の整理をしながら奏太が笑う。その伝票の中に持ち帰った伝票を入れて、音痴な鼻歌を歌いながら僕はスタッフルームへと戻った。

 後ろ手に扉を閉めると、スキップしながらカレンダーの前に駆け寄り、ぺらっと今月のカレンダーをめくった。

 7月19日は水曜日だった。

 眞鍋さんはその日じゃなくてもいいと言った。だからその前後の日だろうか。土日は忙しいし、誕生日に休みを取るのも…別に誰も僕の誕生日なんて知らないだろうけど、何だか気が引ける。

 カレンダーの前で考え込んでいると、閉めたはずの扉が開く音がした。その音に振り返ってみれば、細く開いた扉の隙間から睫毛の長い片目だけで篠崎さんが此方を覗き込んでいた。

 「…何してんの?」

 「ちょっとね」

 「何が、ちょっとね、よ。みんなびっくりしてんだけど…何かあった?」

 扉を自分の頭の通るくらいまで開き、怪訝そうな顔をして篠崎さんが聞いた。その後に小さく「気持ち悪」と聞こえたが、今の僕には何ともない。正直、今の自分が人類最強だと思い込んでいた。

 しかし機嫌が良い今ならついうっかり口を滑らせてしまいそうだったが、篠崎さんに眞鍋さんの話を一度漏らしてしまえば一貫の終わりだ。奏太たちよりももっとタチの悪い冷やかしが待っているに違いないのだ。

 両手をたくさんの籠で塞がれた浩輔が行儀悪く足で扉を広く開ける。その弾みで落ちた籠を拾い上げた篠崎さんが這うようにスタッフルームに入って、事務机に腰掛けた。

 「なんかそんなにテンション上がってる航見るの初めてかも。やっと仕事に対してやる気が出たんだね」

 「仕事は相変わらずやってられへんけど…人生まだまだ捨てたモンやないってことだけは分かってん」

 僕の答えに眉を顰める篠崎さん。籠を乱雑に片付け終えた浩輔が窓際に歩み寄って煙草を咥える。

 その横顔がニヤニヤしているのを見て一瞬ヒヤリとした。こいつならバラしかねない。

 「なあ栞…知ってるか?航のカノジョの話」

 「カノジョ?!」

 と声を上げたのは僕と篠崎さんだった。たちまち篠崎さんは掴みかからんばかりに僕に詰め寄った。というか、胸ぐらを掴んで僕を揺さぶった。

 「航!アンタいつ女作ったの?!聞いてないよ?!大学の人?何歳?可愛いの?ねぇ、ねぇ!!」

 金切り声にも似たような声で篠崎さんは次々と質問を浴びせる。嬉しそうな、愉快そうな…頬を赤らめて目をキラキラ、というかギラギラさせて僕をしっかり見つめている。

 騒ぎに気付いたのかいつの間にか奏太と早乙女さんも閉まりかけた扉からスタッフルームを覗き込んでいた。

 恐れていた事態がついに起こってしまった。本当、余計なことをしてくれる。

 正直言って誤解だった。浩輔が言ったカノジョってのは紛れもなく眞鍋さんのことだろう。でも僕たちは付き合ってる訳ではなくてただの友達だ。

 どうにか誤魔化せないか僕は一瞬のうちに頭をフル回転させた。さっきまではあんなにうんうん唸って悩んでたのに、自分の危機に陥ると驚く程頭がよく働く。

 「…奏太、お前この間駅前で連れとった女の子はどうなったん?先週学校で連れてた子と違うかったけど」

 すかさず話題を奏太に振ると、制服のシャツを掴んでいた篠崎さんの手はぱっと離れて奏太の方へと向かっていた。

 本当に今時娘だ。

 ホッと息をついて浩輔を睨むと、浩輔は涼しい顔で煙をふーっと天井に吐いていた。

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